【楽曲考察】ピーナッツくん「Youngpixar」~兄ぽこの残しておきたかったもの~
こんにちは!
この記事ではピーナッツくん3rdアルバム『Walk Through the Stars』収録楽曲、「Youngpixar(ヤングピクサー)」の歌詞考察を行っていきたいと思います。
楽曲はこちら↓
「Youngpixar」
作曲:nerdwitchkomugichan
作詞:ピーナッツくん
リリース:2022年6月1日
公式の歌詞はこちら↓
本記事で基本的にやることは以下です。
Youngpixarの各歌詞について、「ピーナッツくんはこういうことを表現しようとしているのではないか」という考察・解釈をできる限り提示する。
Youngpixarの歌詞に対する感想を述べる。
本記事が、みなさんにとってこの音楽作品をより深く楽しむことに繋がると嬉しいです。
0. はじめに
0-1. 参考となる考察の存在
本記事での考察は私ひとりだけの成果ではありません。
まず、次の記事におけるYoungpixar解釈を多いに参考にしています。
「一日坊主にもみたない」さんの解釈は次のものです。すなわち、Youngpixarの歌詞は兄ぽこの「野心はあるけど仕事に忙殺される日々を繰り返す社畜時代」が描かれたものなのではないか、と。
私はこの解釈に大いに納得/賛同し、Youngpixarの歌詞をその筋で解釈しています。
(逆に言うと、私はこの解釈を読むまでYoungpixarが何のことを歌っているのかさっぱり思いつかなかったんですよね)。
また、その後私はこの記事の作者さんとTwitterで繋がることができて、一度Twitterスペースで3rdアルバムの歌詞についてじっくりお話しさせていただきました。
本記事で語られるのは「その記事の作者さんと話したこと + そこからさらに自分なりに考察を深めたもの」となっております。
0-2. 兄ぽこヒストリーのおさらい
後に詳しく述べますが、「Youngpixar」では、兄ぽこ(=ピーナッツくんの生みの親であり演じている人)のサラリーマン時代/駆け出しアニメクリエイター時代の状況・心情が歌われていると思っています。
そこで、兄ぽこの歴史をごく簡単に振り返っておきたいと思います。
すでに公開されている情報によれば、兄ぽこのこれまでは「大学生→サラリーマン→サラリーマンしながらピーナッツくんショートアニメ制作→ぽんぽこ(&ピーナッツくん)VTuberデビュー→兄ぽこが会社を退職し専業VTuberに」という経緯のようです。
(ソース出せなくて申し訳ないです。また、間違ってたら教えてくださると嬉しいです)。
そして、「Youngpixar」では、主に「サラリーマン」時代と「サラリーマンしながらピーナッツくんショートアニメ制作」時代の状況や心情が歌われているのではないか、と思っているのです。
その時期に限定する必要はないとも思っていますが、そのあたりがメインになるだろうとは思っています。
なぜいま(リリースは2022年6月)、その時期の状況や感情を3rdアルバムで歌ったのかということの意味ついても考えていければと思います。
自分のことを正直に歌ったアルバムの中にその時期のことが歌われた楽曲が含まれているということは、重要さをもっていそうな気もするんですよね。
0-3. なぜ「Youngpixar」を取り上げるのか?
