地蔵調査官(シナリオ)⑤ 終
39地蔵寺·墓地(翌朝)
公子が先代住職の父の墓前に線香を供える。
公子「お父さん…私は私なりにこのお寺を一生懸命守ってきたつもりです。お父さんはいつも、世間にどう思われようと正しいことをしなさいって言ってたよね…。でも、私にはできなかった。耐えきれなかったの。どうしても、灯に……優しくできなかった。ねえ、お父さん、人の弱さは…罪なのでしょうか?」
公子、肩を震わせて涙を流す。
40同·境内
地蔵調査官、植え込みや軒下等、色々な見当はずれの場所に首を突っ込んで地蔵を探す。
本堂の軒下を探しているところで、
灯 「おじさん!」
ビクっと地蔵調査官の足が動く。
灯 「そんなところにお地蔵様はいないよ」
軒下から這い出て、
地蔵調査官「はい。私もここにはいらっしゃらない気がしていました」
灯 「ふふふ。昨日の夜見つけたの!こっち」
41同·裏庭
灯と地蔵調査官、草むらをかき分け進み、昨日の地蔵の前に立つ。
灯 「おじさんが探してたのって、このお地蔵様でしょ?」
地蔵調査官「まだわかりません。話を聞いてみます」
地蔵調査官、地面に膝をつき、顔を近づけてボソボソと話し始める。
灯、そばでその様子を見つめる。
地蔵調査官、突然立ち上がり、
地蔵調査官「あなたの言う通り、この方が探していたお地蔵様でした」
灯 「良かった。このお地蔵様はどんなお勤めをしているの?」
地蔵調査官「それは自分で聞いてみてください。このお方はあなたと直接話がしたい、と仰っています」
灯 「え?!でも、どうやったら話せるの?」
地蔵調査官「お地蔵様の額と自分の額をくっつけて下さい。そうすれば、あなたにも声が聞こえるはずです」
灯 「え、こう?」
灯、跪き、言われた通りに地蔵と額を合わせて目を閉じる。
42闇の中
灯の頭の中に地蔵の声が響く。
地蔵の声「私は人間の子どもを愛しています。どんな子どもも愛すべき特徴を持っており、かわいくない子どもはおりません。しかし、私の眼の届く範囲には775人の子ども達が、親からの愛情を受けられずにいます」
43灯の自宅·リビング(回想)
古いアパートの一室で灯の母・野田美希(27)が5才の灯を怒鳴りつける。
美希「灯!またこぼして!あんた、何度言ったらわかるの?!」
灯 「ごめんなさい、ごめんなさい」
と、床にこぼした牛乳を袖で拭く。
美希「ああもう!余計汚れるだろ!」
と、灯を突き飛ばす。
灯 「いたっ」
〈灯、床に突っ伏して泣く〉−この映像に地蔵の声が重なる−
地蔵の声「子どもは生まれる場所を選べません。なので、どうしようもなく悲惨な環境に生まれてくる子どももいるのです」
美希「いつまでも泣いてないで、さっさと立ちなさい」
父・野田圭一(28)が立ち上がり、
圭一「うるせえな!そいつ、何言ってもわからねえよ。俺が身体で教えてやる。(灯の腕を強く掴み)オラ、起きろ!」
と、浴室へ引っ張って行く。
灯 「痛い!痛い!自分で歩くから!」
44同·浴室(回想)
圭一、灯を突き飛ばし、シャワーで冷水を浴びせる。灯は飛び起きて逃げようとする。
圭一「動くな!そこに寝てろ」
灯 「…はい」
その様子をビデオカメラで撮影している。
圭一「いいって言うまで動くなよ」
ビデオカメラを脱衣所の床に置き、
圭一「動いてたらタダじゃおかねえからな」
と、浴室から出て行く。
灯、倒れたまま冷水を浴び続ける。
灯 「さむい、さむいよお…」
地蔵、灯の傍に出現し見守っている。
〈灯、圭一の言いつけを必死で守ろうと、ガタガタと震えながら、冷水を浴び続けている〉−地蔵の声が重なる−
地蔵の声「この世に、親から愛されないこと以上に辛いことはありません。だから私はその子の傍に居続けるのです。片時も離れずにいると、私の中でその子への愛がどんどん大きくなるのがわかります。しかし、その子が唯一望んでいるものは親からの愛なのです」
灯 「おかあさん、おとうさん、もうしませんから、許して!」
圭一「うるせえ!」
圭一、浴室に怒鳴り込み、灯のお腹を蹴る。
〈何度も何度も蹴り続け、圭一の表情は無邪気に笑っている〉−地蔵の声が重なる−
地蔵の声「親は愛の代わりに暴力を与えます。時にはそれによって命を落とす子どももおります」
灯 「オエっ」
嘔吐する灯。
圭一「汚ねえな!」
圭一、蹴るのをやめて浴室から出て行く。
灯 「うううっ、おがあさん…」
〈ゴホゴホと咳をして再び嘔吐する灯。血の混じった吐瀉物が床を真っ赤に染める〉−地蔵の声が重なる−
地蔵の声「それでも子どもは最後まで親からの愛を望んでいるのです。私はその様子を見守らなければなりません。その子への愛を胸いっぱいに抱えながら…」
ふと顔を上げて虚ろな目で地蔵を見つめる灯。
灯 「だれ?…だれかいるの?」
〈涙と血でぐしゃぐしゃになった灯の顔。何かに救いを求めるような眼差し。ゆっくりと地蔵の方へ手を伸ばす〉−地蔵の声が重なる−
