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お金とお尻。

お金についての考え方はトイレトレーニングと同じである、という話を前回の記事で触ったのでその続き。

家庭によっても、所属する社会によってもお金に対する道徳感や価値観は多少異なるが、この多少の違いが、かなり影響する。

前回の記事でも話したが、とはいえ本人がお金がないことによって苦労した記憶が強い場合は、それどころではないので社会的な制約を自分で突破するケースもある。

お金というのは払う時に安いと基本的に得だと教わる。お金が多いと豊かになったと一般的に教わる。

もらいすぎは悪だとも教わる。つまり「適正な価値提供」をした時に悪ではないといわれ、価値提供が多いと「良心的」と言われるのだ。

あそこは高いから良くないね。

というニュアンスの話は聞く。

これは自分の実感と教育が一致する。相場より安くて良いものが手に入った方が嬉しいのは事実なのだ。

そしてさらに不思議なことにお金をくれる人のことを

「気前が良い」

と判断したりするし、必要以上のお金を払っている人をバカにしたりする傾向もある。

しかし、不思議なことに豪邸に住んでいる人を羨ましがったり尊敬したりする。

お金があるのに慎ましい生活をしている人を清く正しい、と言ったりする。

つまり、

お金に対する善悪の感情表現

が多すぎるのだ。

この感情表現と倫理観でトレーニングされて、何かしらの括約筋が締まる。無意識に締まる。

括約筋とは穴を締める筋肉の総称で、よくお尻の穴を締める筋肉を代表される。

倫理観によって我々がトイレにつかう括約筋を普段無意識にトレーニングしている。しかしトレーニングのしすぎで解放のコントロールが難しい。

「今、漏らしてください」

と言われて人前で漏らせる人は少ないように、今からお金に対する一切のブロック、ルールを無くしてください、と言われても難しいものがある。

それは完全に染み付いているのだ。

倫理観の壁は高い。たとえば、いくらおしっこが無菌だとか言われても飲むのは厳しい。(実際は無菌じゃないらしいよ)

ここでポイントなのは、コントロールできるようになることだ。コントロールとは、意図的な意識にそった操作をすることだ。

決してガバガバにすることでは無い。お漏らししまくれ!!ということではない。

自動化しているお金に対する感覚を「コントロール」できるようになることが目的なのだ。

だからメンタルブロック云々ももちろんあるが、それを無理やり壊そうとするのはあんまりお勧めしない。

なぜならメンタルブロックが強すぎると他のものが壊れてしまう可能性がある。

そんなわけで次回はコントロールとはどうしたらいいのか、について話していく。

そろそろ登録してはどうだろう、土岐のライン公式。

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