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僕もキミもヒーローになれるという、日常を1mm浮上させてくれる希望、ドンブラザーズ。


はじめにあばたろうってなんなのか


僕は漫画を描いている。10代から描いているが売れないままでいる。それでも執筆と取材の時間が必要なので派遣で働いて暮らしている。そうして今年で40歳になった。40歳になってすぐ、『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』というヒーローがとても好きになった。暴太郎と書いて「あばたろう」と読む。あばたろうってなんやねんって今でも思うし、アバターの意味もあるみたいだけど、あれはたぶんアバターではない。ただ、そんな理屈を言うと野暮ったくなるくらいめちゃくちゃおもしろい。

ドンブラザーズのメンバー
ドンブラザーズの敵 脳人

『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』は、2022年3月から2023年2月まで日曜日の朝9時30分から放送していたスーパー戦隊。スーパー戦隊は、『秘密戦隊ゴレンジャー』から続く5人組の特撮ヒーロー番組。僕がリアルタイムで最後に観たのが『忍者戦隊カクレンジャー』。小学5年生くらいの時に観ていたので、同世代が視聴していた戦隊ではないと思う。同級生はその頃にはスーパー戦隊を卒業し、イノセントワールドを聴いてモテ活に勤しみじはじめていた。そんなスーパー戦隊をカクレンジャーぶりに観た。

きっかけは、アマゾンプライムの全話無料配信期限が10日ほどで終了するのを知ったことから。放送中からツイッターで話題になっていたのは知っていた。ただ、一度アマゾンプライムで第1話を秋ごろに観て、特撮の中にCGのでかいヒーローがいることに違和感を感じたり、終始高いテンションと速い展開についていけなくて続けて観なかった。「なんと勿体ない…」と現在は思うけど、その時の自分にはまだ縁がなかったんだと思う。それどころじゃないハチャメチャさはこれから待っているわけなので。ほんとドンブラザーズ、あれはなんなんじゃ。

ここで簡単に『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』のあらすじを紹介。桃太郎がモチーフで、ドンモモタロウと4人のお供たちで結成されているのがドンブラザーズ。犬、猿、雉の他に鬼もお供にいる。鬼もお供にいるのだ。アバターチェンジという変身をし、人間が自らの強い欲望によって化けるヒトツ鬼という鬼を退治する。ドンブラザーズに退治されたヒトツ鬼は人間の姿に戻る。一方、人間の波動によって保たれる世界の住人、脳人がいる。脳人は波動を乱すヒトツ鬼を消去するために戦う。脳人に倒されたヒトツ鬼は人間に戻らず存在が消える。鬼と化した人間を何度でも救済するドンブラザーズVS鬼と化す人間など生きる価値がないと切り捨てる脳人を軸に物語は進んでいく。

そんなドンブラザーズ、実際に最終話まで完走するには全50話観ないといけない。1話約24分なので、全部で約1200分ある。休日や仕事の合間を縫えば10日間で十分観きれる。ただ、そうは言っても1200分。完走するにはちょっと勢いが必要。なので、こなすことを良しとする50話耐久マラソンみたいな気持ちで見始めた。それが良かったんだと思う。第1話はやっぱりわけが分からなかったけど、とにかく続けて観ていった。

1話2話、まずオニシスターに変身する鬼頭はるかの顔芸に惹かれる。思い切りのいい愛嬌のある変顔。ついていけない展開も、案外はるかのツッコミで置いてきぼりにならないことが分かる。あと、ロボット戦がパチンコのフィーバーみたいでやたら縁起が良い感じで楽しい。3話4話、傲慢な主人公ドンモモタロウに変身する桃井タロウの過去を知り、人物像の奥行に引き込まれていく。5話6話、以前CGということで違和感を感じていたキジブラザーだが、変身する雉野つよしのCGどころではないアクの強さにCGなことなんて気にならなくなる。雉野は本当にヤバイ。7話、サルブラザーに変身するお金を触ると火傷をする猿原真一のどうしようもなさを、こいつどうしようもない(笑)と受け入れている。かなり好きになってきているのが自分でも分かる。ただ、それでもまだテンポが良くて見ていて心地いいくらいの引き込まれ方だったと思う。第8話になるころには、脳人のソノイとタロウの敵同士ながら通じ合う関係に、これからの展開を思いハラハラする。イヌブラザーに変身する犬塚翼と失踪した恋人夏美の謎も気になる。夏美と似た雉野の嫁みほちゃんの謎も深まる。気づけば観るのが止められない。仕事の休憩中や行き帰り、自分の誕生日の旅行中も隙あらば観ている。30代ラスト数日と40代ほやほやをドンブラザーズと共に過ごしている。そうして配信終了日の昼には視聴を完走していた。

