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僕なりの「僕の生き方」のお話

noteさん、お久しぶりです。

しばらくでしたね。
書く時間が無かったり、心身ともに疲れてしまっていたのでnoteを開けずにいました。
自分との向き合い方とか、テストのことや、進路のこと、進路で書かないといけない書類との向き合い方とか、色々なことに悩まされてしまって、文章を書くことに手をつけられませんでした。

書かなかった間にわかったきたこともいくつかあって、少しだけ言語化したいので、またnoteに綴っていこうと思います。


HSPだったらしい

以前から生きづらい、とは思っていたのですが、自己診断にかけたところ、「HSP」、「繊細さん」と呼ばれる気質であることがわかりました。

タイプ的には、多分ですが、HSS型とHSP気質の中間くらいにいます。でも相当なHSP気質です。ちなみに、HSE気質も少し持ち合わせてるらしいです。
と自己診断のサイトでなんとなく引っかかりました。
強くHSP気質でありながらも、外部との繋がりを持とうとしたり、完璧に内向的ではない人間らしいです。
結果、ちゃんとしたタイプははっきりしないのですが、とりあえずHSPだということが判明し、今までの自分が悩まされていたことに対して、名前がついて、少しだけ安心した気持ちもあります。

よくよく考えてみれば、幼稚園の頃から、周りで誰かが怒られていると、怒られている人よりも自分が先に泣いてしまったりしていたので、小さい頃からずっとこの気質と付き合って、今の僕があるのかな、と感じました。

そして、本当によく「リーダー」という立場になりがちです。小学生の時から今まで、最高学年になるたびに規模は違えど、何かしら「リーダー」と呼ばれる立場にいます。自ら立候補、というよりかは、周りからの「できるよね?」「やってくれたら嬉しい!」という圧力的なものに負けている感覚もあります。

内向的が前面にいるわけではなく、たまに外との関わりを持つ性格だったりもして、こんな自分面倒くさいな、と思ってしまう僕もいます。

ただ、HSP気質、とわかったことによって、前以上に自分のことを気にかけるようになった気がします。

今までなら無理矢理にテスト前は勉強!としていたものも、自分の気分や体調を見て、バランスを見ながら調節できるようになっていたり、本当にしんどかったら全部投げちゃうこともできるようになりました。
前の僕なら、どうしようもない、としていたことも、今は少し諦めの気持ちと共にですが、自分と相談しながら、という形に少しずつ合わせていっています。

気質は気質で、今後どうにかなるものではないので、とりあえずは、HSPな自分との向き合い方をしっかり考えて生きていこうと思います。


すでにクリエイターだったらしい

ある人の配信を聞くようになってから、少し考えていたことがあって、それがこの前突然に自分にも当てはまるんじゃないか、と思ってしまい、気づいたことがありました。

ある人は配信で、
「ネット活動者とか歌い手とかって夢っていう夢がない人多いんだよなあ。」
と言っていました。

自分にとっての「クリエイター」の定義が曖昧な中で言いますが、
僕はすでにクリエイターなのかもしれません。

何かを作って投稿して、ということができている。作る、ということができている時点で、僕は「クリエイター」を名乗れる存在なのではないか、と気がつきました。(現時点で、僕が自分を「クリエイター」と名乗るかは伏せさせていただきますが)

僕は「クリエイター」として、何かがしたいわけではありません。

「クリエイター」としての夢があるわけではありません。

今は、好きなものに携わっていけるように、と努力をしている時期だと自分の中で考えています。

今は、一種の自己表現として、
今は、一種の自分の世界の視覚化として、
制作をしている部分もあります。
自己表現の制作なので、自分が見ているものだったり、それに対しての自分の考えだったりを歌なり、絵なり、なんなりと僕にできる範囲の表現法で世に送り出せる形にしている、というものを想定してください。

僕は、このまま僕の好きなものを好きなように作りたいと考えています。今はそれを僕の「クリエイター」の終着点にしようと思います。

好きなものを作り切ったと思える日までは、まずはクリエイターであり続けたいと思います。

将来、そう名乗って仕事をしたりだとか、なんだとか色々があると思いますが、それは未来の僕とお話しながら作っていこうと思います。

作ることが好き。作りたいものがある。今はその二つでなんとか僕の中でクリエイターとしての僕を生かしていこうと思います。(つまり、社会的なクリエイターとしての生き方はまた将来的に、というマインドです。)


