その3【予算策定・予実運用の実際】
予算については、基本的な考え方・あるべき論はよく知られているものと思いますが、財務会計と異なり会社によってその策定・運用方法は様々だと思います。実際誰がどこまで作っているのか、どんなところが見られているか、について当社のIPOプロセスでの経験を元に書いてみたいと思います。
今回も、各論として実際どうだったか、当社のケースをベースに記載してみたいと思います。
このテーマで記事を書こうと思った理由
冒頭と被るところがありますが、以下2点が理由になります。
①(経営における重要性は前提として)上場審査において特にウェイトが高い領域であること。
ウェイトが高い:審査の過程でよく見られる・説明を求められる。
②会社ごとに個別性ある領域のため、"個社のケースの共有"が有用と思われること。
また、本編でも少し紹介しますが、この領域はエクセルの使い方やちょっとしたtipsが有用になることがあると思っていて、せっかくなので「うちではこうやってるよ!」を共有したい、という気持ちが強い領域ということも背景にあります。
当社のやり方もまだまだベストな方法とは思ってないですし、今後他社さんとも問題ない範囲で、予算の作り方や運用のtipsを共有しあえたらいいなと思っています。
それでは、以下1問1答形式で記載してみます!
誰がどんなプロセスで作っていた?
予算策定プロセスはまさに個社ごとに正解がありますし、同じ会社でもフェーズによって変化させていくものですが、当社は次のような考え方で進めていました。
ーー予算策定プロセス
1.アウトライン議論
まずはCFO・経営企画がざっくり&仮定を置きながら数値を引いて、経営陣と議論します。
ざっくりとした数値ベースで、このままいくとこうなるよね、という全体感の確認と、それに対してどうしたいか、今後何に意思入れするか、投資案件は?、人数規模は?、等のおおまなか方向性の議論と決めていきます。
またIPO準備で言うと、証券・取引所審査やIRの観点で論点になりそうなこともこの段階で提示し、数値策定にあたり踏まえておくようにします。
2.予算draft作成
上記アウトラインの議論をして予算の方針を決めたら、当社の場合は以下のまとまりのイメージで予算のdraft作成を進めていました。
・KPI/トップライン →経営企画+事業系執行役員
・マーケ投資等事業系のコスト →経営企画+事業系執行役員+マーケ担当
・経費予算 →経営企画+執行役員・各部の部長
・人員計画 →経営企画+執行役員+採用担当
・資金繰り表(CF表)・BS予算 →上記を踏まえて経営企画で作成
3.ブラッシュアップ
1st draftをそれぞれ作成した後は、各予算を取りまとめ、全体数値の把握・分析と個々の予算数値について内容確認・分析を行います。
当社では主に、①全体感としてブラッシュアップすべきもの、②個々の予算としてブラッシュアップすべきものという観点で、作成した予算に対してアップデートをかけていました。
4.予算のアップデート
その後、ブラッシュアップの内容を踏まえて2nd draftを作成し、ブラッシュアップーアップデートを繰り返すことで予算が完成します。
IPOにあたっては踏まえるべき項目(審査で特に問われる論点、IPO時のバリュエーションと関連した調整項目)も多くあったことから、当社も3周、4周の調整をかけて数値を固めていました。
以下のイメージです。
ーー考え方として大事にしていること
①予算策定のフレームの整理
予算策定は関与者が多いので、各担当者が数値を作成するにあたってのフレームを整理しておくことが大事だと思ってます。
例えば、財務・経理系パーソンであれば、「勘定科目」という言語が一般的で共通言語として使いやすいですが、投資の性質によっては、「●●案件に紐づく投資」や「●●施策に関するマーケ投資」(※例えば、●●の制作(外注費)、●●の配信(広告宣伝費)をまとめてマーケ投資と認識・管理したい。)と整理したほうが事業に携わるチームにとって管理しやすいですし、予算の策定・予実運用として実態を表現できるケースが多々あると思います。
このような事情を勘案しつつ、会計要件も同時に表現できるフォーマットを作成しておくと議論が進めやすいと思います。
当社で使用していたフォーマットは後述します。
また、予算策定時の考え方として「可能性高く発生する費用」、「発生可能性低いけど希望している投資」など数値といっても背景に温度があると思っています。
この数値の温度感について全社的な方針・予算項目によっての方針を議論・整理しながら進めていました。
メモ程度ですが、僕は予算策定にあたっては以下のような観点から数値の温度感を整理しています。
②作成-ブラッシュアップのサイクルをためらわないこと。
スケジュール観点や工数を考えると、「手戻りがないように作成したい。」という思いが先行する場面があると思いますが、最初から着地ありきでつくらず、作成→調整(再調整)を繰り返すことをためらわずに進めることが重要だと思っています。
作成→調整(再調整)のプロセスをためらうことで、数値を固めることが関与者の目的になり、数値が机上の空論のものとなることがありますし、作成→調整(再調整)を繰り返すなかで、全社での予算の作成や運用のレベルがあがっていくという部分は少なくないと思います。(特に、上場企業と違ってIPO準備企業は予算策定・予実運用について、赤ちゃん状態からスタートするので、プロセスを何度も回転させて、みんなで成長していくという観点は重要だと思います。)
KPI・費目の設定の仕方・粒度は?