誕生日に行った「サウナしきじ」の待ち時間もドンブラザーズを観ていた。


全話完走した直後


観終わってすぐの感想は「めちゃくちゃ面白かった」、「好きかもしれない…」という胸のくすぶり方だったと思う。1年をドンブラザーズと過ごしたわけではない。次週まで雉野の衝撃を引きずって過ごしたわけでもない。ようやく僕はここから薪を焚べていける。全話完走がスタートになった。
リアルタイム視聴ならその場で供給していたであろうキャストのインタビュー記事や玩具にどんどん手を広げていく。玩具に関しては、〝変身音が良いから〟を言い訳にDX竜虎之戟(ドンドラゴクウの変身武器)を購入したのを皮切りに、DXドンブラスター(ドンブラザーズの変身銃)からDXドンオニタイジン(ドンブラザーズが合体したロボ)とDXと付くものを次から次に購入していく(玩具には名前の頭にDXと付くシリーズがある)。玩具がまた楽しい。DXドンオニタイジンは立ち姿がカッコいいし、ドンブラスターはギア(メダルのようなもの)を替える度に音声が変わる。ザングラソード(ドンモモタロウ単体武器)は七色に発光して気持ちがアガる。スーパーやダイソーに残りドンブラグッズがあれば次々購入していった。ふと街角で出会うドンブラは、まだリアルタイムの中にいるような気になって嬉しかった。

因みに僕がドンブラザーズ沼にどっぷりハマったのは、11話『イヌのかくらん』から。犬塚翼は逃亡者。いつも警察に追われている。謎の高熱にかかるが、助けを求められる友人が1人しかいない。犬塚は雉野に助けを求め家の前で倒れる。寝込む犬塚の看病のために、はるかと猿原はタロウに言われて雉野宅に行く。因みに5人は既に出会っているが、タロウ、はるか、猿原以外は他のドンブラザーズのメンバーが雉野と犬塚とは知らない。雉野はタロウ以外、犬塚は自分以外は誰がメンバーか知らない。ドンブラザーズは自発的な変身以外に、戦いの場に変身した姿で転送されることが多々あるからだ。ここで問題のシーンになる。一向に熱の下がらない犬塚のために猿原は、「洗面器一杯の塩を頭に乗せ患者の回復を祈る」という何を言ってるのか分からないおまじないを雉野に提案する。しかし雉野はそれをすんなりと実行する。それが物語の重要なキーになるのだが、んなアホな…と思う展開を受け入れられる度量がこの頃には視聴している僕にも出来ている。それどころかそう来たことが楽しくて仕方がない。これが巷で言うドンブラ中毒というやつなんだと思う。もしかすると、この辺りからドンブラらしい呑気なわちゃわちゃ感が作品にも増したのかもしれない。朦朧とする犬塚は、失踪した恋人夏美とはるかを間違えて抱きつこうとする。それをビンタで張り倒すはるか。夏美でないと気付きはるかを蹴り飛ばす犬塚。文章で書いているとただのドタバタコメディだけど、ドタバタコメディなんだけど、11話までで培ってきたドンブラザーズと視聴者の信頼関係で、ドタバタを超えた愛おしきドンブラ世界が確立している。ジャンルでもう『ドンブラザーズ』。その世界が確かに存在している。


