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網走2日目①:オホーツク海と太平洋の向こうから赤いオウム

宿を予約する時、何よりもまずアクセスの良さを重視する。車なし人なので主要駅前やバスターミナルから近ければ近いほど望ましい。宿を起点にすることでチェックアウト後も帰路に着くまで荷物を預かって貰う事もできる。

次に大浴場付きを選ぶ。露天があれば尚良い。旅の何がどうだからということではなく、普段の週末も隙あらばスーパー銭湯へ行きたいし、その延長として旅の宿は貴重な大浴場チャンスでもある。ただし「せっかくだから朝風呂にも入るぞ」と毎度意気込んで就寝するも、朝になって九分九厘睡眠を優先させてしまう。

その次が朝食の有無。美味しい朝食有りが良いということではなく、朝食をつけてもらうか、素泊まりをお願いするかは旅行先によって変わってくる。普段から朝食をとるかどうかはその日の気分次第だし、宿の外のローカルの喫茶店に飛び込んだり、地元のうどんを啜ったり、平日に出来ない朝マックがしたくなったりするので、比較的当日にどうとでもなりそうな街では素泊まりにする。

網走の朝食はどうしたかというと、必然的に朝食バイキングで海鮮物に気合の入っている宿を探して予約した。ちなみに網走バスターミナルから最寄りのマクドナルドは徒歩53分の距離だった。


いくらと刺身が盛り放題


(朝食会場の中心でガッツポーズを高く掲げる)

前の晩に夕飯を潔く諦められたのもこれがあったからだ。
白米または酢飯を選択可。味噌汁は帆立。醤油は北海道産昆布だし。おまけにテイクアウト可能なお茶&カツゲン&牛乳サーバー、コカコーラ社ドリンクバー付きで自由自在のやりたい放題。何から何まで舞台は整っていた。
パン、目玉焼き、焼き魚、納豆、など定番メニューも揃っていたものの全てをスルーして海鮮丼一択だった。が、もう一つの炊飯器につけられた札にある「季節限定カニ飯」の名に、午前8時台の普段の自分ではありえない高さのテンションで
「あら〜!こちらが例の!旬の!どうも!」
と加工済みカニ料理と出会い嬉しくなった。結果、
(米飯×2)+汁物=野菜なし
という栄養バランス無視の朝食となった。これだから旅は最高なんだよね、いうのを体現した瞬間だった。

思う存分に朝食を頂いた後、前の日のうちにレンタサイクルの予約を済ませていた道の駅へ向かった。徒歩で片道15分くらい。すぐ近くとは言い難いが、腹ごなしをするにはちょうどいい距離だ。

窓口で名乗るとすぐにアシスト付きママチャリが出てきた。手続きは、本人確認用書類を記入する、免許証コピーを取ってもらう、緊急時の連絡先など説明を聞く、保証金を預ける、等。
その日がレンタサイクル初日ということなので今シーズン最初に網走で自転車を借りたのは恐らく私ではないだろうか。このあと女満別空港を後にするまで自転車に乗っている人は地元の方も含めて一度も見なかったので、もしかするとあらかじめ予約する程の需要は高くないのかもしれない(当然皆が皆自動車で移動している)。降雪前から半年以上ぶりだっただろうに、手続きがスムーズで有り難いことだった。

道の駅営業終了は17時まで。それまでに帰ってくる必要がある。追加料金で翌朝戻しが可能な車種もあったが、いずれにしても朝から丸一日乗り回せるほどの体力はこちらにもない。

行き先は、前の晩のうちに決めていた。

ざっくりサイクリングマップ

能取岬、能取湖、網走湖

この辺りをぐるっと反時計回りで戻ってくる。
能取は「のとろ」と読むそうだ。アイヌ語「ノッオロ(岬のところ)」に由来しているのだという。北海道のこういう地名が私は大好きだ。名前が興味深いというだけでその場所に行ってみたいと思える。長万部(おしゃまんべ)とか積丹(しゃこたん)なんかは声に出して発音する時にちょっと楽しい。北海道ずるいとさえ思う。

GoogleMap先生曰く、能取岬の先端まで行くのに自転車で45分程度ということだった。高校生の時は片道25分の道のりを毎日自転車で通学していたし、電動アシスト機能がうまくアシストしてくれるだろう。そんな風にアシスト機能をすっかり過信しつつ、学生当時まだ規制化されてもいなかったサイクリング用ヘルメット(レンタサイクルに付いてくる)を勇んで装着して、出発した。

