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移民列車で行こう

今回のテーマ:地下鉄

by 福島 千里

「ニューヨークにいながらにして、地下鉄一本でいろんな国に行った気分になれるんですよ」

いつだったか、某ガイドブックの編集者にそう話したことがある。

ニューヨーク市を構成する5つのボロー(マンハッタン、ブルックリン、クイーンズ、ブロンクス、スタテン島)には、現在、24の地下鉄路線が張り巡らされている。どこまで行っても料金は一律。自家用車の維持が高額で難しいニューヨークでは、地下鉄は市民の重要な足だ。

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Photo: MTA公式HPより 

この地下鉄のおもしろいところは、路線や行先によって乗り降りする乗客たちがガラリと変わることだ。よくニューヨークは“人種のるつぼというより、むしろモザイク(またはサラダボウル)”と喩えられるが、その言葉通り、この街では人種や文化が溶けて融合することはあまりない、と思う。どんなにかき混ぜても、各々の色は褪せず、完全には混ざりきることはない。常に似た属性の個が集合体クラスター を作り、それらがパッチワークのように連なり、コミュニティとして他と共存する。だから特定の路線に乗ると、その沿線上に散らばる多彩な文化・民族性に遭遇することになる。

とりわけ、7号線セブン・トレイン は私の一番のお気に入りだ。開通は1915年。マンハッタン西端の34 St -Hudson Yards駅(同駅は2015年に開通した新しい駅。それまでは42 St-Port Authority Bus Terminal
Times Sq-42 St駅が起点だった)を起点に、イーストリバーの川底をくぐり抜け、そのさらに西側にあるクイーンズ区をほぼ東西に横切る路線。地下鉄といっても、地下を走るのはマンハッタン区内のみ。ひとたびクイーンズ区に入れば、車両はトンネルを抜け、地上のさらに上の高架上を走行する。これはニューヨークの外の景色が楽しめる地下鉄路線の1つだ。

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📷プラットフォームに入ってくる7号線

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📷7号線は左手の高架線上を走行する。

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📷マンハッタンを起点にクイーンズ区を横断する7号線。

Photo: MTA公式HPより 

クイーンズ区はニューヨーク市でもひときわ移民の多い区として知られているが、この7号線は、同区内の多種多様なコミュニティを通過していくことから、英語ではしばしば“International Express ”、一部の在邦人の間では、親しみを込めて”移民列車”などと呼ばれることもある。

ニューヨークに限らず、おそらく世界中どこの国でもそうだと思うが、特定のコミュニティに行けば、そこに暮らす人々の生活に密着したものーーー郷土料理店や食材店、衣料品店や書店が必ずある。

例えば、7号線を74 St-Broadway / Jackson Hts Roosevelt Av駅で降り、北側に向かって歩き出せば、そこはもうインドだ。駅周辺にはヒンディー語の看板が立ち並び、褐色の肌、掘りの深い顔立ちの人々が狭い通りを行き交う。通りにはボリウッド音楽が響き、軒を連ねる食料品店の前を通り過ぎれば、クミンやカルダモン、ターメリックの香りが鼻腔を掠め、道端ではクルフィと呼ばれる練乳たっぷりのアイスキャンディを求めて子供たちが集まっている。

103 St-Corona Plaza Junction Blvd駅で下車すれば、どこからともなく陽気なサルサが聞こえてくる。耳に飛び込んでくるのはほぼスペイン語。駅周辺の路上ではスライスした南国フルーツやジュースが売られ、そのかたわらでは仕入れ先も怪しげな得体の知れない商品をずらりと並べて販売している人がいる。高架下の道路脇にはベーカリーが多いのだが、中南米系のベーカリーは魔物だ。近くを通ると、ついつい寄り道してしまう。おすすめは甘いカフェ・コン・レチェと、肉や野菜を詰めた惣菜パンのエンパナーダだ。中南米名物のエンパナーダも、この地域ではコロンビア、キューバ、ボリビア、メキシコと、国ごとに味も形も異なるから飽きが来ない。

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📷ラテン系コミュニティがある駅近くにはとにかくベーカリーが多い。

おいしい韓国焼肉と台湾料理を堪能するなら終点のFlushing Main St駅だ。通りを歩けば見渡す限りアジア系移民&アメリカ人ばかり。自分と似たような風貌の人たちに囲まれると、どこかほっとする。そういえば、台湾人の友人は、「食糧品を買うなら断然フラッシング」、と言ってったっけ。

7号線沿線の魅力はまだまだこんなものではない。なにせクイーンズ区の住民はほぼ半数が移民だと言われている。まさに多文化の巨大なパッチワークなのだ。そんな中、行く先々の駅で下車し、その地で行き交う人の波に揉まれていると、ふと「あれ、ここはニューヨークだよな?」 と、自分が今どこにいるのかを忘れてしまいそうになる。

私はこの沿線に10年ほど暮らした。当然、7号線は私の生活の一部だった。仕事に、遊びに、ほぼ毎日この列車に揺られて移動した。真っ暗な地下道をゴウゴウと音を立て、勇ましく突き進む地下鉄もニューヨークらしくていいが、私はガタゴトと決して上品ではない音と、どこの言語かさっぱり分からない乗客たちの話し声に包まれながら、車窓越しに移ろう景色を眺められる7号線が気に入っていた。

その後、住み慣れたクイーンズを離れ、隣州ニュージャージーに暮らすようになって久しい。以来、私の足はもっぱら自動車だ。それでも、クイーンズを訪れる時は、必ず7号線に乗るようにしている。なぜなら、7号線がかもす異国へ旅するかのような高揚感は、昔も今も私を惹きつけてやまないからだ。コロナ禍の折、地下鉄を利用する機会もすっかり減ってしまった。けれども、街も人も元気になりつつある昨今、また近いうちに7号線で、いや、移民列車で行きたいと思う。


📷トップ写真はクイーンズ区の高架上を走る7号線車窓から見たマンハッタン。いざ、クイーンズ区の深部へ。


◆◆福島千里(ふくしま・ちさと)◆◆
1998年渡米。ライター&フォトグラファー。ニューヨーク州立大学写真科卒業後、「地球の歩き方ニューヨーク」など、ガイドブック各種で活動中。10年間のニューヨーク生活の後、都市とのほどよい距離感を求め燐州ニュージャージーへ。趣味は旅と料理と食べ歩き。園芸好きの夫と猫2匹暮らし

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