更なるドンブラ沼へ


全話勢いで見続けたのが良かったとは言え、やはり視聴の反応を他の人とリアルタイムで共有出来ないもどかしさはあった。感想を語り合い共有し、新しい見解を供給したさはあった。毎日毎日ツイッターを漁り、ライムスター宇多丸さんや作家の中沢健さんのドンブラトークを聴いたりして見解の新しいピースを集めていったりした。そして新しい供給として、ドンブラザーズの脚本家・井上敏樹さんの他の脚本作も遡って観ていこうと考えた。無料配信が終わった数日後、晴れて僕はTTFCの有料会員になった。TTFCとは、東映特撮ファンクラブのこと。スーパー戦隊や仮面ライダーの過去作やオリジナル動画、放送中の作品が月額960円で観られるサブスク。『仮面ライダーアギト』や『超光戦士シャンゼリオン』の脚本が井上敏樹さんだ。まだまだ井上さんの作品を味わえる。そうして会員になってまず、ドンブラザーズ2巡目に突入した。

TTFCに入り2巡目を楽しみ、TTFC限定の全話オーディオコメンタリーを聴き、キャストによるトークや企画動画を観ていく。キャストが集まるといつもわいわいしている。とにかく仲が良いのが伝わってくる。「仲良いね~」なんて、観ながら口から漏れてしまう。年長30代の雉野つよしを演じる鈴木浩文さんや、ソノザを演じるタカハシシンノスケさんがなんとも優しく気さくで場の空気が和む。桃井タロウを演じる樋口幸平さんの全包囲コミュニケーションで話しやすい環境が作られている。サッカーをしていた経験からキャプテンがブレるとチームが駄目になると考え、座長として現場でしっかりコミュニケーションを取らないといけないと感じているといったことをインタビューで語っているが、本当に樋口さんが座長で良かったと思えるチームワークの良さ。これはキャスト間だけでなく、オーディオコメンタリーで裏方さんと話をしている姿からもよく伝わってくる。芸能界に入って間もない、放送開始時21歳の若者が努力して座長をしている姿の頼もしさと芯の強さ。現場の風通しの良さが作品の良さに直結することがよく分かる。

じゃあ、ドンブラらしいこの魅力とは何なのか。『脚本井上敏樹』ということがドンブラらしさの要なんだけど、ロボットになって合体するシーンの台詞や雉野と山田部長のやり取りなどはアドリブだという(いや、それどころではないと思うが、例として)。わちゃわちゃしたアドリブのやりたい放題さもこれぞドンブラらしさ。そして、各監督さんが脚本の面白さに負けじと、シーンをより面白くなるように練りに練って作っている。これもこれぞドンブラらしさ。雉野がみほちゃんと初めて出会うとき何度も髪を切ってもらうシーンは、山口恭平監督が脚本にないものを膨らませたのだという。僕はこのシーンがとても好き。キャストもスタッフも次に届く脚本にどういう設定が出て、どういう展開になるのか分からなかったそうだ。その応酬を楽しみ、キャラクターの人生を受け入れ、キャラに向き合って向き合って、脚本井上さんの次の手に苦悩し乗り越える。キャストが成長しているのが伝わる。スタッフが挑戦しているのが見えてくる。気づけば視聴者も一緒に、ドンブラザーズという船に乗って航海している。


ファイナルライブツアー


本放送が終了してから好きになったドンブラザーズだけど、リアルタイムで楽しめるものに間に合っている。これは本当にタイミングがよかった。ファイナルライブツアーだ。ファイナルライブツアーとは、ドンブラザーズのキャスト9人(ドンブラザーズ6人+脳人3人)が全国7都市を回るツアー。画面越しに見てきた9人のショーやトークを直に観られる。連続視聴で完走したばかりの熱を持った状態で。しかも脚本は本編と同じ井上敏樹さん。早速ツアー初日名古屋の2回目のチケットを購入する。大阪千秋楽に行きたかったんだけど完売していた。千秋楽はオープニングとエンディングを歌う森崎ウィンさんの登場も決まっていた。生で聴きたかった……森崎ウィンさんの歌声……。ドンブラザーズは歌も良い。否応なしに盛り上がる楽曲と、前向きになれる歌詞。聴いているだけで踊りだしたくなる。そして音楽と言えば劇伴だって良い。テンポが良くて居心地よくて、時にある不穏な曲もザワザワして良い。そうして僕は、このファイナルライブツアーのために夜行バスで名古屋に向かった。