当社では以下のように設定していました。
ーーKPI・トップラインについて
プラットフォームへの掲載スペース数、その中から利用されるスペース数、利用スペースあたりの利用回数、結果としての利用単価、MAU、課金UU、課金単価、用途カテゴリ、これらの結果としての課金額・GMVという形で予算を立てています。
現在のIR資料ではこの中から、利用されるスペース数、スペースあたりのGMV、全社でのGMVを主要KPIとして説明しています。
KPIについては、他サービスと比べてそんなに変わらないところだと思いますが、IPOにあたってはより数値精度をあげるために、50程度の主要取引先については個社別にKPI・売上予測をたてていました。
これは本当に大変でした。。。
ーーマーケ投資等の事業系コスト
以下のような形です。これらの項目についてはインターネットサービスであれば同じような粒度で設定されているのかなと肌感を持っています。
マーケティング投資については、売上連動で動く項目、準固定的にコントロールする項目、ワンショットで発生するコスト(動画制作コスト、キャンペーンコスト、リサーチコスト、CMコスト)等に分けて想定されるCPAとともに設定しています。
売上に連動する決済手数料については↑で作成したトップラインに対して各決済代行会社ごとの手数料率を乗じて作成しています。
また、クレジットカード決済については、カードブランド毎でも料率が異なることからカードブランド毎でも数値を作成していました。
ーー経費予算
結構細かい話になりますが、当社は以下のような形でやっていました。
会議費・交際費などは採用関連でのランチなのか、法人向け営業関連の交際費なのか、社内合宿予算なのかなども分けて管理しています。
ツール類は会計システム(当社はMF会計)でいくら、勤怠ツール(当社はjinjer)でいくら、Gsuiteでいくら、デザインツールでいくら、AWSでいくら、等基本的に相手先別ですべて作成・管理しています。
PCとモニターはスペック別(資産計上の有無が変わる)で作成、既存人員の買換え分、新規入社者の購入分でも分けて作成しています。
会社のサイズ感によっては、入社者が多いとPCって意外に金額インパクト大きいんですよね。。
一方、オフィスの消耗品(ティッシュ、レターパック、お水)などは月の消費実績をもとに丸めて作成しています。
ポイント・・・
上記は当社の場合こうした、というもので、予算の策定粒度に正解はないと思っています。一方で、予実の運用では、"何が上振れた・下振れた、予算外で発生した・予定していたが発生しなかった"、がわかるかが重要だと思っていて、特に上場審査において十分説明できる状態、そして経営・各部門にフィードバックできる状態にすることが必要だと思っています。
当社の場合はこの考え方に基づいて作成した結果、このような粒度に落ち着きました。
とはいえ・・・
フェーズや予算の用途、会社規模によって作成粒度はかなり異なってくると思います。
→シリーズA・B時に求められるもの、年単位の丸まった数値目標がわかればよい場合、内訳決めずに案件や新規事業単位で予算を作る場合等では粒度は細かくすることが最適解ではないことも多々あると思います。
→また、会社規模の大小でも、丸めた金額で月次予算を運用することが最適となる費目が増えていくと思います。
経営企画・予算担当者の力量はこのような状況踏まえて適切な予算粒度を決めることができるか、なのかなと振り返って考えています。
予算策定で難しかったことは?
当社の特徴という話になりますが、特に以下2点に苦労しました。
ユーザの利用に関するKPIについては、当社のサービスは単一サービスではあるものの、多様な用途が存在するプラットフォームであるため、用途ごとにユーザの動向(単価やリピート率)にかなり幅があることから、予算の係数についてシンプルな説明がなかなかしづらい(→平均値での説明をすることがミスリードになる。)という点に難しさがありました。
また、多くのインターネットサービスと少し異なるのが、サービスの利用において、予約(課金)→現地でのスペースの利用、で一定のリードタイムがあるという点も難しさを感じる部分でした。
この2点はIPO準備期間全般にわたって社内で何度も議論されましたし、主幹事証券様のアドバイスも踏まえて、KPI設定の軸については、最終的にN-3から審査時までで3度大幅な変更を行っています。
予算策定の変遷については、以下「N-3~IPOで策定の仕方に変化はあった?」に記載します。
その他でいうと、他のスタートアップ企業でも同じことが言えますが、社歴が短いことから将来数値の伸びを説明するためのベースになる、過去実績データが少ないという点でも苦労しました。
(この部分はセグメントを細かく区切る、定性情報(当社ではスペースの特徴、利用用途の特徴)と組み合わせる、で対応していきました。)
予実運用で難しかったことは?