本題に入る前に、なぜ私が3rdアルバムの中からあえて「Youngpixar」一本を取り上げて歌詞解釈記事を書こうとしているのかについても簡単に説明したいと思います。
「Youngpixar」についてはやっと解釈がまとまってきて、人に出せるレベルになってきたと思ったから
兄ぽこの人生・心情という個人的に関心が強く、掘り下げがいのあるテーマだったから
「Youngpixar」→「PetbottleRocket」→「Walk Through the Stars」という3rdアルバムの最後に位置する重要な三連作品のひとつだから(ライブでもこの三作品はこの順番で演じられることが多い)
歌詞が短めで比較的労力が小さかったから
この楽曲を聞くたびに、また歌詞の意味が見えてくるごとに、どんどんこの楽曲のことを好きになってきたから
このような理由です。
逆に言うと、あえて"いま"考察する理由はあまりないです。
単に自分の準備ができたからというのが一番の理由ですね。よくかみ砕くのに半年以上かかったということです。
前置きはこれくらいにして、歌詞解釈に入っていきましょう。
1. 歌詞全体引用
ひとまず歌詞を引用します。便宜上、番号を振ってあります。
2. 本編 歌詞解釈
ここでは、まず楽曲全体の解釈とタイトルの解釈を述べた後、歌詞を細かく見ていきます。
どれくらい説得力があるかは自信のある部分とそうでない部分が両方あります。
みなさんの解釈と食い違う部分も出てくるかもしれません。
ご意見お待ちしております。
⓪ 全体解釈、タイトル解釈
まず、あらかじめ全体に関する解釈を述べておきます。
Youngpixarで歌われている/表現されているのは、(1)兄ぽこのサラリーマン時代における、日中働いては夜眠るだけの繰り返しの日々の中で段々心がすり減っていき、現状ギリギリなんとか持ちこたえているけど、このままだといずれ心折れてしまいそうだよというじんわりとした危機感および閉塞感、(2)そんな状況の中で内心くすぶっていた、「本当は早くあちら側へ行きたい(=クリエイターとして芸術、創作、表現活動にがっつり取り組む生活を送りたい)」という強い渇望と野心、そして(3)これからやっていくぞという気概だと考えています。
曲タイトル「Youngpixar」については、「駆け出しアニメクリエイターである自分を、これから大きくなっていけたらなという(当時の)願いを込めて、某アニメーション製作会社になぞらえて"Youngpixar"と銘打ってみたもの」という感じじゃないでしょうか。
それでは細かく歌詞を見ていきましょう!
①"Don't worry about my life…"
"今日をいまターンエンド"は、何か一日のルーティンが終了したときの状況を表していると思います。例えば、仕事帰りに玄関を開けたとき、あるいは寝る準備を済ませてベッドに入ったときなどでしょうか。
「ターン」とは繰り返すものなので、それはポイントかもしれません。
「今日もなんとか一日乗り切った…」ということを一日一日重ねていっているようなギリギリさ、疲弊感、切実さを感じます。
"届いたメッセージ"というのは何でしょうか。私の思い付きだと、家族や知人から届いた「最近調子どう?元気してる?」といった連絡かなというイメージです。
それに対して、「まあ毎日なんとかやってるよ。心配しないで」と返しているのではないでしょうか。
「Don't worry about my life (=心配しないで)」と返答していますが、それなりに心配に値する状況なのだろうと思います。
②"思い出すことになる…"
"思い出すことになる/ような日が増えたらな"ということは、裏を返せば、現状では刺激や高揚が乏しく記憶にも残らないような単調な日々が続いてるのではないでしょうか。例えば、同じような仕事をしては帰るということが毎日続くような日々です。生活の中であまり「いい思い出」になるような瞬間がないような印象です。
"能書きが増えるいま/寝れないやこんな日は"について考えていきましょう。「能書き」というのは、元は「薬の効能を書き記したもの」みたいな意味らしいですが、転じて「口ばかりで行動・内実が伴わないこと」を揶揄する意味でも用いられる言葉のようです。
その用例を踏まえるならば、ここでは「自分は口では何かクリエイティブなこと(=アニメ制作?映画制作?)をやるやる言っているが、現状結局やれてない。そのことを考えてしまうこんな夜は眠れない」といった苦悩が歌われているのかもしれません。
③"どう森みたくアップデート…"
この箇所については、すでにインタビューでいろいろ解説されています。
