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ビジネスモデル毎の組織デザイン

2023年5月5日、四谷三丁目駅前のオスローコーヒーにて。
ゴールデンウィークにも関わらず時間を持て余しているので、考えが巡った物事をいくらか書き起こしてみようと思う。

■戦略人事の至上命題「事業と組織をつなぐ」

ここ数年、頭を悩ましているのは、この言葉だ。

「事業と組織をつなぐ」
「事業戦略と整合した組織運営を」

最初は、前職で子会社のコーポレート部門を新設してマネージャーに就いたときだ。それまで採用・広報のマネジメントを担っていたが、「事業運営以外全部」と言っても過言ではない守備範囲を担うことになった。

それまでコーポレートの各機能を束ねた組織は無かったので、ミッションや役割定義もいちから進めることになった。その際に、代表からオーダーされたのが「事業とつながりを持った組織運営をして欲しい」だった。

そして、組織戦略策定の業務を進めていると、念仏のようによく聞く言葉がある。

「Googleの真似事をしても意味が無い」
「流行りに飲まれずに"自社ならでは"の組織運営を」

誰もが百も承知なのだが、一方で他社モデルケースを模倣することも許されず、社会時流に目もくれずに自社オリジナルの戦略を描くというのはなかなかの困難だ。同様に頭を抱えてきた人事も数多くいるかと思う。

※なお、自前主義に囚われず「巨人の方に乗る」「車輪の再発明をしない」という考えも重要だ。徹底的にモデルケースを学ぶことの重要性を過去にメルカリ社の小泉氏が様々な取材で語られているのをお見かけして以来、自分も事例学習を積極的に心がけている。いつかそのあたりのよもやま話も書いてみたいと思う。

■3つの事業で得られた経験

僕は前職時代から現職のナレッジワークにかけて、大きく3つのビジネスモデルの事業に関わってきた。

1.コンテンツビジネス(モバイルゲーム事業)
2.プラットフォームビジネス(ライブ配信プラットフォーム事業)
3.SaaSビジネス(イネーブルメントクラウド事業)

いずれにおいても、特定の会社や事業部の組織戦略策定の業務を担当していたので、いわゆる戦略人事を担っていたと言って良いと思う。

そして、どの組織においても戦略を描く上での拠り所となるゴール・所与条件はまったく別物だった。結果的に、実行を担う業務も別職種といっても過言ではないほど異なるものだった。

自分も相も変わらず頭を抱える日々ではあるのだが、幸いにもここ数年の間に3つの大きくビジネスモデルの異なる事業に関わる中で、事業特性と組織の操作変数の関連を味わうことができたので簡単に実体験をベースに紹介したいと思う。

※なお、抽象的に捉えるためにかなりデフォルメしたものであることはご容赦頂きたい。例えば、同じプラットフォームビジネスといっても、領域・フェーズ・顧客ターゲット・リーダー特性など多くの変数を孕んでおり、詳しくは一概に表現しきれないことは百も承知である。

■事業特性を掴む

「事業と組織をつなぐ」上で、まずは事業特性を掴みたい。

そして、事業特性を掴む上で、
顧客や競合を踏まえた市場環境
事業の成長曲線モデル
の特徴を押さえることが肝要だと思う。

以下に、僕が経験した3つのビジネスモデルについて、市場環境と成長曲線モデルを簡単にまとめる。

a.市場環境

かなり大雑把な相対比較ではあるが、コンテンツ・プラットフォーム・SaaSの事業が向き合う市場は以下のような特徴があった。

1.コンテンツビジネスの市場環境
■特徴
「High Volatility」
高リターンに対して高コスト・高リスクになりやすく「一攫千金」の様相を呈する
■背景
コンテンツビジネスがヒットしたときの規模感は莫大だ。例えばモバイルゲーム市場でいえばCygames社の「ウマ娘」のヒットなどが記憶に新しい。一本のモバイルゲームが月商100億超ものインパクトをもたらすのだ。一方で、ヒットするコンテンツを生み出すには大きなコストが掛かる。今のモバイルゲーム市場で戦えるコンテンツを生み出すには、3-4年の期間で20-30億円のコストを投下することが求められる。それでもヒットする作品は10に一つも無いと言っても過言ではない。