上場準備初期段階でいうと、費目について粒度を大き目に策定していたので(ツール類を一括で数値作成するなど、丸めた数値が多かった。。)予実の分析が思うようにできなかった点があげられます。(→上振れ下振れの要因を特定しきれない。)
また、同じく上場準備初期では財務会計側についても監査法人との調整が終わっていない項目があり、予算策定時と計上が変わるものが複数発生し都度予算を組替えながら運用することになり、かなりの工数を要しました。
財務会計と管理会計の関係で言うと、IPO準備の予実運用では、特に財務会計を固めていく作業が平行して走っていることが多いのが難しさを大きくしていると思います。
財務会計が固まった状態であれば、財務会計と管理会計は財管一致の担保や、財務会計側のプロセスで管理会計のフラグ立てや部門の整理をするという連携のウェイトが高いですが、そもそも財務会計の論点が固まっていない状況においては、また違う筋肉が必要になってくると感じました。
N-3~IPOで策定の仕方に変化はあった?
ーー大きく①予算粒度の詳細化、②KPIの策定の考え方の変更があります。
①まず、上述の通り、予算策定粒度について、N-3期はかなり丸めた項目が多かったので、予算策定毎に詳細化を進めました。
何が上振れた・下振れた、予算外で発生した・予定していたが発生しなかった、差異要因が実績にあるのか、予算側の精度の問題なのかを一つ一つ説明できるような予算策定としています。
(今見返しても、初期に作っていた予算と申請期の予算はまったく別もので、当初の自分の成果物がほんとに恥ずかしいです。。)
②また、KPIの策定についてはN-3から審査時までで、以下のように3度大幅な変更を行っています。
掲載しているスペース数を軸とした係数設定(課金時情報中心)
↓
ユーザの課金・リピートを軸とした係数設定(課金時情報中心)
↓
利用されるスペースの売上予測を軸とした係数設定(課金時情報中心)
↓
利用されるスペースの売上予測を軸とした係数設定(利用時情報中心)
ツーサイドプラットフォームなら同じような論点とKPIについての議論があると思います。これに加えて当社では「現地での体験」(=利用というタイミングの存在と利用時までの金額変更)という要素が加わるため、もうひとつ検討軸が存在しており予算策定にあたっては、N-3期から相当議論と試行錯誤を重ねていました。
KPIの策定軸については、当社は苦労&施行錯誤した方だと思います。
うまくいっていて紹介したいノウハウは?
特殊なことはやっていないですが、エクセル構成はそこそこ使えると思っているので以下当社の例をご紹介します。
当社は以下のようなエクセル構成でやってまして、ポイントは列構成をそろえたシート群と集計シートの2構成にしておくこと、関数パターンを減らして(全体としては、2→1へのsumif一本)、関数が入り組んで読み解くのが大変。。という状況や集計ミスを回避しています。
(界隈の方々には、こんなの当然でしょ・・・という方もいらしゃると思いますが共有してみます。)
個別予算シートはこんな感じ。
特徴としては、スタートアップ全般に言えると思いますが、新規事業のような要素や、状況と意思決定によって発生有無が変わる要素について、カセットで出し入れできるような構成としているところになります。
しばらく期間経過しての予算修正や、予算をベースとして見込みPLの作成、予実差の確認の際に便利です。
当社では、上記の通り①個別予算シート群の1枚シートを使って表現するパータンと、②同じシート内で行追加(削除)で表現するパターンで運用をしていました。
主に・・・
①1枚シートを使って表現
新規事業的なものは、1シート使って売上・費用項目を作成。
②同じシート内で行追加(削除)で表現
トップラインの状況や意思決定次第で動く施策については同じシート内で管理会計フラグに●●案件投資などとフラグ立てして投資内容を作成。
予算策定・予実運用についてIPOを通じて一番大変だったのは?
IPOという観点では証券審査での予算(将来数値の合理性と経過月の予算差異)の説明になります。
特に将来数値について、KPIで設定している係数はすべて(本当に全て)説明を求められましたし、数値のロジック(関数)はすべて(本当に全て)見ておられるようでした。
審査過程では、「すごい!そこまで見ているんですね・・・」という場面が何度も何度もありました。
自身もエクセルを作ることも数値をみるのも得意・細かい方だと思っていますが、審査担当者の方のチェック深度には驚きましたし、尊敬の念を抱きました。
IPOもう1回やるなら、どこを変える?
ーー正直あまり変えるところはないと思っています。
大前提として、予算策定・運用は会社ごとの個別性が大きい領域なので、普遍的にこのやり方がよい、というものを置きづらいものだと思っています。
→やり方を固めづらい、固めないほうがよいの両方の観点。
ですので、もう1回IPOやるとしても、その会社に適した予算策定・運用方法を都度模索して試行錯誤していくと思いますし、それがあるべきと思っています。
一方で、本noteで記載したようなエクセル作る際のtipsや、こういう困難がありえる、などを踏まえてN-3期から取り組んでいくということは必要だと思っています。
(同じように模索・試行錯誤するにあたっても、初めて向き合うのと、知っていて向き合うのは大きく違うと思います。)
今回も長文をお読みいただきありがとうございました!
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当社では予算策定・運用について、上場後も継続してブラッシュアップし、会社・サービスの成長につなげております!!
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