地蔵調査官(シナリオ)②
11母屋·居間(夜)
公子と里見玄宗(60)が向かい合って夕飯を食べている。痩せた七面鳥のような玄宗、おかずをちまちまつついている。公子はテキパキと作業のようにご飯を口に運ぶ。
灯、入って来て、
灯 「公子さん、掃除終わりました」
公子「そうかい」
灯 「あのー、私の…」
灯の席には食事が用意されていない。
公子「…あんた、あの気ぐるいと話してただろ?」
灯 「……」
公子「私の言うことが聞けないなら、このうちから出て行きな」
灯 「ごめんなさい」
公子「こっちも迷惑なんだよ。あんたみたいなのを置いとくのは」
灯 「…ごめんなさい」
公子「…いいから、今日はもう寝ちまいな」
灯 「はい。おやすみなさい」
灯、俯きながら出て行く。
12古いアパート·ダイニング(回想)
テーブルの上にリンゴが一つ。
灯 「お母さん、灯のごはんこれだけ?」
母 「そうだよ。早く座って食べなさい」
灯 「…はい」
灯、席に着き、両手でリンゴを大切に持って食べ始める。シャクっとリンゴをかじる音が室内に響く。
父と母は同じテーブルで豪華な料理を食べている。
シャクっとリンゴをかじる灯の口元。
13母屋·灯の部屋(翌朝)
リンゴをかじる音に合わせて口を動かす灯。布団の中で横になり、じっと目覚まし時計を見つめている。
7時になり、アラームが鳴った瞬間に停止ボタンを押す。
灯、布団から起き上がる。
14同·玄関(翌朝)
中学の制服を着た灯が小走りで来る。
姿見で身嗜みを整え、靴を履いて振り返り、
灯 「いってきます」
誰もそれに応える者はおらず、家の中はシーンとしている。
寂しそうな灯の顔。
外へ出る。
15地蔵寺·境内
昨日と同じように地蔵調査官が膝をついて地蔵と話している。
灯、少し立ち止まり躊躇するが、通りすがりにお辞儀して、
灯 「おはようございます」
地蔵調査官「ああ、おはようございます。昨日は遅くまで申し訳有りませんでした」
灯 「いえ、気にしないでください。ずいぶん朝早いんですね」
地蔵調査官「ええ、このお寺にはお地蔵様がたくさんいらっしゃいますから。あと二、三日はお邪魔させていただきます」
灯 「そうですか。またお話し聞かせてくださいね」
それを聞いて、地蔵調査官は目をキラキラさせ、
地蔵調査官「ええ、是非!私、お地蔵様の話ならいくらでもできます!」
灯 「(思わず笑い)では、学校なので失礼します」
地蔵調査官「お気をつけて、いってらっしゃいませ!」
灯は思わず微笑み、一礼して歩き出す。
灯 「ふふふ。『いってらっしゃいませ』なんて、ふふ、初めて言われた!」
16学校·教室
休み時間。
生徒達は数人のグループで固まり、楽しそうに談笑している。
灯だけ一人、自分の席で本を読んでいる。まるで一人でいることを言い訳するように、前のめりになって読書に集中している様子。
クラスメイトの菊池加奈子(14)が灯に近付き、
加奈子「野田さん!何読んでるの?」
灯 「え?…私?」
加奈子「野田さんはうちのクラスであんただけでしょ?」
灯 「え、うん」
加奈子「野田さんっていつも本読んでるよね?そんなに面白いの?」
灯 「え、うん。面白いよ」
教室の前の方から中沢玲奈(14)と上村杏里(14)が声をかける。
玲奈「加奈子ー!」
加奈子「何ー?」
杏里「(手招きして)こっちこっち」
加奈子、杏里達の方へ行き、
加奈子「どうかした?」
玲奈「あの子にあんまり関わらない方がいいよ」
加奈子「え、なんで?」
玲奈「あの子の親って…」
玲奈が加奈子に耳打ちする。
加奈子「え?まじ?!」
玲奈「まじまじ。新聞にも載ったらしいよ」
杏里「やばくなーい?」
灯の方をチラチラ見ながら笑い合う三人。
灯、机に伏せて寝たふりをしながら休み時間が終わるのを待つ。
17通学路
下を向き一人で帰宅する灯。通学路沿いの公園から笑い声。灯、立ち止まり、声の方を見る。
× ×
公園の遊具で楽しそうに遊ぶ母子。小学生達は仲良く笑いながら走り回っている。