地蔵の声「私の存在に気がつく子どもも時々おります。しかし、私の狂おしいほどの愛に気付く子どもは一人もおりません。そして、不幸な子どもは愛されることを知らずに死んでいくのです。私が何よりも大切に思っている子どもが、寂しい気持ちいっぱいで死んでいくのです」
灯、地蔵に触れる前に気を失う。灯の手がぱたりと浴室の床に落ちる。
〈地蔵の目から血の涙が流れる〉−地蔵の声が重なる−
地蔵の声「一体私は、存在する意味があるのだろうかと、最近よく思うのです…」
45地蔵寺·裏庭
灯の目からも涙が流れる。
灯 「私、このお地蔵様のこと知ってる。いつもそばにいてくれたんだね」
地蔵調査官「今もずっと見守っている、と仰っています」
灯 「私…ちゃんと…愛されてた」
灯、地蔵の足元に泣き崩れる。
地蔵調査官、灯の背中を優しく摩る。
46同·境内(夕方)
門の前に立つ灯と地蔵調査官。
地蔵調査官「どうもお世話になりました」
灯 「ううん、私の方こそお世話になりました。…もうここには来ないの?」
地蔵調査官「はい、このお寺の調査は終わりましたので」
灯 「あのー…また会えるかな?」
地蔵調査官「私にはわかりません。私は全国を旅していますので」
灯 「そっか。…寂しいな」
地蔵調査官「寂しがる必要はありません。あなたは一人ぼっちではないのですから。それに、必要な出会いは天から与えられます。私との出会いがあなたにとって再び必要となれば、また出会えることになっています」
灯 「本当?」
地蔵調査官「本当です」
灯 「その時は、またお地蔵様の話を聞かせてね!」
地蔵調査官、嬉しさに目を輝かさせて、
地蔵調査官「ええ、是非!」
思わず笑い合う二人。
地蔵調査官「では、そろそろ失礼します」
灯 「うん、さようなら」
地蔵調査官「さようなら」
地蔵調査官、一礼して門から出て行く。灯もお辞儀をして、地蔵調査官の後ろ姿を見つめる。
地蔵調査官はしばらく進むと、ふっと消えるように見えなくなる。
47闇の中
カーン…カーン…カーン…という音が一定のリズムで響く。
48地蔵寺·参道
(カーン…カーン…という鏧子の音に合わせてシーンが切り替わる)
道端に並ぶ数体の地蔵。秋になり、赤い毛糸の帽子が被せられている。
小祠の傍の紅葉は真っ赤に染まっている。
赤いリンゴを供えられニッコリと笑っている地蔵。
49森の中(幻想)
(鏧子の音は鳴り続けて)
鮮やかに染まった一枚の紅葉。フッと木の枝から離れ、ヒラヒラと宙を舞い、赤い池の水面に落ちる。赤い波紋が広がる。5才の灯がひとり泣きながら、赤い池の中に立っている。ふっと手が伸びてきて、僧侶姿の男が灯を抱きかかえる。赤い池から出られた灯は、安心した表情で男の肩に顔を埋める。
50地蔵寺·本堂
一定のリズムで鏧子を鳴らし、般若心経を読む玄宗。目を閉じているが、「色即是空空即是色」の部分を読む時だけは薄く目を開けて、須弥壇の方を見つめる。
本堂の中は相変わらず空。
空の須弥壇に向かって、一心に経を読み続け、最後に鏧子を一つ鳴らす。
51母屋·灯の部屋
公子が灯を探して襖を開ける。
公子「あかり?」
部屋には誰もおらず、灯の荷物が小さくまとめられている。
公子、灯のカバンから財布を取り出し、中を確認する。所持金、千円札が二枚と小銭が少々。公子、辺りを見回し誰もいないことを確認する。懐から数万円取り出し、財布に入れてカバンに戻す。不器用に微笑む公子。音を立てないように部屋を後にする。
52同·裏庭
丁寧に地蔵の手入れをし、花を供えて手を合わせる灯。
灯 「いつもありがとうございます。今日でこのお寺ともお別れですが、向こうでも元気にやっていきます。これからも私を…私たちを見守ってください」
表の方から公子の声ーー。
公子「あかりー!どこにいるの?!もう出る時間だよ!」
灯 「はーい!今行きます」
灯は以前とは違いどこか表情が明るい。元気に走って行く灯の後ろ姿を、地蔵は優しく見つめる。
ーー終わりーー
最後まで読んでいただきありがとうございました。
この映画を通して、虐待防止のメッセージを伝えるとともに、チャリティー上映会を開催し現実の子ども達への支援をしたいと考えています。
現在、少しずつですが上映活動を進めています。Amebaブログで活動報告もしているので、よろしければ見てみてください。
また上映会の依頼も募集しています。
ご興味のある方は下記のアドレスまでご連絡下さい。
jizoutyousakan.seisaku@gmail.com
「芸術は現実を変えてなんぼ」だと思ってます。
この映画によって、救われる人が一人でもいれば、苦労して作った意義を見出せる気がしています。そこまでやって完成かなと。
2022年7月17日
中村心太
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