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水の街、ニューヨーク


今回のテーマ:イーストリバーとハドソンリバー 

by 福島 千里

ニューヨークは水資源が豊かな街だ。なかでも、マンハッタンは四方を水に囲まれており、北のハーレムリバー、西のハドソンリバー、東のイーストリバー、そして南端には大西洋へ続くニューヨーク湾がある。近郊には海水浴やサーフィンが楽しめるビーチがあるし、間近のイーストリバーやハドソンリバーにはフェリーが行き交い、川沿いではカヤックや水上スキーに興じる人々の姿が日常的光景の1つとなっている。さらに市北部には緑豊かなキャッツキル山地とその水源があり、ニューヨーカーの飲料水はほぼそこから巨大トンネルを経て市内へと引き込まれている。慢性的な干ばつや山火事に悩まされる西部カリフォルニア州や南西部の砂漠地帯のことを思うと、ニューヨークは実に水に恵まれた街だと思う。

けれども、そんな自然の恵みも状況が変われば驚異となる。これを書いている2021年9月2日現在、ニューヨーク上空はすっきりと晴れ渡り、窓を開ければ秋の気配を感じさせるさわやかな風が吹き込んでくる。まるで12時間ほど前までの空模様が嘘のようだ。

先に南部ルイジアナ界隈で甚大な被害をもたらしたハリケーン・アイダ(Ida)が、巨大な熱帯低気圧と化して到来した1日の夜、ニューヨークでは初の鉄砲水警報(Flash Flood Emergency)が発出された(20年以上暮らしてるけど、ニューヨークで鉄砲水なんて初耳)。ホームセキュリティシステムを備えた私の携帯は、夜半過ぎからずっとアラーム(半径16キロ以内で発生した犯罪や災害を教えてくれる)が鳴りっぱなしで、発生場所を携帯の地図で確認してはとにかく落ち着かない夜を過ごした。

翌朝、ニュースを見て初めて被害の大きさを知った。ニューヨーク一円では洪水が頻発し、イーストリバーも氾濫して川沿いのハイウェイがプール状態になった。もともと雨に対する脆弱さが指摘されていた地下鉄駅構内ではこれまで見たこともないような濁流が発生し、帰宅困難者が続出。主要空港では空港施設内が冠水して一時的閉鎖に追い込まれ、客たちは滑走路で往生した飛行機やターミナルの中で不安な夜を過ごしたという。

私の家の近所(ニュージャージー州)では、幸いなことに大きな被害は見られなかった。しかし、自宅から十数ブロックほど坂を下ると、どこからともなくドブのような臭いが鼻を突いた。そのあたりは大きな川沿いの低地で、道路の隅に寄せられた大量の泥の山から、ここでもひどい冠水があったのだと気がついた。

ふと、2012年にニューヨークを襲った温帯低気圧「サンディ」を思い出した。あの時の被害も酷かった。特に大海に通じるイーストリバーとハドソンリバーは大潮というタイミングの悪さも相まって、潮位は最高まで上昇。結果として、普段は水害を受けないようなエリアまで高潮被害が及んだのを覚えている。その後は広域停電が何日も続き(我が家は1週間。長いところでは2週間以上)、夕食時は登山用ヘッドライトを着用して用意していたものだ。

大都会に居ながらにして、水に寄り添える暮らしは贅沢だと思う。時に安楽を、時に風光明媚な景色で楽しませてくれる水域は、いとも簡単に平素の穏やかさを失い、鋭い牙をむき出しにする。水の街、ニューヨーク。ここは人間が作り上げた都市でありながら、われわれは大自然の一角にただ居させてもらっているだけなのだと、嵐がやってくる度に思い知らされる。

ニューヨークのみならず、同じアイダの影響で避難生活を余儀なくされている南部の被災者の方々の無事と街の復興をただただ願うばかりだ。


◆◆福島千里(ふくしま・ちさと)◆◆
1998年渡米。ライター&フォトグラファー。ニューヨーク州立ファッション工科大学写真科卒業後、「地球の歩き方ニューヨーク」など、ガイドブック各種で活動中。10年間のニューヨーク生活の後、都市とのほどよい距離感を求め燐州ニュージャージーへ。趣味は旅と料理と食べ歩き。園芸好きの夫と猫2匹暮らし



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