不埒

就職して4ヶ月ぶりに、学生時代のバイト先に顔を出した。

大学1年の頃から4年間働き続けた定食屋。マスターと奥さんの2人で営業しているその店は、こじんまりとしているが温かみがあってご飯も美味しい。そして何より、雇い主おふたりの人がいい。親元を離れてすぐに働き始めたこともあって、私は2人のことを親のように親しく思っていた。

週に何度も勤めていたバイト先だったから、辞めてから3ヶ月余りしか経っていないのに、顔を出すのに多少の気恥しさがあった。
その気恥しさを埋めるように、私も2人も近況を矢継ぎ早に話しては、互いに元気にやっていることを安堵しあった。やっぱり温かくて、好きな場所。そして地元以外に「帰る場所」が出来たのだと解って、また嬉しくなった。



ただ、様々話し合った近況の中で、一つだけ、わずかに切なくなったことがあった。

私が勤めていた4年間、ほぼ毎日来てくれていた常連さんがここ数ヶ月姿を見せていないという。

推定30後半〜40前半くらいの男性。華奢で眼鏡をかけていた。私が働き始める前からずっと常連だったらしいが、長く通って下さっていた中でマスター達が知り得たのは、その方の苗字と近くで働いているという最低限の情報だけだった。

私が週3回ほど勤めるようになってから1年余りが経った頃、マスターから、私が出勤している日に彼が店に来てくれるようになったことを教えられた。私が出勤しているかどうかは、店先に置いていた自転車で判断できることだとすぐに分かったからそこに違和感はなかった。
それに、その方が来店して起こすモーションは、注文と食事、そして支払い。それ以外の何も無かった。その無駄のなさが、特別接客に自信の無い私にとっても都合が良かった。だから、私のことを気に入ってくれているのかもしれない、と思っても全く不快感はなかった。

接客の回数を重ねる毎に、注文を取るまでの流れやお茶を出すタイミングまで確立され、完全にフォーマットが出来上がっていた。決まったタイミングで注文を取り、お茶と料理を提供し、お金を受け取る。決まった一連の動作の中におおよそ例外はなく、雑談を交わしたことなど無かった。しかし私と彼の間には、単なる店員と客には中々生じ得ないような信頼関係が確かにあったと思う。

「店員と客」の関係性を徹底して維持し続けた私と彼には、その信頼関係を直接的に確かめる術はいよいよなかった訳だが、私が店を辞めてから来店しなくなったという事実を聞き、その実感が確かさを帯びた。


もし、私が感じた信頼関係を彼も感じてくれていたなら、

或いは、それ以上に私とのやり取りが彼の心の一端に触れるものであったなら、

私は「店員と客」の関係性を一歩踏み出して、彼の心を覗いてみたかったと、思ってしまった。その先のことなんか一切考えずに。

勿論そんな勇気はなかったし、
そんな無責任な関わり方はするべきじゃないけれど、
あなたの孤独に少しだけ触れてみたかった。

そんな、独りよがりな、かつ今となっては叶えようもない欲求が頭をよぎった過日の三連休。


忙しさに流される前に、こんなどうしようも無い感情を言葉に残しておきたくなりました(  ◜ω◝ )
夜だから許してね(  ◜ω◝ )


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