突然だが、
上記「GoogleMap先生曰く、」の段落には初歩的な誤りが含まれている。

能取岬の先端に辿り着くのに実際は50分かかった。それ自体に大した差は無いが、当然たどり着いたら今回のサイクリングは終わりではなく、2つの大きな湖の間を通って帰ってくるのには、その3倍距離があった。
自宅から高校までの時間的距離を25として網走中心地から能取岬までを50として計算した場合、今回のサイクリングで走る距離即ち労力を測る式は50÷25=2倍程度ではない。
岬から湖を回って市街地へ戻るのにその倍はかかることは、地図を見るに明らかだった。
つまり50×3÷25=6倍の大変さ、ということになる。
しかも商店街を突っ切っていた平坦な通学路と違い、勾配がある大自然の中を走っていく。途中コンビニやカフェなどいざという時に休憩する場所もない。4月はまだ湖畔のキャンプ場も営業していない。
なによりも2024年の私は、女子バレーボール部に所属している現役高校生ではなく、毎日デスクワークにあけくれそこから開放されるため網走まで逃げてきた運動不足の社畜だった。

無情に続く上り坂

「これ電動アシストしてもらったところで、簡単に回れる距離ではないのでは?」と気付いたのは、自転車を漕ぎ出して30分ほどが経ち、すっかり山林を進んでいる頃だった。

ちょうど通学片道分の距離だった。
もうそろそろ岬が見えてもいい頃なのでは…
とGoogleMapを開いたが、まだ半分を過ぎたくらいだつた。電動アシストのおかげでまだ疲れはないし、気候も良く、景色も綺麗なのだけれど、状況の変化の無さに飽きてきた頃だった。
有難いことに車もそれほど通過しないし、途中クロスカントリーの夏季練習をしている様子のランナーはいたものの、自分以外に自転車を漕いで同じ速度で着いてくるような人もいない。
急な体調とか起こしてぶっ倒れたらどうしよう。もっと派手な服着てくればよかったな。などと完全に木々に溶け込んでいるアースカラーのパーカーを摘んだ。

気を明るく保つためにも、音楽やラジオでも聴いて気を紛らわしながら行きたい。イヤホンなら常に持ち歩いている。でも自転車に乗りながらイヤホンを着けていたら予期せぬ事故に遭ってしまうかもしれないし、旅先で条例違反に抵触するのもつまらない。
ふと、昨年一年間限定で田舎生活していた頃の知恵を思い出した。

その名も
「どうせ周りに誰も居ないんだから屋外だろうがスマホのスピーカーから爆音で音楽流しちゃえ」
だ。

もしも人通りのある市街地で、自転車のカゴに入れたスマホのスピーカーを大音量にして音楽を流している人がいたら、それはもう
「変な人がいる…近寄らず目も合わせないようにしなきゃ…」
と周囲を不穏にさせる春の風物詩になってしまう。でも人通りどころか車とも滅多にすれ違わない山林の中では、例え爆音でどんな曲を流そうともそれを認知する人は自分以外存在しないのだ。むしろ山に住んでいる動物に対して「いま人間通過してます」と知らせ、要らぬトラブルを回避出来る効果があったかもしれない(今これを書きながらこじつけた)。

そうなれば選曲は決まっている。
久石譲プレイリストのシャッフル再生だ。

海の見える街

「最高!?」と思わず声が出た。
何しろ周りに人がいないので心置きなく大きな声だった。選曲は決まっている、などと言った舌の根も乾かないうちに映画魔女の宅急便サウンドトラックを選び直した。

右手にはオホーツク海があり、木々の隙間から光る水面がチラチラと見えていた。作中にも自転車を飛ばして海辺の坂を走るシーンがある。笑ってしまうくらい良い巡り合わせに、これはいい旅だなあ、と思った。まだ網走監獄にも行ってなければ本日の目的地にもたどり着いていないのに、来て良かったなと思えた。


途中、捨てられ朽ちていた軽トラに火曜サスペンス的な物語を妄想したり

どうやって帰った?

物騒な看板表記を見てニヤニヤしたり

誰から何を守ってる?

冬季はこの矢印が雪に隠れた線の代わりになるんだなあと思ったり

道が曲がるの分からなくなるの怖すぎない?

しているうちに、遂に来た。

まだ2kmある

看板ありがとう。気づかず通り過ぎたらさすがにしんどかった

灯台見えた!