会場である日本特殊陶業市民会館に辿り着くと、ドンブラザーズのファンが集結していた。自分にとってファンの人たちと遭遇するのは今回が初めて。そして嬉しかったのが親子連れが多かったこと。ツイッター上で「子供に理解できるのか」など書かれているのを目にしたことがあるが、しっかり子供たちのヒーローだった。変身銃ドンブラスターの玩具を持つ子、ドンドラゴクウのような恰好をする子供、親とどのグッズを買うか悩む子供……。大人のファンも沢山いた。推しの色でコーディネートする人、タロウが働くシロクマ宅配便の衣装を着る人、推しのぬいぐるみを持つ人……。僕は4階席だったけど双眼鏡を名古屋に着いてから買ったんだよね。これが本当にファインプレイな買い物だった。倍率の低いものだったけど、ちゃんとキャストの表情が見れた。映像の中で観ていたヒーローたちが今目の前にいる。雉野とソノザが全身を使って大きく手を振っている。はるかとソノニがずっと笑顔で会場の上へ下へと手を振っている。猿原が目の前にいる。優しく手を振っている。今この文章を書きながらあの日の情景が浮かんでくる。第一部のショー『地獄裁判』もよかった。最終話まで見てきたファンが観たいものに溢れていた。声だしNGだったけど何度か感嘆の声が漏れてしまった。心の中はお祭り騒ぎだった。

すくすくと育っていくドンブラザーズ愛。その愛情は主要キャラに留まらない。登場するキャラクター全員を自分が好きになっているのが分かる。忍者になりたい忍者おじさんのインパクト、犬塚を追う狭山刑事、バカップルたまきとしんのすけ、人間態のイケメン戦闘員アノーニ……本当に全登場人物一人一人が生きている。全話オーディオコメンタリーを聴いて分かったことだが、いつどの話で出たキャラが後々大きい役に繋がるか分からないので、2人のプロデューサー補佐はキャスティングに気を抜けなかったという。〝ここにはこういう人物〟という人物像がキャスト全員ハマっていた。青春爆発青年、バーゲンおばさん、OK教官…本当に全員を書き出したくなる。


雨の聖蹟桜ヶ丘で、ドンブラ友だちにDXドンブラ玩具の良さを伝えたりもした。


僕もキミもヒーローになれるという、日常を1mm浮上させてくれる希望、ドンブラザーズ


キャラを好きになっているので2巡しても純度そのままで楽しめるドンブラザーズ。じゃあなぜ、ここまで僕の心の近くに居座り続けているのか。キャストひとりひとりの人となりを含めてキャラを好きになっているという気持ちは大きいけれど、この記事のタイトルにもした「僕もキミもヒーローになれるという希望」が大きいように思う。ドンブラザーズは市井の人々だ。

ドンモモタロウと、桃谷ジロウが変身するドンドラゴクウ以外のメンバーは、ある日突然、街で拾ったスマホの力によって一般人がヒーローに変身した。はるかは女子高生漫画家だし、猿原は風流人(無職)。雉野は妻帯者の社会人で、犬塚は元売れない役者の逃亡者。誰もヒーローとして選ばれた家系でも、特別な力を持っていたわけでもない。ヒーローになるための特訓をしたわけでもないし、人類や地球を守る戦士としての使命感もないし協調性もない。むしろドンブラザーズのメンバーは品性高潔とはほど遠い性格をしている。はるかはお調子者で他人をを小バカにしているところがあるし、猿原は空に浮く雲の様に生きると謳っているのに嫌味だし俗っぽい。犬塚はコミュニケーション不足で自分に酔いやすいし、雉野に関しては人を死に追いやるような取り返しのつかないことをしている。それも1度や2度ではない。それでも、子供が木に引っ掛けた風船を取るために変身し、戦うことが嫌でも「自分がやらなきゃ」と勇気を振り絞り戦い、人々を救うことが自分を救うことになるような気がするという。人が持つ親切心の延長線上に、ドンブラザーズの戦いはある。

