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すする派? すすらない派?

今回のテーマ:マナー
by 福島 千里

Sushi(寿司)がアメリカ市民権を得て久しい。

「生魚なんて気持ち悪くて食べられない」

そんな声さえ方々で聞かれたのに、今やSushiは日本料理店や専門店の本格的寿司をはじめ、アジア系レストランや街中のデリやグローサリーストアの惣菜コーナーにまで並んでいるのが日常の光景となっている。パンデミック前だが、専門店に行けば、箸を使わず素手で食べている人もたまに見かけた。Sushi文化の普及に続き、食中酒となるSake (日本酒)も広がった。そしてここ数年では日本のRamen Noodle (ラーメン)もSushi同様にアメリカ市民権を得つつある。

1993年、私は20歳の時に初めてアメリカを訪れた。日本の大学の夏休みを利用し、3週間だけカリフォルニア州サンディエゴの語学学校に通うためだった。滞在期間も後半に差し掛かるころ、ある日、日本食に挑戦してみたいというドイツ人のクラスメートと共にダウンタウンにあった小さな日本料理店に赴いた。彼らは確か天丼などをオーダーしていたと思う。私はメニューにRamenの文字を見つけ、興味本位でそれを注文した。かくして出てきたラーメンは私が知る日本のラーメンにはほど遠いものだった(日系人経営のお店だったのかも、今となっては不明)。味はまったく覚えていない。が、とにかく完食するのに大変な努力を要したことだけは鮮明に覚えている。

「アメリカには本物のラーメンはないなぁ」

なーんて、当時の狭い視野でそう思ったあの時から四半世紀が過ぎた今。日本の美味しいラーメンはここアメリカで爆発的な人気を見せ、今や専門店も主要都市のみならず、全米各地に破竹の勢いで広がっている。大手市場調査会社IBIS World  によると、2023年でアメリカ国内にはすでに1,470件ものラーメン店がオープンしているそうだ。

ちなみに2022年、ニューヨーク市の注目ラーメン専門店はこんな感じ

昔話と寄り道はさておき。

2008年、ニューヨークに日本の著名ラーメン店が上陸して以来、話題に上がったのは日本の上質なラーメンの味わいや、ていねいなサービスばかりだけではなかったと記憶している。

“To do, or not to do”
麺をすするか、すすらないか。

ラーメンをすすると必然的にズズズ~~~~~~っと音が出る。そばやうどんなどの麺類に親しんで育った日本人にとってはごく自然なすする行為。しかし、ここ欧米では食事中にあからさまな音を立てることは、大抵の場合、下品とみなされる(和製英語で“ヌードル・ハラスメント=略してヌー・ハラ”というのだそうだ)。麺類をすすることは文化・習慣の1つだ。それは間違いない。とはいえ、ヌー・ハラ=下品とみなされる国で、周囲の目を気にせずにラーメンを堂々とすするほど私の心臓は強くなかった(なお、私は日本にいた時から麺類はほぼ無音ですする派だった。ここアメリカに来てからも変わらない)。

しかし、連れがいるとそうもいかない。まだニューヨークのラーメン文化が黎明期にあったころ。日本から来た友人たちとレストランで麺類を注文した際は、友人たちのズズズ~~~が盛大に響き、周囲からの視線に私ひとりが勝手にビクビクしたこともあった。しかし、ラーメン文化の広がりと同時に、すする文化への理解も広がっていった。例えば、2015年のこの動画。

著名料理雑誌『Bon Appétit』の専門チャンネルでは、ニューヨークの人気店「Ivan Ramen」のオーナー、Ivan Orkinさんが“ラーメンの食し方”を指南している。動画の1:29付近では、口をすぼめて麺をすする方法も教えている。

また同年にはテキサス州ダラスに専門店「Ten Ramen」を構えるオーナーさんも“正しいラーメンの食べ方”を実演している。

食の最新事情満載のフードブログSerious Eatでは、ニューヨークの著名ラーメン専門店5店舗からそれぞれシェフが登場し、やはり正しい”ラーメンの食し方”を紹介している。

検索を続けていくと、この動画のみならず、Slurp=すすることをよりポジティブに伝えるソースは思いの他多く見つかった。

”すする→音を立てていただく→作り手への賞賛”

”すする→ワインを嗜む際、ワインをすすりながら空気も一緒に取り込んで、味わいをより深いものにするのだ。ラーメンをすするという行為は、それと似たようなことなのだ”

↓  ↓  ↓  ↓  ↓

”だから、麺は臆せずすすれ!”

ネットサーフィンをしていても、近年のフード・ブイロガーたちは動画の中で躊躇ないズズズ~~~音とともに美味しそうに麺をすすっている人が多い印象だ。

先日、夫と久しぶりに近所のラーメン屋に足を運んだ。スープの濃厚な香りが漂う店内では、ところどころでズズズ~~~音が響いている。多くの客たちが、心置きなく麺をすすっている。それがなぜか心地よい。もちろん、まだズズズ〜〜〜音を不快に思う人も多いだろう。けれども、少なくともラーメン文化に理解を示し、それを愛する人たちの間では、ラーメン音(←すする音)は間違いなく食欲を刺激するASMRになっていると思う。

ほどなくして運ばれてきた熱々のラーメンをゆっくりと口に運ぶ。私は相変わらずの無音スルスル派だが、もう食事中に余計な心配事で心臓をバクつかせる心配もない。音を気にせず美味しいラーメンが食べられるようになった今の環境と、異国の文化・習慣が当国マナーと喧嘩しないよう、上手に道を作ってくれたパイオニアたちには常に感謝しかない。


◆◆福島千里(ふくしま・ちさと)◆◆
1998年渡米。ライター&フォトグラファー。ニューヨーク州立大学写真科卒業後、「地球の歩き方ニューヨーク」など、ガイドブック各種で活動中。10年間のニューヨーク生活の後、都市とのほどよい距離感を求め燐州ニュージャージーへ。趣味は旅と料理と食べ歩き。園芸好きの夫と猫2匹暮らし


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