2.プラットフォームビジネスの市場環境
■特徴
「Winner Takes All」
市場を先行した勝者が市場シェアを「総取り」する傾向がある
■背景
プラットフォームビジネスにはサプライヤーとユーザーが存在し、いずれかの利用が拡大した際に一方の便益が拡大する相互力学「ネットワークエフェクト」が作用する。勝者が、ユーザー獲得やそれを踏まえたスケールメリットを享受して、圧倒的な成長を遂げる。最近ではモバイル決済市場のpaypayの成長などがあるが、例は枚挙にいとまがない。

3.SaaSビジネスの市場環境
■特徴
「Endless Competition」
継続的にシェア獲得競争が続き、持続的な発明や顧客との信頼の積み上げが求められる
■背景
SaaSは、(相対的に言えば)ネットワークエフェクトが効きづらくシェアが分散しやすい。また、to Cビジネスと比較すると導入・離脱のリードタイムが長く、競争は一瞬ではなく中長期戦の様相を呈することが多い。

b.成長曲線モデル

市場環境を踏まえて、各ビジネスは以下のような成長曲線を描くことが多い。

1.コンテンツビジネスの成長曲線モデル
■特徴
「Peak-out」
リリース直後に最大の山が訪れた後に、速やかに減衰曲線を描く
■背景
コンテンツビジネスは、市場に投下されると大きなモメンタムを得て一気に成長する。一方で、消費スピードも早く、すぐにPeak-out(頂点へ到達して減衰する)していく

コンテンツビジネス成長曲線モデル

2.プラットフォームビジネスの成長曲線モデル
■特徴
「Blitz Scale」
爆発的な成長を遂げた後、その曲線が逓減する
■背景
一定の成長因子の探索フェーズを終えて、ネットワークエフェクトを得たタイミングで爆発的な成長曲線を描く。一方でどこかで市場を独占するとシェアの拡大率から市場成長率へと成長曲線を移行していく。

プラットフォームビジネス成長曲線モデル

3.SaaSビジネスの成長曲線モデル
■特徴
「Steady Growth」
安定的かつ持続的な成長を遂げる
■背景
事業体からのSales&Marketingリソースを成長のキャップとしつつも、Recurringの収益が積み上がっていくこと、離脱サイクルが比較的緩やかなことから安定的な成長曲線を描く。

SaaSビジネス成長曲線モデル

例外は多数あれど、およその相対的特徴は以上のようなものかと思う。

■組織の操作変数を掴む

事業の特性や戦略に応じて、組織のあり方を組み替えることがまさに「事業と組織をつなぐ」であり、戦略人事だと認識している。

組織の操作変数は多種多様だが、特に特徴が出やすいと感じた3つの操作変数について、事例を紹介する。

a.要員コントロール

前述の事業成長曲線を意識した際に、当然その成長に組織規模をアジャストしていく必要がある。そして、組織規模をアジャストする際に拠り所となる観点もビジネスモデル毎に大きく異る。

1.コンテンツビジネスの要員コントロール
■特徴
「流動性」
■注視すべき指標
退職率、有期雇用比率
■背景
事業のボラティリティが極めて高いため、同様に組織に高い弾力性が求められる。例えばモバイルゲーム事業でいえば、3年で100-200名の開発組織を組成して、リリースから半年後には組織規模を半減 or 撤退を余儀なくされるケースもある。一方で、ヒットした場合はさらに倍近い体制まで急激に拡大する必要性も出てくる。いかに組織に弾力性を持たせるか、そして複数の開発ラインのフェーズや状況を踏まえて編成するのか、人事が常に注視している。

2.プラットフォームビジネスの要員コントロール
■特徴
「拡大スピード」
■注視すべき指標
採用数
■背景
成長因子(僕がいた組織ではピーター・ティールの言葉を借りて「ラストムーバーファクター」と呼んでいた)を掴むと、プラットフォーム事業は組織の成熟度などお構いなしに急速な事業成長曲線を描く。そのジェットストリームに乗り損ねると数カ月後には競合がそのモメンタムを得る可能性がある。多少の火事や無駄などお構いなしに事業の成長スピードに組織拡大を追いつかせる必要がある