どうぶつの森のアプデがすごかったから歌詞に登場させてみて、(偏屈な見方をするならば)借金返済がストーリーの主軸とも言えるどうぶつの森になぞらえつつ、あくまで兄ぽこ自身の借金返済のことを歌っているようです。学生時代に借り、働き出してから返す例の借金ですね。
ここは借金返済に追われながら仕事を続ける様子がイメージされて、少し気が滅入りそうな箇所です。
④"YoungPixar"
柔らかいような切ないような歌い上げ方がされていますね。
ここは楽曲の流れの中でひとつの切り替わり/展開が起こる箇所になります。
ここまでの歌詞は言うなれば「追い詰められたサラリーマン編」で、借金返済しながら働く単調な日々の繰り返しの中ですり減っていき「なんとかギリギリやってるけどこのままだとどうなっちゃうかわかんないよ」みたいな状況が歌われてきました。
そして、ここからは「駆け出しアニメクリエイター(=Youngpixar)編」とでも言えましょう。少しだけ希望の光が見えてきます。
⑤"ぼくの頭の中の…"
"ぼくの頭の中のfriends"とは、兄ぽこの自主制作ショートアニメ「オシャレになりたい!ピーナッツくん」の登場人物たち(ピーナッツくん、チャンチョ、デニムくん、オレンジ博士など)のことでしょうか。
それらの登場人物たちが兄ぽこの脳内で楽しくやってる様子が歌われているのかもしれません。
なお、私が感じているのは、"ぼくの頭の中"というのが、すり減っていく日々の中でかろうじて存在する「現実からの逃げ場」「束の間の安息の地」のようなものとして機能しているのではないかということです。
兄ぽこ自身は毎日仕事で大変だけど、頭の中のfriendsたちは愉快にやっている、そのことが兄ぽこにひとときの安息の時間を与えているようなイメージを私は抱きました。
(ただアニメ作るの大変だったはずですから、「自作キャラクターたちを愛する気持ち」と「アニメ作るの大変な気持ち」の両方があったのかなと想像します)
私がこういったイメージを抱くにあたって大きく影響を受けた絵が以下のものになります。歌詞からは離れてしまいますが、素晴らしい絵だと思いますのでご紹介させてください。(ご本人から許可をいただきました。ありがとうございます)。
⑥"レベルミュージック…"
韻についての話ですが、ここは一貫して「うーいー」の音で脚韻踏まれてて心地よいですね。ピーナッツくんの楽曲では「この箇所はこの音で脚韻踏むぞ!」ということがハッキリしている箇所がときどき登場します。それはなんだかまっすぐな感じがして気持ちいいです。
歌詞内容についても考えていきます。
それにしてもこの箇所は内容が濃いですね!
「レベルミュージック」については、(にわか仕込みの知識なのですが)どうやら「社会権力に抵抗する音楽」といった意味合いがあるそうです。
これまた詳しくないのですが、レゲエはヒップホップと音楽的に近いものだと聞きます。
"レベルミュージック"と"忘れられないムービー"は何か兄ぽこにとって思い出深い作品たちを指していそうです。創作へのモチベーションとなるような重要作品のことを指しているのかもしれません。
"向こう側の住人"が何を指しているかについてはひとまず二通りの解釈を思い付きます。
ひとつは、「音楽や映画などの世界で華々しい活躍や成功を収めている雲の上の人たち」のことです。
もうひとつは、雲の上の大成功者とまでは言わなくても、「(専業)クリエイターとして生きる道を選んだ人々」のことです。芸術とは無関係な仕事に忙殺される兄ぽこ自身の置かれた状況と対比して、芸術、創作、表現活動などに十分に取り組むことができている人々のことを羨ましく思っているのではないか、という解釈案です。
私は後者の解釈を好んでいます。
どちらの解釈を採用するにせよ、兄ぽこはそれらの人々に対して「自分がそう成りたかったのに成れなかった(あるいはまだ成れていない)あちら側の住人」として憧れを抱いているように思われます。
"Living my life は too real"で表現されているのは、「自分が送っている生活はいくら『リアル』と言ってもリアル"すぎる"から嫌だ」ということだと思っています。ヒップホップは「リアル」を重んじることでよく知られていますが、兄ぽこの当時の生活は(おそらく)日中働いては夜眠り、次の日も同じことを繰り返すというあまりに世俗的な生活です。この箇所では、「確かに『リアル』は大事だけどこういうことじゃないんだよな」という嘆きが表現されていると私は捉えています。
(感想ですが、"Living my life は too real"はすごく心に響くいい歌詞だなと感じています)。
"物語は中止"では、「クリエイターとしてのキャリア」という「物語」が中止してしまっている状況に対する悔しさが表現されているのではないか、と考えています。
