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優越感に浸る人間の表情とはこんなにも卑しいものか。アイドル風女子が、アイドル落選組の女子を打ちのめす一部始終に戦慄。『デタラメだもの』

あからさまに優越感に浸っている瞬間というのは、その実、人間はとても卑しい生き物に成り下がっているような気がするわけでとても不健康。やはりどこまでも謙虚に生きていきたいものである。

クリエイティブな仕事に従事していると、時に時間に縛られないという恩恵を受けられる反面、時に時間に縛られまくるという好ましくない状況をも受け入れざるを得ず、皆様がその日の仕事を終えて帰宅するであろう電車に乗り込み、いざ客先を目指す、なんてこともチラホラ。ちょうどそんな時間帯に、大阪から京都まで電車でフラフラと移動する機会があったわけで。

本の虫であるが故、ひと度、車中に乗り込めば、そそくさと書物を取り出し、読書に耽るわけなのだが、如何せん、周囲に撒き散らすようなボリュームで会話する輩が現れた刹那、意識はそちらの方へと向かってしまい、周波数が合致。「こいつら、どんな話しよるん?」と、悪趣味よろしく、耳を澄ませてしまう始末。本の内容なんぞひと文字も入ってこない状態に陥ってしまうわけなのです。

それなりに混雑した車中。立ったまま電車に揺られ読書を楽しんでいると、キャピキャピと弾むような声を上げながら電車に乗り込んでくる、恐らく2名の女子が眼前に現れた。唐突に視線を向けてしまうのも芸がないため、特にそちらを見やることなく本に夢中になっていた。

ところがだ。そのうちの1名と思われる女子が急に、「つい先日、電車を待っているとき、向かいのホームに立っている男が急に踊りだしたんだよね」というエピソードトークを展開し始めた。それだけならまだしも、その男がやっていたのであろう踊りを、身振り手振りを交えながら再現し始めたのである。もう1度言うが、それなりに混雑した車中で。

しかし、まだ見ちゃいかん。その程度の異変で視線を送ってしまうのも、まだまだ芸がない。イロモノにはすぐに目を向ける軽率な人間と思われてしまう。がしかし、読書への意識は完全に刈り取られ、イロモノが何をしでかすのかに全ての意識を注いでしまっている。せっかくの移動時間。貴重な読書時間。これはかなりマズい状況だ。

ひとしきりダンスを終えると、さも何事もなかったかのように、二人で会話を楽しみ始めた。意識下に侵入してきた彼女らの会話から推察すると、どうやら彼女らはこれから後、同窓会的な場、もしくは忘年会的な場、つまりは、懐かしい顔ぶれだか、久しぶりに会う顔ぶれだか、そんな男女が複数名合流して、賑やかに呑み散らす場に向かうようだ。

そこで急に1名の女子が、「とうとう結婚してないのもウチら二人だけになったね」と、トーンを落として語り出した。ほう、どうしたどうした、つい先刻までダンスに夢中になっていたにも関わらず、いきなりシミジミかい。と思っていると、もう1名も「そうだねぇ」とシミジミ。まぁ、年頃の女子としては頻出しそうな話題ですわね。

と、なんじゃかんじゃそういった類の話を、それなりに混雑した車中にしては大きめの声でキャッチボールする二人。するとふいに、「結婚してないのもウチら二人だけになったね」と切り出したのとは逆の女子が言った。「でも、アンタ、来年の春に結婚を控えてるじゃん」と。そう。切り出した側は実は、既に結婚を控えているらしい。この刹那に限り自分のことを未婚組に組み入れてるのかもしれないが、世間的には既に結婚が決まっている組。既婚組なわけである。

ここで時間軸を乱すようで申し訳ないが、最終的に僕は、様々な答え合わせがしたいがために、数度だけ彼女らを一瞥した。そこで判明したのだが、「結婚してないのもウチら二人だけになったね」と切り出した側の女子は、いわゆる昨今、ブームになっている、やたらと数の多い構成員で歌ったり踊ったりする類のアイドルグループに属していそうなタイプ。一方、「でも、アンタ、来年の春に結婚を控えてるじゃん」と切り返した側の女子は、お世辞にも「君かわぅいーね。」とは言えないタイプ。