3.SaaSビジネスの要員コントロール
■特徴
「生産性」
■注視すべき指標
一人当たりARR etc.
■背景
SaaSビジネスに高いバリュエーションが付くのは、その安定的な成長と高い収益性を基盤にした先行投資だ。そしてその成長と収益性はユニットエコノミクスをはじめとした、収益性の因数分解から保証される。1社あたりどれほどの利益を生み出せるのか、社員一人当たりどれだけの利益を生み出せるのかが、今後の事業投資規模や事業価値を決める。

b.カルチャー形成

1.コンテンツビジネスのカルチャー形成
■特徴
「統制」
■背景
コンテンツビジネスのボラティリティは前述の通りだが、事業敗因の多くは「思った通りのものを作りきれなかった」だ。そして、事業のビジョン・企画・ビジュアルはどうしても特定のリーダーの頭の中でしか表現されようがないことも多い。ゆえに、多くの組織では特定のリーダーが作りたいものをしっかり実現しきるための統制的な文化醸成が見受けられる。
※「Pixar」を最たるものとして例外も十分ある

2.プラットフォームビジネスのカルチャー形成
■特徴
「探索」
■背景
何か一つ事業の成功要因を発見することで一気にモメンタムを掴む事業の性質ゆえに、仮説検証を高速で回し、成功要因を発見しにいく姿勢を組織に求める。ときとしてそれはパーミッションレスに現場主導で速やかに推進されることを好む。

3.SaaSビジネスのカルチャー形成
■特徴
「連携」
■背景
SaaSはバリューチェーンが長く直列的に接続している。どこか一つボトルネックや分断が生まれると事業成長が急速に鈍化する。例えば、マーケティングとインサイドセールスが分断するとその後工程のフィールドセールスも窒息死しかねない。価値の連鎖が強く求められるため、メンバーにも「連携」を規範として求めることが多い。

c.組織編成

実際の組織図はいずれのビジネスモデルでも分かりやすい樹形図構造になっているが、もう少し実質的な組織構成や意思決定プロセスのあり方について描写してみたい。

1.コンテンツビジネスの組織編成
■特徴
「文鎮型」
■背景
トップのリーダーが持つ事業イメージを限りなく再現性高く実現するために、リーダーにあらゆる機能をぶら下げて直接マネジメントすることが多い。数百人の組織でコンテンツ内の細部のビジュアルまでリーダーがディレクションすることもある。

コンテンツビジネスの組織編成

2.プラットフォームビジネスの組織編成
■特徴
「機動隊型」
■背景
前述の通り、成功要因の探索をいかに速やかに行うかが重要であり、機動的な組織体制をとることが多い。機能・領域を分けてそれぞれに少人数チームを編成し、その中での仮説検証を各機動隊毎に行う。

プラットフォームビジネスの組織編成

3.SaaSビジネスの組織編成
■特徴
「隊列型」
■背景
各機能毎に分業はしつつも、密な連携はできるように上下左右に指揮命令系統・情報流通を整えていることが多い。目標や指標も緻密にアラインして、事業全体の課題感があれば細部までドリルダウンして発掘しにいけるような構造となっている。

SaaSビジネスの組織編成

■HRの醍醐味「風を吹かせて桶屋を繁盛させる」

以上、僕が経験してきている3つのビジネスモデルについて、それぞれの組織デザインのセオリーをまとめると以下の通りだ。

かなりデフォルメした大雑把なまとめではあるけれど、大体ビジネスモデルによってどのように組織戦略が変わりうるのか、ちょっとでもイメージが付けば幸いだ。

事業と組織をつなげるなんて大層な難題だ。そしてHR業務はいつも複数のゴールと無数の所与条件を成立させる必要があるややこしいゲーム(仕事)で、気が滅入る部分もある。そして、バリューチェーンの最後方での努力は、短期的かつ直接的には成果にヒットしているように見えないことも多い。

それでも、複雑性を少しずつ整理していく中で、いわば「風を吹かせて桶屋を繁盛させる」ような醍醐味がある。長期的かつ大きな成功の裏に、実は自分達が埋め込んだ仕掛けが作用していたと後々になって見出だせたときは最高だ。

特に意図もゴールもなく書き出した文章ではあったが、日々頭を悩ませるHRの仕事に改めて価値ややりがいを見出した喜びをもって、結びとしたい。

※また、本文章とは関係ないが、ナレッジワークはHR(特に採用リーダー)を積極募集中なので、もし当記事を見かけられたHRの方は是非カジュアル面談でお会いしましょう


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