「物語にもならないような単調な日々を送るサラリーマンの生活」と「ドラマチックな展開(例えばクリエイターとしての成長、作品テーマの変遷、人気や名声の拡大、より大きな舞台での活躍など)を見せるクリエイターの人生」という対比的な捉え方を持ち出してみましょう。ここでは、兄ぽこが置かれている(かもしれない)「これまでぼちぼちクリエイター的な活動もやってきたけど、今は仕事に忙殺されていてそれどころじゃない(=クリエイターとしてのライフストーリーを進められなくなってしまった)」という状況が嘆きを込めて表現されているのではないでしょうか。
(実際はサラリーマンの人生もそれなりにドラマチックでありうるとは思います。ただサラリーマンからすればクリエイターの人生の方がドラマチックに見えやすい傾向はある気がします)。
"動き回るブービー"とはいったい何の話なんでしょうね。「ブービー」とは「最下位」や「最下位から二番目」といった意味のようです。思い付きを述べるならば、「せっかく自主制作ショートアニメがんばってるけど、ろくに発見してもらえず最下位のあたりをうろうろしている」という苦境の表現なのでしょうか。それとも会社での業績の話でしょうか。
"Day & night routine/いまはなんとか無事"は、この曲の冒頭と同じ事柄が再び表現されていると思っています。
つまり、「日中は仕事、朝と夜は支度や家事という単調な日々の繰り返しの中ですり減っていくようだけど、いまはなんとか無事でやってるよ」ということが歌われているように思われます。
誰かに向けて安心してほしくてメッセージを発信している面もあるだろうし、「このまま放っておいたら駄目になってしまいそうだよ」という危機感を伝えようとしている面もあると思われます。
⑦"電話ありがとう…"
"Pool"は何の比喩なんでしょうね、「深くて溺れそうなPool」とのことですが。歌詞読解だけでは限界を感じているので、個人的な所感で補わさせてもらいます。
新社会人なりの所感ですが(私は新社会人です)、やはり社会人になるというのはなんとなく恐ろしいものです。
社会に出るにあたって、世界情勢や日本社会、業界の慣習、会社内の慣習、上司部下・先輩後輩の関係性など、そういったいろいろなものの一部として自分が組み込まれていくのだろうということをぼんやりと感じます。深くて溺れそうな気分にならないよう気をつけて生きているような現状ですね。
(そう言えば、「社会の歯車になる(のは嫌だ)」などといった言葉もよく使われますね)。
もしかしたら、"ぼくが入るPoolは/深くて溺れそうで"という歌詞で表現されているのはそういった事柄(=この社会の巨大なシステムの中に一人で放り込まれ、毎日同じような作業に従事し、駄目になってしまいそうという危機感)なのかもしれません。
しかし、"電話ありがとう"や"君の声を聞いて"からは、連絡のおかげで少し救われたような印象を受けます。「追い詰められた状況だったけど、君が連絡をくれたおかげで、ぼくは…(これからYoungpixarとして地球を動かしていくよ…!)」という流れです。
ここから、この楽曲はクライマックスへと移行します。
◇
⑧"着陸するヘリ…"
ここでは「ここからはYoungpixarとしてがんばっていくぞ」という気概が比較的希望をもって表現されている感じがします。
"着陸するヘリ/ビルをまたぐぜ"からは、アクション映画のワンシーンみたいなイメージが呼び起こされます。兄ぽこが脳内で思い描いている映画かアニメのワンシーンなのかもしれません。
"次を待たせてる/地球を動かせ"については二通りの解釈を考えています。
ひとつは、"地球を動かせ"では「作品世界を進行させないといけない」と自分に対して発破をかけている様子が表現されているとする案です。自作アニメの世界内の出来事を進行させられるのは、作者である兄ぽこだけですから。今ではピーナッツくんのショートアニメの次を待っているファンがたくさんいます。今でも兄ぽこにそういう気持ちがあるのかどうか、気になるところですね。
もうひとつの解釈を思いつきました。「次を待たせてる」という言葉からは「順番待ち」のような印象を抱きます。この世界では、「素晴らしい作品が生まれ、それに感銘を受けた次のクリエイターがまた新たな作品を生み、それがリレーのように続いていく」ということが起こっていると思います。もしかすると、"次を待たせてる/地球を動かせ"とは、この世界で連綿と続いている芸術活動のバトンを次に渡さないといけない、という使命感の表現なのではないでしょうか、という案です。
どちらも悪くない解釈かなと思います。他にもよい案があるかもしれませんが、みなさんはどう思いますか…?