遠くに見える地平線が既に良い。島の先端まで来たのだと感じられる。地図のあの尖った部分に今自分は存在しているのだと目視して実感出来る。

絵ハガキみたい

見事な絶景に、思わずブレーキをかけた。途中で青い車が追い抜いて行って、それがあまりにも絵になっていた。

到着!
近寄って見ることも出来る

白黒のコントラストがなんとも好き。

映画ロケ地としても盛ん
これは私の大好き映画

まさか南極では撮っていないだろうとは思っていたけど、国内だったとは。さぞかし冬は雪深い場所なのだろうなと思いを馳せる。

売店も自販機さえもないが、公衆トイレだけはある。次に行けるのは市街地に戻ってからだと有難く利用させてもらう。

トイレも営業時間に注意が必要

お弁当を持ってきたらここでピクニックとか出来そうな木製のテーブルセットを発見。周りを見渡してみて近くに誰もいないのでベンチに寝転がってみた。

夏になったら使われることはあるのか?

実際には遠くの方に車でやってきた人が散策していたが、南極に見立てたロケ地になるくらいに広大なので、心置きなく休憩できる。

雪が積もっていたらこのベンチに近づくこともなかったと思うと、今回4月に来られた事も良かったと思い始めていた。吸い込む空気も清々しく気分が良かった。


ところで、私には悪癖がある。
体勢をしばらく止めて、考えるのも止めて、身体から力を抜くと、突然気絶したように眠る。眠れるのではなく寝る。

ベッドに横たわる時はもちろんのこと、ソファにもたれかかったり、乗り物内で座ったり、デスクチェアに腰掛けて机に肘をついた状態でもそうなる。昼夜屋内外問わず周囲が明るくても騒々しくてもなる。
この体質はどうも父親譲りらしい。傍目に見ていても不自然なほどフッと落ちる。不眠に困ったことが生まれてこの方一度もないことはきっと幸せなことなのだろう。飛行機や高速バスでの長距離移動も得意なところは仕事や趣味にも合っている。
しかし、寝たくもないところで寝落ちるというのは結構危ないものだ。特に屋外で発動するとハイリスクな目にも遭う。

例えば10代の頃。ひょんなことからハワイ旅行で母と現地解散したのち一人で飛行機へ移動して帰る、という旅をしたことがある。
フライトの時間まで時間を持て余した私は動物園へ行き、一通り見て回ってから真っ赤な羽のオウムの鳥舎前にあったベンチに腰掛けた。ただ脚を休めるつもりだった。まだ園内を見て回るつもりだったし、特別眠いわけではなかったし、意図的に目を瞑ったり横になったわけでもなかったのに、私は座った体勢のままいとも簡単に寝落ちた。

「クワァッ!」
というオウムの甲高い鳴き声を今もよく覚えている。は、と気付いたのはまだ飛行機に十分間に合う時間だったけれど、抱えていたリュックサックには財布も携帯電話もパスポートを入れていた。それらが全て揃っていることを確認できたのは本当に運が良かっただけだ。これを、
「まったくおおらかで困っちゃうわ!」
みたいな面白エピソードで済ませるべきでないのは言うまでもない。
実際、他の旅では二時間に一本しか電車が走っていないようなエリアで乗り過ごして旅程が大崩れしたことがあるし、気づくと知らねえ外国人男に太腿を撫でられていたこともある。本気で気をつけなければならない。

4月下旬のオホーツク海沿いの岬の静かなベンチに寝転がり「あばしりさいこ〜」などと言って、伸びをしてリラックスして深呼吸して、天気良いなぁ太陽眩しいなぁと目を細めた瞬間、弾かれた輪ゴムのように跳ね起きた。

完全に落ちるところだった。
そこは徒歩で市街地まで戻れるような場所ではなく、人通りも少ない。万が一自転車の鍵、スマホ、財布なんかを無くしたらと想像したら、国内とはいえハワイの動物園より深刻な事態になりかねない。
大体まだサイクリングの道程を折り返してもいないし、市街地へ戻るのが遅くなれば昼食を食べ損ねる危険もある。旅先で平日食べ慣れたコンビニ飯はかなりの痛手だ。昼寝をしていられるほどの余裕はなかった。

自転車に再びまたがり漕ぎ出すとApple Watchが「屋外サイクリングを再開しましたね!」と気を利かせて動き出した。

電動アシスト付きは果たしてエクササイズと言えるのか

真面目にサイクリングの記録を取ってくれるのは有り難いが、残念ながらその消費カロリーには電動アシスト分が嵩上げされている。岬から出ていく上り坂で自動加速する車輪には、ほんの少しの罪悪感を感じた。

サイクリングはもうしばらく続いた。

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