はじめて恋人ではない人とセックスをした話
「ダメな彼」と別れて三か月が経った。
彼に抱かれるという死を選んだ朝のあと。あの日の夜。傷つくだけ傷ついて、ズタズタになって立っていられなくなった私は、とあるひとの手を掴もうとした。まだ彼とうまくいっていたころに出会った人。飲み仲間として、チャラくてとても楽しかった人。
今夜空いていませんか、なんて人生で初めて送った文章だった。
今までずっとふたりで飲みに行こうという誘いを断り続けていたくせに、急に手のひら返したように誘ってきた私にその人は驚きながら、「嬉しいけど今日はちょっとキツイな、ほかの日じゃダメ?」と返事をくれた。私はそれに「今日じゃなきゃだめなんです」と返した。
本当に、初めてだったのだ。無理なお願いをすることも。誰かを振り回すとわかっていて言葉を発することも。完全にヤケになっていた。人間、ヤケになったらなんでもできるのだなあとカカオトークの返信待ちする黄色い画面を見ながらぼんやり思った。
そんな、はじめて我儘になった私のはじめての我儘に、その人は乗ってくれた。朝6時から夜8時まで仕事をして、そのあと私に呼び出されたのに、待ち合わせの駅について先に待っていた私に向かって走ってくるような、そんな人だった。
「いやまじ、超我儘」と開口一番ちょっと本気目に怒りながらその人は言った。
それが、とても嬉しくて。
飲んでいる最中に「この後どうするつもりなの」と聞かれたとき、「お任せします。お任せするつもりで来たから」と返した。
古そうだった外観のラブホテルは、一歩中に入ればとても綺麗だった。
25歳。遅すぎるとは思うけれど。
はじめて、「遊んだ」。
恋人ではない人とセックスをした。
一度も「好きだよ」と言わない、言われない行為。
ただ相手と快楽を貪るだけの行為。
私にとっては、寂しさを埋めるためだけの行為。
見上げた天井はわざとらしい鏡張りで、彼と住んだマンションのものではないし、名前を呼ぶ声は聴きなれたあの声ではないし、覆いかぶさる身体は彼のものよりも大きくて手の行き場に困った。
熱に浮かされたみたいに私を撫でながら「可愛い」と何度も何度も言う彼ではないその人を受け止めながら、ああ、最後に彼に「可愛い」って言われたのはいつだっけなとぼんやり思い返していた。わたし、一度でも、本当に彼に可愛いって思ってもらえてたかな。こんなふうに、無我夢中で求められてたかな。
きっと、必ずその瞬間はあったのに、感じていただろうに
悲しみが全て塗り替えてしまう。
ちゃんと愛してくれていたのに。
ちゃんと見てくれていたのに。
このまま私は帰れなくなる。帰れなくなればいい。
その人とのやりとりのツールは、カカオトークからLINEへと変わった。
なにも正しくない夏。私のおうちはどこですか。
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