× ×
灯 「……」
人差し指を噛み締め、その光景を見つめる灯。目にはうっすらと涙が浮かぶ。
× ×
(フラッシュ)
浴室の床に脱ぎ捨てられた子供服に、シャワーで冷水がかけ続けられている。傍らには潰れたリンゴが転がっている。
× ×
震える唇で、
灯 「早く帰って掃除しなきゃ…」
18地蔵寺·門前
子供の笑い声。走る子どもを追って、母が門から出て来る。
母 「こら、走らない!」
門に立て掛けた錫杖が子どもの前に倒れる。ふとそちらを向くと、粗末な法衣を纏った行者が、門に寄りかかるようにぐったりと座り込んでいる。
子ども「(指差して)お母さん、あの人…」
母 「しっ!見ちゃいけません」
母、子どもの背中を押して立ち去る。
学校帰りの灯、行者に気づき慌てて駆け寄り、
灯 「大丈夫ですか?!」
行者「み、みず…」
灯 「水ですね」
鞄から水筒を取り出し、蓋を開けて、
灯 「これ、どうぞ」
行者、水筒の水を一気に飲み干す。
灯 「立てますか?うちで少し休んでいってください」
行者「…かたじけない」
灯の肩を借りて行者はやっとの思いで立ち上がり、二人はよろけながら門をくぐる。
19同·境内
灯に支えられてながら歩く行者。
玄宗、二人に近寄り、
玄宗「灯、そちらの方は?」
灯 「門の前で倒れていたんです」
玄宗「あなた、大丈夫ですか?病院までお送りしましょう」
行者「いや、病院は結構。少し休ませてもらいたい」
玄宗「ええ、それは構いませんが…」
行者「すまぬ」
玄宗「灯、客間に布団を敷いてきなさい」
灯 「はい」
灯、行者を玄宗に任せて母屋へ走る。
玄宗「さあ、こちらです」
と、行者の肩を抱えて歩き出す。
20母屋·客間
こざっぱりとした綺麗な和室。畳は新しく、い草の香りが快く部屋を満たしている。雪見障子のガラス窓から寺の庭園が覗く。床の間には『五蘊皆空』と書かれた掛け軸と簡素な生け花が飾られている。
布団に横たわる行者の脇に玄宗と公子が座っている。
玄宗「行者さん、何かほしいものがあったら遠慮なく言ってください」
行者「では、握り飯をいただけるか?最近、ろくに食事をしておらず、腹が減ってどうにもならんのだ」
玄宗「握り飯ですね、わかりました。公子…」
玄宗は公子に指で合図するが、公子は腰を上げずに灯を呼ぶ。
公子「あかりー!」
灯、すぐに来て襖を開け、
灯 「はい」
公子「この方が握り飯を食べたいんだとさ。急いで作っておいで!」
灯 「はい」
灯、襖を閉めようとすると、
公子「ちょっと待ちなさい!」
公子、灯の傍に寄り手を取る。
公子「あんた、指どうしたの?」
先程噛んだ人差し指が赤黒いアザになっている。
灯 「あ、ちょっと、ぶつけちゃって…」
アザを隠すような仕草。
公子「馬鹿だね、全く。気をつけなさいよ」
灯 「はい」
と、襖を閉める。
21同·台所
灯、手早く大きな握り飯を3つ作る。
22同·客間
灯、握り飯を持って、
灯 「失礼します」
と、襖を開けて中に入る。
灯 「お持ちしました。(行者に差し出し)どうぞ」
行者「かたじけない」
行者、握り飯を受け取ると、あっという間に3つともぺろりと食べてしまう。
灯と公子と玄宗、呆気にとられる。
玄宗「ははは!よっぽどお腹を空かせていたのでしょうな。少しは落ち着きましたか?」
行者「いや、全然足りぬ。もっともらえぬか?」
公子「まあ!」
玄宗「ははは!遠慮することはありません。握り飯くらい、いくらでも食べて行ってください」
行者「握り飯だけでは栄養が偏る。何か惣菜も出してもらえるとありがたい。それと汁物と暖かいお茶も」
公子「……」
公子、眉を顰めて玄宗の方をちらりと見る。
玄宗「(小声で)まあまあ、良いではないか。行者さん、今日はゆっくりしていきなさい。たくさん食べて、元気が出たら明日出発すれば良い。じゃあ、あとは任せたよ」
と、席を立つ。
ーー続くーー
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