夢はなくてもいいらしい

どこかの講演会で聞いた言葉で、
「夢なんてなくていいです。自分の軸がはっきりしていればいいです。」
という言葉がありました。

当時の僕も、夢がなくていい、という部分にはある一種の共感がありました。(前章で記載した通り)
しかし、軸がはっきりしていればいい、という部分にはどうしても納得がいきませんでした。

僕の場合、夢もなければ、軸もないわけで。
ただただ、好きなものを好きなだけ楽しみたい、というマインドがあるだけで、軸にするにはとても弱い考えなのです。

僕が作るものはあまりにグラグラです。
絵を描いたと思えば、実写映像を撮りにいったり、歌を作り出したり、歌い出したり。作る媒体ですら、好きなように好きなものを作っています。

そんな僕に軸も求めないでください。

軸も、夢もないまま、僕は僕なんだと言い聞かせて生きるのが、僕の僕なりの人生の生き方です。


可愛いだけでは満足いかないらしい

僕が中性的に生きる、と言ってから随分と経ったように感じますが、案外そんなことはないかもしれません。

中性的に生きることに関しては以前のnoteを読んでいただければ。

身長が低いこともあってか、普段の生活の中で頻繁に「可愛い」と言われることの多い僕なのですが、中性的に生きたい、と思っているので、「可愛い」と言われると少しだけ複雑な気持ちになります。(もちろん嬉しい気持ちもありますが)

近頃の僕は、どうやらメンズ服が好きなようなので、オーバーサイズではありますが、いくつかメンズ服を取り揃えました。

着ていると安心して、僕らしい、と思えます。

ただ以前のnoteでも記載していた通り、僕は僕であって、男の子になりたいとか、女の子でありたいとか、ではなく、性別の枠に囚われない生き方をしたい、という考えのもとなので、他より複雑な性別を抱えているのかもしれません。

性別を固定しない、ということは、僕にとっても、可愛いと言われた時に感じる気持ちの揺らぎがあったりするわけです。(普段かっこいいと言われ慣れていないので、言われたらどういった感情を持つのか気になるところ...。)

僕の中では、今は、かっこいい自分でいたい時期です。
だから、メンズ服を買ったり、髪の毛をマッシュにしたりします。
だから、少しだけイケボを習得しようとしたりします。

可愛い、だけでは満足できないようになってしまいました。僕の環境上、なかなかかっこいいと言ってもらえる環境ではないので、今は現状維持ですが、いずれはかっこいいと言ってもらえるような自分でもありたいと思います。


結局僕は僕でいいらしい

結論に入りますが、

HSPで、中性的で、実はすでにクリエイターと名乗れる存在で、夢も軸もなくて、ただただやりたいことに溢れている僕は、今日も目まぐるしい日々の中ひっそりと息をしています。

周りに色々な人が溢れている中で、なんとなくの僕の形を保つのが精一杯で疲れてしまう時もあります。
誰かに、「そんな髪型で大丈夫?」って言われたり、「前髪切れば?」って言われたりして、自分でも自分を信じられなくなる時もあります。
自傷癖のある自分にどんどん傷つけられてしんどくなる時もあります。

でも、どんな姿でも僕は僕で、唯一無二の僕です。

誰に何を言われようと、僕は今の自分が好きです。

前髪がいくら長かろうと、視界の情報が多すぎて疲れてしまう気質だし、逆にちょうどいいとすら思えてしまう僕です。
夢も軸もなくて空っぽだと自分を罵ってしまう僕だろうと、そうやって自分を傷つけることでなんとなく僕を保ってしまう僕です。

誰になんと言われようと、僕は僕であり続けたいのです。

今は、空っぽで何もなくて、めんどくさい気質であることがわかった僕を認める努力をしていこうと思います。

ネウでした。お久しぶりでした。また会えたらいいね。

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