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自然と環境と琵琶

SDGsという言葉が世の中に出回って久しい。
3年ほど前に、初めて耳にした時はなんだろう?と思っていましたが、いつの間にか一般用語として浸透していました。

私は渡航経験がないため、外国の文化に直接触れたことはないのですが、持続可能性について日本は他国より優れたアイデアを持っていると思います。

日本の文化は、豊かな自然を持つ風土から生まれたと言っても過言ではありません。
島国ということもあり、自然と共に古い伝統が今に残っていると思います。
薩摩琵琶もその恩恵に預かって、400年ほど長らえてきました。

ですが、環境は絶え間なく変化しており、薩摩琵琶もこれから考えなくてはならない課題がいくつかあります。

薩摩琵琶を通じて、自然と環境に目を向けた今後の課題をお話しいたします。

自然の中で育まれた

薩摩琵琶は桑の木で製作するのを一級品としています。
板を貼り合わせたり、糸巻きを作ったりと桑材は全てのパーツで余すことなく使用できます。
他に使用される木材としては、桜や欅などがあります。

桑は絹糸を生産する養蚕でも、重要な役割を担っています。
蚕が桑の葉を食べて、きれいな繭を作るためです。
そして、この絹糸は薩摩琵琶の弦として、使用される糸でもあります。
奇しくも薩摩琵琶と桑は、縁の深い関係であるわけです。

お蚕さん(お菓子)と薩摩琵琶

弦を弾く撥は柘植や椿などを使います。
薩摩琵琶の撥は扇形に広いため、柘植や椿の中でも大きな木を必要とします。

椿(左)と柘植(右)の撥

楽器の音としては、桑(琵琶)と柘植(撥)の組み合わせがもっとも良いとされています。

半月や撥面などの装飾は象牙やクジラの骨などで作られています。

私たちは薩摩琵琶を演奏するために、自然から多くの援助を受けています。

近年の環境変化

400年ほどの時間をかけて育まれてきた薩摩琵琶ですが、近年は材料不足が問題になっています。

象牙やクジラの骨はワシントン条約の影響もあり、取引に制限がかかっているため、入手困難になっています。

薩摩琵琶の装飾 半月と撥面の線

ですが、人工的な象牙も世に出回ってきていますので、装飾としてはこちらで代替できそうです。

人工象牙とは

木材の方は深刻な問題が発生しています。
桑や柘植の木は近年、手に入らないため希少価値が上がってきています。
製材してから、乾燥を経て生き残った木材しか使用できないため、実際に入手できても薩摩琵琶や撥に姿を変えられるのはほんの僅かでしょう。
演奏者と同様、薩摩琵琶を製作する後継者も不足しているので、技術の伝承も課題です。

日本は豊かな自然に恵まれているとはいえども、その環境は変化しています。
かつてはどの里山にも雑木林があったそうです。
近年は敗戦の影響もあり、育ちやすい杉の木が植林されています。
これにより、桑や山桜といったかつての銘木は少なくなってきました。

作曲家の武満徹氏はインタビューの中で、このように述べています。

養蚕が行われなくなったので、桑の木もなくなってしまいました。琵琶は桑の木の材で作られますから、じきに琵琶もなくなってしまうことでしょう。

「ル・モンド・ドゥ・ラ・ミューズィック」誌
1978年11月号

薩摩琵琶は消えていく運命にあるのでしょうか。

琵琶を残すためのアイデア

薩摩琵琶は日本の風土から誕生した楽器ですが、現在の環境は昔と異なる点を話しました。

それではどうやって薩摩琵琶を残していくべきかを考えたいと思います。

近年、ギターやヴァイオリンはカーボンなどの新しい素材でも製品が作られています。

カーボン製のヴァイオリン

ですが、薩摩琵琶では難しそうです。
西洋楽器と比較して、薩摩琵琶には演奏者の需要が少なく、研究開発をしてくれる企業はないように思うからです。
また、薩摩琵琶を弾くことは伝統的な精神も伴うため、カーボン製の琵琶を座敷で弾いたとしてもそれはもう新しい表現となってしまうことでしょう。
音が変わる可能性も高いと思われます。

現実的なのは、流通している琵琶の再利用だと思います。
オークションサイトなどで、手軽に薩摩琵琶を入手できるようにはなってきました。

ヤフオクの出品一例

但し、薩摩琵琶の表板は割れやすく、中古の琵琶を買っても簡単にそのまま使えるとは限りません。
そのため、補修を行う技術や保管のための知識をもつ必要があります。
古いものでも、再び使用できる状態の楽器を増やすことを考えなくてはなりません。

新しい発想としては、3Dプリンタの技術が有効ではないかと推測しています。
レーザーカットや木とプラスチックを混ぜた人工木材を使えば、ある程度の形は3Dプリンタでも作れるはずです。
この技術に加えて薩摩琵琶の名品をAIに読み込ませて、製作すれば安定した楽器を供給できるかもしれません。

3Dプリンタの楽器開発に関して

木材・プラスチック再生複合材

素材に木材も含まれるため、音も近くなる可能性はあります。
但し、この場合も伝統的な精神は保たれないことでしょう。
楽器を取り扱うことも含めて、伝統は受け継がれてきたため、薩摩琵琶を作ることが容易になればその精神性も変わってきてしまうかもしれません。

私たちの心の在り方

作家の養老孟司先生が、"近頃の若者は田んぼを見ても自分だと思わない"、と話しているのを聞いたことあります。
また、かつての日本人には自然しかなく、環境という言葉が輸入されたことにより、人間と自然の対立関係が生まれたとも語っていました。

桑や桜の木で薩摩琵琶は製作される。
薩摩琵琶を弾くことで自分と向き合う。
演奏することで聴く人に自分の想いを届けられる。

そう考えると桑や桜を見て、自分と繋がっている、人間と木は一心同体と思うのは自然な感情ではないでしょうか。
私たちにできることはシンプルですが、物を大事にするということ以外ないと思います。

風土、自然、地球環境といった大きな存在を自分でコントロールすることは不可能です。
自然や環境と聞くと、外の世界に意識が向きがちですが、私たちの心の在り方次第で見える世界も変わっていくのではないでしょうか。

小さな芽から大木となり、製材され琵琶となり、自分の手元に届くまでに何百年という月日を経ているのです。
この楽器が小さな芽から沢山の奇跡と出会い、誕生したことに感謝して、これからも薩摩琵琶を弾き続けたいと思います。

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