そう。何が起こっていたのかと言うと、結婚が既に決まっているアイドル風の女子が、残念ながらアイドルには入れなさそうな女子に対し、我々は未婚だというフェイクの仲間意識を持ち出し、その実、哀れみ見下し、優越感に浸っていたわけである。まさにゲスの極み。

どうやらその夜に会うメンバーの中に、もうひとりだけ、未婚の男子がいるらしい。が、その男子はトラブルメイカーのようで、周囲からも避けられる存在。当然彼女もおらず、なるべくして未婚の状態になっているようである。仮に彼の名を田中君としよう。

アイドル風の女子はあろうことか、アイドルには入れなさそうな女子に対し、「もう、田中君と付き合っちゃいなよ!」と提案する始末。さすがにこれにはアイドル落選組の女子もムッとした声を発し、「どう考えても田中は無理でしょ」と反発。

そのリアクションを楽しむかのように、アイドル風の女子は「応援するからさ!」と意気揚々。アイドル落選組の女子はうんざりしているのか、どんどん声が尖ってくる。明らかに二人の間には、気まずい空気が流れてるだろう、と思いきや、アイドル風の女子はそんなことお構いなし。「また、田中君も誘って飲みに行こうよ! 一緒に行くからさ!」とゴリ押し。

ここでアイドル落選組の女子から衝撃的な事実が飛び出す。「一緒に行くって、アンタ、来年結婚した後、アメリカに住むんでしょ?」と。

あの日、大阪から京都に行く阪急電車の車中には、間違いなく鬼がいた。標的とする人間を滅殺するために出没した鬼がいた。あれは紛れもなく、アイドル風の皮を被った鬼だ。あまりにも残酷過ぎる。

来春に結婚が決まっているにも関わらず、自分を未婚組に組み入れ、アイドル落選組の女子を慰める素振りをしながら、周囲から避けられているトラブルメイカー男との恋愛を推奨。応援するしバックアップもするしと言ってのけながら、自身は結婚と同時にアメリカに移り住む。

優越感。まさにアイドル風の女子からは、優越感に浸る、浸かる、のぼせ上がる様子が伝わってきた。優越感という名の棍棒で、アイドル落選組の女子を撲殺したわけである。アイドル落選組を痛めつけながら、あらゆる快楽、悦楽、愉楽、快感、エクスタシーを感じていたに違いない。

そこで電車は京都河原町駅に到着し、電車を降りることに。それなりに混雑していた車中の乗客も全て下車。もちろん、アイドル落選組も、鬼も。

その後、彼女らは、仲の良い宴席を設けられたのだろうか。アイドル落選組の彼女は、現場でも鬼からトラブルメイカー男との恋愛を猛プッシュされなかったのだろうか。想像するに、「結婚してないの、ウチら二人だけになっちゃいましたぁ~」といったファンファーレが、再び飲み屋に響くだろう。アイドル落選組はあの生き地獄のような時間を、再び味わわされるに違いない。つまりは、彼女らの向かう飲み屋に同席すれば、車中で流された残酷なドラマの再放送が観られるということ。実に心が痛む。

そんなことを考えながら地上へとあがり、客先を目指すと、スマートフォンのランプが点滅していることに気づく。何事、と思いチェックしてみると、その日のアポイントが延期になった旨の報告が入っていた。うそやん。彼女らに気を取られることさえなければ、連絡が入った直後の駅で下車し、大阪に帰ることもできたんに。用事を失った京都の街にぽつん。到着数秒で帰阪が決定。何しに来たん?

どんな機会もプラスに変えねば、ということで周囲を見渡し、それなりに絵になりそうな写真を3枚ほど撮ったところで妙に虚しくなり、再び電車に乗り込むべく、地下へと潜って行った。帰りは読書に耽りたいものだと、ブツブツ言いながら。

デタラメだもの。

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