そして、本編の中には彼ら以外の人間がドンブラザーズとしての力を授かった世界線も描かれる。だから、考える。僕もキミもドンブラザーズになれるのかもしれない。今からでも誰かの小さなヒーローになれるかのしれないと思わせてくれる余白がある。品性高潔とほど遠い自分だとしても、自分自身に夢や希望を持たせてくれる。ただ、ドンブラザーズであることを選ばなかった別のメンバーがいることが、ヒーローを選ばなかった人の人生があることも教えてくれる。わちゃわちゃしているドンブラ世界だけど、ヒーローには代償がある。はるかは売れっ子漫画家だったが、ドンブラザーズになってからは盗作作家という人生を歩んでいる。猿原は自分の家だけ地震が起きたりしている。ただ、はるかは「トウサク」というあだ名で呼ばれても「かわいいじゃん」と受け入れ、猿原は飄々と過ごしているんだけど。徳を積んでも不幸は来るし、本性を隠すから褒めてももらえない。それでも、彼らはドンブラザーズとして戦う。どうしようもない人たちだけど、やっぱり現メンバーはちゃんとスーパー戦隊のヒーローなんだ。

また、大人の僕が安心させられるのは、1度でも取り返しのつかないことをすると表舞台に戻れない時代に、ドンブラザーズは何度道を外しても「過ぎたことだ」と赦してくれる。何度もヒトツ鬼になる雉野に「何度でも元に戻してやる」とタロウは言う。ドンブラザーズは、大人にとっても日常を1mm浮上させてくれる希望になっている。もう一度自分を頑張ってもいい気持ちにさせてくれる。


テレビ本編その後


※「テレビ本編その後」パートは、本編をこれから見ようとしている人や、『暴太郎戦隊ドンブラザーズVSゼンカイジャー』の映画を観るのを控えている人はネタバレを注意してくださいね。

ファイナルライブツアーがはじまって数日後、映画『暴太郎戦隊ドンブラザーズVSゼンカイジャー』の上映がはじまった。前作のスーパー戦隊ゼンカイジャーとタッグを組んだ作品で、上映前から「混ぜるな危険」と言われていた。が、実際に観に行くとぜんぜん混ぜるつもりで作られていなかった。今回だけのスピンオフ的なお祭り映画ではなく、ゼンカイジャーパート、ドンブラザーズパートそれぞれに分かれて続編として作られていた。それが、ドンブラザーズファンを大いに混乱させた。

映画はテレビ放送の1年後の世界が描かれていた。僕はあまりの衝撃展開に「あのキャラクターたちがこんなことをするはずがない!」と抗議をしたかったくらいだった。映画の予告で、メンバーがドンブラザーズを辞めたいと言っているのをネタ振りくらいに思っていたのに、深刻な言葉だった。本編的なワチャワチャ感はなく苦虫を嚙み潰したよう空気が漂っていた。でも、どこまでもドンブラキャラの行動として間違ってなかった。ずっとドンブラザーズは、全キャラが同じ「上がり」に行き着く物語ではなかった。モブや脇役がいない。みな自分が主役の人生を生きているが故に、取りこぼされる人が生まれる。人生そのものだった。

映画を見終えて、変わり果てた姿のメンバーに嫌悪感を抱いた。桃谷ジロウがとても憎くなった。あんなに好きで、映画をワクワク楽しみにしていたのに、家に帰ると飾っているDX虎龍攻神(ジロウが変身するロボ)を見るのが嫌になっていた。ただ、何故そんな感情を抱くのか。単純なことで、キャラクターが生きすぎていたからだ。