"いまだガレージバンドの中の/Youngpixar"については大きく二通りの解釈があります。
ひとつは、音楽制作ソフト「GarageBand(ガレージバンド)」(というのがあるらしいです)の中で、楽曲「Youngpixar」がリリースされる日を待っている、という状況が表現されているという解釈です。
もうひとつは、アメリカシリコンバレーで名を馳せる多くのテクノロジー系企業(=Apple, Google, Microsoft, Amazonなど)が元々はガレージ(車庫)から誕生したという背景を踏まえて、「そうしたガレージ発の巨大企業のように、ここ滋賀の実家にある子ども部屋から駆け出しアニメクリエイター(Youngpixar)として今後大きく活躍してやるぞ」という気概を表現しているという解釈です。
(なお、ここには非常に中途半端な事態があります。本当は歯切れよく「ガレージ発の企業である『Pixar』になぞらえているんだ」と語れたらよかったのですが、そう語ることはできないのです。確かに、スティーブ・ジョブズが立ち上げた「Apple」はガレージ発の巨大テック企業です。しかし、同じくジョブズが立ち上げた「Pixar」は別にガレージ発ではないようなのです。調べてみたところ、ジョブズが「ルーカスフィルム」という会社を買収して「Pixar」として独立させたそうです)。
音楽制作ソフトとガレージ発企業になぞらえているという2つの解釈を提案しましたが、これら両方の事柄がかかっているのかもしれませんね。
つまり、いまだ子ども部屋の中でショートアニメ制作を続け、世間から発見されるときを待っている駆け出しアニメクリエイターである兄ぽこ自身(=Youngpixar)を、(1)いまだGarageBandの中で眠っておりいつか日の目を浴びるときを待っている楽曲「Youngpixar」と、(2)小さなガレージから大きく成長していった巨大企業の両方になぞらえて歌っているのではないか、ということです。
3. さいごに
兄妹でYouTuberを続けている「兄ぽこ」のストーリーにも、一キャラクターとしてインターネットストリートを駆け上がる「ピーナッツくん」のストーリーにも、「オシャレになりたい!ピーナッツくん」というショートアニメの存在は不可欠でした。
今ではアニメ制作よりも動画配信と音楽活動の方に力を入れているように見える兄ぽこですが、確かに自主制作ショートアニメで勝負していた時期があったのです。それも会社員として働きながら。
もしかすると、兄ぽこは当時(サラリーマン時代+アニメ制作時期)の大変さをなかったことにしたくなかった、忘れられたくなかった、記録しておきたかったのかもしれません。
ショートアニメ/ピーナッツくんの生みの親である兄ぽこがサラリーマンとして働いていた頃の状況、その切実さを残してくれた楽曲。それがこの「Youngpixar」なのではないでしょうか。
もしそうだとすれば、そのような時期の心情をよくぞ歌ってくれました…!(感謝)と思います。
私は、兄ぽこ/ピーナッツくんのライフストーリーに強く惹かれて応援している面も大いにあるんですよね。その部分を楽曲で芸術的に表現してくれるのはすごく嬉しいことです。
◇
脱サラした兄ぽこのことを踏まえて自分のことを鑑みると、私自身は今やっているような趣味のレベルで、好きな音楽を聴いたり、好きな音楽について文章を書いたりしながら、会社員として生きていけたらそれも悪くはないかなと思っています。
兄ぽこ/ピーナッツくん(そしてぽんぽこさん)の生き様に夢を見させてもらっているような気持ちもありますね。
ピーナッツくんが作る音楽をこれからも楽しみにしています!
◇
できることなら、今後他の楽曲についても考察を深められたらなと思います。特に「KidsRoomMan」「respawn」「PetbottleRocket」「Walk Through the Stars」あたりの楽曲についてはできることなら引き続き考察記事を書いていきたい気持ちがあります。
今回「Youngpixar」考察記事を書いたことで、書く前より私自身解釈がかなり深まりました。書くことで考察が進むんですよね。これがたまらないです。
みなさんもぜひ取り組んでみてください!
ご意見、ご感想などあればお待ちしております!
おわり
PS: 本当にYoungpixarは過去の話なのか?
本記事では、「Youngpixar」が「アニメ制作をしたいけどなかなかできなかった兄ぽこサラリーマン時代」に焦点を合わせたものだとして解釈してきました。
しかし、もしかすると、兄ぽこは現在でも自分のことを「Youngpixar(=これからPixarみたいにでっかくなっていくはずの若いアニメクリエイター)」だと思っている可能性もあるのかもしれません。現時点ではアニメ更新してくれるのか疑わしい状況が続いておりますが、今後Youngpixarとしての姿を見せてくれる可能性はまったくないだろうと考えてしまうのは忍びないです。
兄ぽこ/ピーナッツくんが今後どういう動きを見せてくれるのか、期待を込めて見守っていきたいですね!
また、私は「Pixar」がアニメ制作会社であることから、「Youngpixar」も若手アニメクリエイターとして解釈しました。しかし、「Youngpixar」を「インターネットで2D/3Dモデルを使っていろいろ活動している人」という風に拡大解釈するならば、兄ぽこは現役「Youngpixar」となり、Youngpixarは過去の話ではなくなりますね。
おわり
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