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近所の消化器科を訪れたら、夏フェスの会場になっていた


 こんなご時世になってから、久しく病院に行っていなかった。

 まあ病院なぞ行かないに越したことはないのだが、先日、尿管結石を疑うほどの鈍痛が私の下腹部を襲った。これはまずい。ラジオでハライチの澤部氏がその痛みをさんざん訴えていたので、まさか自分も…? と恐ろしくなった。

 近所のクリニックに電話をかけ、事情を説明する。電話に出た女性が「じゃあ一度来てください~」と明るく言うので、「おお、気さくそうな病院でよかった」と私は胸をなでおろした。気楽なカンジで家から徒歩3分の消化器科へ向かう。到着すると、なにやら入口の窓ガラスに注意書きが貼られていた。

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入口ドアと石畳のアプローチ☝

 注意書きに顔を寄せて読む。するとそこに、

初診の方は右にあるインターホンを押してください。

とあった。

 なるほど。今はこんな状況だから、まずは玄関の外で対応するんだな。ひとり合点がいく。インターホンを押す。「はーい」という声がして、数十秒後にフェイスシールドを装着した女性が出てきた。

「こんにちは~初診の方ですか?」

「ええ、さきほど電話した者ですが…」

「ああ、さっきの。わかりました。ではまず、これで体温を測ってもらえますか?」

 体温計を手渡される。脇に挟んで、しばし待つことに。

「今日は腹痛でしたっけ?」

「ええ、なんかこうギュッと掴まれてるみたいで…」

「なるほど。最近は発熱とかありました?」

「いえ、家に体温計がないので…」

 そこでピピピッと音が鳴る。脇から体温計をはずし、確認した。36.6°Cだった。女性に体温計を返す。よしよし、これで自分は発熱がないことが確認されたな。じゃあちょっくら院内におジャマします――。しかし女性の脚で行く手を阻まれた。

「はーい。ありがとうございます。じゃ、この椅子に座ってお待ちください

 女性が手のひらを上に向ける。すぐそばにある椅子を示しているらしい。

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指定されたSS席☝

 私は「え、ここですか?」という顔で女性を見た。彼女も私の顔を見て、「え、ここですが?」という顔をしていた。有無を言わさない表情だった。

「初診なので問診票持ってきますね~」

 女性が軽い足どりで院内へ戻る。私は少しだけその場に立っていたが、どうしようもないので椅子に腰かけた。ふむ。つまりこの病院は、「あおぞら診療」スタイルを採用しているのだな。確かに、これなら感染リスクもグンと下がる。いいやり方だと思った。それに、外で診察をうけるなんて貴重な体験だ。天気は快晴。普段いるはずのない野外空間で椅子に腰かけているなんて、まるでフェスみたいだと思った。眺めもなかなか悪くない。

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患者を待ち受ける門番ポジション☝

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人通りが少ないので快適☝

 目をつむって鼻で深呼吸する。とても心地よかった。すると私の耳に、なにやら楽しげな音楽がうっすらと飛び込んできた。

「……wow wow」「… …yeah yeah」

 ……どこから聞こえる? 辺りを見回した。しかし、フェス会場にあるはずのデカめのウーファーが見当たらない。うーむ、なぜ閑静な住宅街にこんな音が…。顎に手を当てて考える。と、そこで思い出した。この道をあと20mほど進むと、チャラそうなパーソナルジムがあるのだ。その店の前を通るときは、いつもアップテンポな洋楽が流れている――。なるほど、あそこから音が漏れているんだな。嬉しくなる。うってつけの場所に音源があるじゃないか。椅子の上で体を揺らして問診票を待った。

SHOW TIMEのはじまり

 やがて受付の女性が戻ってくる。

「じゃ、これ書いてお待ちください~」

 渡された問診票に、住所や氏名など基本情報を書き込んでいった。一通り終えると、お次は「本日はどのような症状で来院されましたか?」のコーナーだ。健康診断で指摘を受けた項目に、丸をつけてくださいと指示がある。項目は以下の通り。

・便潜血陽性
・ピロリ菌
・バリウム検査異常
・高血圧
・高コレステロール
・肝機能異常

まるで胃弱フェスのセットリストだった。セトリ。私はいま、胃弱のために開催されるフェスのセトリを手にしているのだ。すっかり気分がアガっていた。どのチューンから調べてもらおうか。そう思ったが、特に該当するものがないので淡々と「該当なし」に丸をつけていく。やがて女性が戻ってきたので問診票を返し、おとなしく椅子の上で背筋を伸ばす。

 2~3分ほど待っていると、おそらく私と同じ初診であろう男性がやって来た。入口の注意書きをじっくりと読み、インターホンを押す。例の女性に入口で待つよう案内され、男性は私のすぐそばに立った。それも脚同士が触れそうな位置に。もっとも、これは建物の作り的に仕方のないことで、他に男性が待てる場所がなかったのだ。触れ合う私と男性の脚。そうこなくっちゃ。私はモッシュを仕掛けようかと思った。だが怒られそうなのでヤメた。おとなしく先生を待つことにした。

いざメインステージ

 やがて先生がやって来る。

  ネクタイ&シャツの上に青い不織布のエプロンを羽織って、なんだか重厚そうな方だった。フェイスシールドもばっちり。フェス会場に緊張感が走る。荒くれ者ならば、ギターを投げつけられる可能性だってあるのだ。私と男性は身構えた。

「はいはい~今日は腹痛ですか? どんな感じに痛いの?」

「あの、腹の中をギュッと掴まれているような…」

「そうかそうか。じゃあ~抗生剤出しますかね。あとは、漢方とか飲めます?」

「漢方ですか? 飲めますけど…」

「よし。じゃあそれ飲んでもらって、様子見ましょうか。あとは今日ご飯食べちゃダメですよ。では」

 先生がさっさと去る。私と男性は顔を見合わせた。「診察早すぎません?」と私が表情で訴えると、「診察早すぎますね」と男性が顔の動きで返してきた。消化器科の先生を頼って来院している以上、私と彼の悩みは同じなのだ。腹痛。その2文字が2人の間に浮いている。私は彼とのグルーヴ感を味わった。チャラいパーソナルジムからは、しっとりめのバラードが聞こえていた…。





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