ドラマはキャラとキャストがハマりすぎると、双方の境界線がなくなってしまう。石川雷蔵さん=桃谷ジロウだし、別府由来さん=猿原真一になってしまう。キャストさんがキャラを魅力的に生かすことが「いち作品」ですまないところに僕の中で来ていたように思う。創作と現実の境目を見失わすなんて、エンタメとしてこれほど力強いものはないと思う。けど、その反面恐ろしくもある。パンフレットを読むと、それぞれのキャストが自分のキャラの変化とどれだけ向き合ったかが書かれている。特に今回徹底的に嫌なヤツを演じた石川雷蔵さん。嫌がれると思いながらも、全力で嫌われに行っている。そんなジロウに幸せになってほしいと話している。ジロウの過去はあまりにも過酷。それに、桃太郎の世界に西遊記の孫悟空キャラ、ドンドラゴクウがやって来たことを考えると苦悩の人生になるのは決まりきっていることで。それをどこか憎み切れないキャラとして生かした石川雷蔵さん。ちょっとやっぱりジロウに対する憎さは残るけど、この映画にはキャストの役者としての心意気が凝縮されていたように思う。ジロウも石川雷蔵さんもこの映画ですごく好きになったもんね。

そしてもう一人、話したいキャラクターがいる。僕が心にいつも留めている志の光はソノザで、一番好きなキャラは猿原真一だ。ドンブラザーズのメンバーは例えば、はるかはソノザと出会うことで漫画への熱意を呼び起こし、ソノザは人間の感情を学んでいったりする。犬塚とソノニは「愛」とはなんなのか探す2人だったり、誰かとペアになることで成長する物語上の「上がり」がある。ただ、猿原にはそれがない。いつも1人でいるし、ソノニに近づこうとするし、その際ケーキをぶつけられるし…。

猿原真一はお金に触ると火傷するのでお金に触れられない。喫茶店の珈琲代を俳句を詠んで払うと言うし、働いたことがない。わびさびを愛すと言うがすぐに感情的になるし、「これはほんのお灸だ」とジロウを叩き「私は機嫌が悪い」と力任せに戦う。変に落ち着いているから求心力はあるけど、失礼なことをすぐに言う。頭は切れるし、サブリーダーの自覚もある(雉野、犬塚はサブとして論外だし、はるかは結構猿原を慕っている)。ただ、それ故のいけ好かない感じもしっかりある。風流人というにはほど遠い俗っぽさを持っている。そんなナルシストな猿原だけど、タロウのことを友と呼んでいる。ソノイとタロウの敵ながら親密な関係も知っている。それでも、その何れの場所でも絶対的なペアの関係がなくても、そこに拗ねることなくチームをまとめようとし1人ですごす。最後まで人の孤独に寄り添ってくれていたのが猿原真一、あなたでした。本当にどうしようもないキャラなんだけど、猿原を「どうしようもないなこいつ」と笑っているときが僕は一番楽しかったような気がする。ファイナルライブツアーの千秋楽で別府さんが、「あいつ何考えてるか分かんないし」って話しているのを聞いて、別府さんも同じ思いだったのかとホッとしたというか、苦労したと思うんだけどおもしろくなった。猿原真一と1年半、なぜ彼はこうするのか向き合い続けたわけですもんね。変な奴だけど結構面倒見がよくて粋な奴、そんな猿原真一を生かしてくれてとても楽しかったです。


『暴太郎戦隊ドンブラザーズVSゼンカイジャー』の上映初日は同人誌即売会の参加日だった。映画を観て来たお客さんと戸惑いドンブラトークをすることもあった。


さいごに縁のおはなし。


5月28日、7都市回るファイナルライブツアーもこの日が千秋楽。この日が『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』の卒業公演になる。ひとまずこれがドンブラザーズの締め括りになる。僕はアーカイブチケットを購入し視聴。1部は『地獄裁判』。2部には森崎ウィンさんの生歌、キャスト9人全員が歌うキャラソンが披露された。2部ははじめから皆の目が潤んでいる。そして最後、準レギュラーとして皆の近くにいたキャストたちが花束を持って舞台に上がる。雉野の奥さんみほちゃんを演じた新田桃子さん、ドンモモタロウのスーツアクター浅井宏輔さん、ドンブラザーズのメンバーが集う喫茶店のマスター五色田介人を演じた駒木根葵汰さん、脳人の監察官役のソノシを演じた廣瀬智紀さん、タロウの育ての親の桃井陣を演じた和田聰宏さん。どのキャラクターも愛おしい。皆がメインキャストたちにエールを送る。プロデューサーの白倉伸一郎さんの姿もある。脚本家の井上敏樹さんも登場しタロウに「よう頑張った」と伝える。会場にはジロウの幼馴染ルミちゃんを演じた朝乃あかりさんもいたようで、SNSで石川さんと朝乃さん2人が楽しそうに喋る動画が見られたこともとても嬉しかった。

そして、キャスト9人ひとりひとりの最後の言葉で締めくくられる。皆、大号泣。ソノザを演じたタカハシシンノスケさんは、キャスト8人への感謝の手紙を読み「こんな僕をドンブラザーズに入れてくれてありがとう」と話し、ソノ二を演じた宮崎あみささんは、上手く出来なかったことへの悔しさを話し、「ソノニで良かった!」と叫ぶ。ソノイを演じた富永勇也さんは「ドンブラザーズ愛してます!」と叫び、桃谷ジロウを演じた石川雷蔵さんは、今まで何をやっても続かなかった苦悩と、こんなに作品を愛している人たちと一緒に仕事が出来た日々の喜びを話す。雉野つよしを演じた鈴木浩文さんは、役者として売れなかった日々とキャストへの熱い気持ちを伝え、犬塚翼を演じた柊太郎さんは現場が好きすぎて帰りたくなかった毎日のことを話す。鬼頭はるかを演じた志田こはくさんは、行きたくなかった時もあったことや、お客さんからの愛を当り前だと思ったことなど1度もないことを伝え、猿原真一を演じた別府由来さんは「まずは皆さん笑ってみましょうか」と話す。アーカイブで観ている僕も大号泣。猿原の意味の分からなさに腐っていた時もあるけど、皆さんからの手紙が嬉しくてこうしてここに立っていられると話す。そして最後は桃井タロウを演じた樋口幸平さん。Jリーグ加盟クラブの育成選手になったがプロになれないと監督に告げられた時に、早朝に目が覚めて気付いたときには夜になっていたことがあったと言葉を詰まらせながら話す。その苦しさの先に、こんなに素敵なキャストと仕事をしていると、その頃の自分に言ってやりたいと話す。キャストの方に振り返り「こんな僕を最後まで真ん中に立たせてくれてありがとう。レッドでいさせてくれてありがとう」と言い頭を下げる。良いチームだな。本当にドンブラザーズを好きでよかったとファンに思わせてくれる。

まだ僕が『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』を観終えてから2か月半しか経っていない。まだまだ薪を焚べて燃えていける。TTFCオリジナルで『暴太郎戦隊ドンブリーズVS暴太郎戦隊ドンブラザーズ』やファイナルライブツアーのバックステージの配信が決まっている。ドンブリーズは、ドンブラザーズの制作発表会で流されたフェイク戦隊のこと(配信されるのでフェイクではないけど)。『あとの祭り展』というスーツや衣装の展示が、渋谷で6月18日までやっていたりもする。「本当にメンバー仲いいな」と改めて思う動画が会場に入ってすぐにあったり、お客さん同士皆で写真の撮りあいをしたり、縁の乱れ結びが起きていたのもドンブラらしくて良かった。ここまでに書き切れていなかったが、桃井タロウ(宅配業)は「これでお前とも縁ができたな」と、宅配で伺ったお客さんにすらすぐに縁を結んでくる。友だちとか仲間とか絆でなく、縁。

最近、ドンブラザーズの影響でおでん屋に何度か入っている。文章の締め括りで新しい情報過多だけど、おでんも重要な物語のキーになっている。入ったおでん屋は、軒並み冬だけしかおでんをやっていなかったけど、その場にいる人と仲良くなってまた会う約束をしたりそういう縁にも恵まれている。「これも何かの縁かな」と軽い気持ちで新しいことに挑戦するきっかけ力をもらえたように思う。数日前、生まれて初めて即興ダンスを踊り、いきなり人前で披露したりもした。その縁で、川崎のお祭りのお手伝いをすることにもなった。40歳になって、何かをはじめるのがずっと気軽になってきた。

『あとの祭り展』へ行く前にドンキで扇子を購入し、会場撮影スポットの神輿で写真を撮った。写真を撮ってあげた親子がいたのだが、「縁ができましたね」と言い忘れたのが心残り。


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