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30年VCを経験したキャピタリストから伝える、過去の経験を生かした今の投資スタイルとは

ベンチャーキャピタル(JAFCO)に入社して36年、大企業とスタートアップの協業促進に関わってきた徳原です。

前回書かせていただいたように、日本でのスタートアップ投資は大きな変化を遂げてきました。当初はスタートアップへの投資というよりも、出来上がった企業のIPO促進が多くを占めていました。やがて徐々に、本格的なスタートアップ投資にも取り組んでいくわけですが、リスクヘッジの仕方や投資ステージの考え方は、いまだに様々なものがあると思います。もちろん「どれか一つが正解」と言う事ではありませんが、過去の経緯があるからこそ、今のVCの投資スタイルが確立されるに至ったのです。

前回のnoteでは、VC投資の変遷についてお話しました。読んでくださった方からたくさんの感想を頂き、大変ありがたく思っております。

前回のnote
https://note.com/tok_vc/n/n0adc0e06e518

そこで今回は、私自身の経験から、スタートアップ投資の考え方について、過去の失敗から今に至る経緯を振り返りながらお伝えすることにしました。これからスタートアップ支援に関わっていく方々の車輪の再発明を防ぐきっかけになれば幸いです。

昨今のスタートアップ支援の盛り上がりと懸念点

昨今では、スタートアップを取り巻くエコシステムが大きく変わってきました。ベンチャーキャピタル(VC)だけではなく、事業会社が直接投資を行うCVCの活動事例が増えたことで、経済の一部に留まらないスタートアップ支援が加速していると感じます。

実際、2022年6月に公開された「START UP DB(スタートアップデータベース)」の調査報告を見ても、国内CVCからの投資件数は2017年から2021年の過去5年間で118件から361件に増加しています。2021年10月21日の日経新聞では、大企業の投資予算枠は約6000億円と報じられており、スタートアップにとってVC同様の存在感がある状態です。

CVCからの投資が増えていること自体は素晴らしいと思う反面、私としては、この流れが一過性のブームで終わってしまわないようにと願うばかりです。

というのも、スタートアップの支援に乗り出すべく、様々な企業で部署やミッションが立ち上がったものの、ブームが下火になるにつれてやがて本業回帰で活動を中止していくという一連のサイクルを過去に何度も見てきたからです。

30年以上に渡ってスタートアップ支援を続けてきたVCの歴史を振り返ると、過去には様々な失敗がありました。逆を言うと、失敗事例を蓄積し、都度改善を重ねてきたからこそ、「スタートアップ投資の基準」や「投資の際に意識すべきポイント」など、VC投資とはどうあるべきかという考え方を磨いてこれたのです。

スタートアップ支援に参入して日が浅い方々からすると、そういった「VC投資のあり方」に触れる機会はあまりないのではないでしょうか。

「オープンイノベーションの時代」などとメディアで取り上げられ、スタートアップに注目が集まることはとても喜ばしいことだと思います。ただ、このムーブメントが一過性のものではなく、きちんと日本に定着していってほしいと強く願っています。

だからこそ、このタイミングで私なりの知見を皆様にシェアすることで、何かしらのお役に立てればと願っています。

スタートアップ投資のリスクヘッジに対する考え方:投資額を検討する基準

前提として、スタートアップへの投資は100%上手くいくわけではありません。特に、事業アイデア、ビジネスモデルがいくら素晴らしくてもまだ構想段階のビジネスであれば、どの程度の成長が見込めるのか確信できないため、判断に迷うケースも多々あるでしょう。

こういった不確実な状況の場合、一般的な金融の視点だと「投資金額を小さくして、分散投資をすることでリスクヘッジを図る」という分散投資のアプローチを取るケースが多く見られます。

 しかし、スタートアップに投資する場合、こういった分散投資の視点にのみ基づいた投資判断だとうまくいかないケースが多々あります。

たとえば、非常に魅力的なビジネスプランを打ち出しているものの、まだ実績が出ていないスタートアップが、3億円の資金調達を希望しているとしましょう。投資側としては、まだ実績がなく、将来どうなるかわからないわけですから、必要資金の3億円ではなく、実績がでるまでは3000万程度の少額を先に投資して様子を見たいと考えるかもしれません。

しかし、3億円を必要とする事業なのに3000万円しか調達できなかったら、思うように事業を進めることができません。結果、投資側もリターンを得られなくなってしまうのです。

3億円あればその事業は大きく展開し、投資家にもリターンが生まれたかもしれません。

仮にその事業が上手くいかなかった場合、3000万の損失で済むわけですから、ある意味リスクヘッジできたとも言えるかもしれません。ただし、3000万円の投資で事業が上手くいくケースは非常に少ないため、この考え方だと実はリターンを得にくいのです。そのビジネスに本当に必要な金額をフルサイズで投資できないのであれば、投資しない方が双方にとって賢明な判断だと私は思います。あるいは、適切なサイズのチケットを提供できるリードインベスターと組む方向性で検討するのも一案でしょう。

とはいえ、これらはあくまでも可能性の話ですから、実際の現場において、検証できる数値が乏しい中で、こういった判断を投資家が下すのは非常に難しいといえるでしょう。

そのため、スタートアップ投資においては、ビジネスプランよりも「経営者を信頼できるか」、つまり”誰”がやっているのかという点を重視して投資を検討するVCが多いといわれています。

事業の舵取りをしている経営者に優れた素養や熱量があるのであれば、仮に投資検討時の事業がうまくいかなかったとしても、ピボットするなり別の手を打つなり、次の展開につなげていくことでしょう。そうして、最終的には企業の成長を果たしてくれる、と投資側としては期待できるからです。 
信頼できる経営者かどうかという判断基準はベンチャーキャピタリストによっても様々ですが、共通しているポイントの一つが「事業に対してどれだけ本気か」という点です。

なぜ外部から資金を調達してまで、その事業を成長させていきたいのか?

不確定要素が多々あるなかでも、どれだけ綿密に準備をし、想定されるリスクへの対策を考えているか?

などは、おそらくどのVCでもしっかりと確認することでしょう。

私たちも実際、投資を検討する際には、その 事業の背景について経営者からくわしく話を伺います。また、これまで起こしてきた具体的なアクションや今後の事業計画を教えていただき、相互理解を深めながら、事業の成長可能性を探っていくのです。

スタートアップ投資に対するリターンの考え方:どの段階で投資すべきなのか?

スタートアップへの投資を行う場合、VCとしては相応のリターンを期待しています。
なぜなら、 VCがスタートアップへと投資を行うための原資は、出資者から集めたお金であり、VCはその運用に対して責任を負っているからです。

ようするに、出資者にきちんとリターンを返せる投資を行う必要があるのですが、リターンのタイミングを優先しすぎた投資判断は大半がうまくいかないことが過去の経験から明らかになっています。
 
早期の回収を第一目的に、EXITが近い案件のみに投資して少しでも進捗があった時点で回収するというやり方は、本来のVCの役割に沿っているのか。その点を今一度、よく考える必要があるのではないかと思います。

まだまだスタートアップ市場が黎明期にあった2000年代前半のことです。当時のJAFCOは、スタートアップ投資特有のリスクのボラティリティの高さを、なんとか分散できないかと様々な手法に挑戦していました。

その中で、早期に資金の回収が図れるミドル・レイターステージへの投資を重視し、ミドルリスク・ミドルリターンという分散的な発想をもとに、スタートアップ投資に向き合った時期がありました。

しかし、結論から言うと、この手法は完璧ではありませんでした。 

当たり前の話ではあるのですが、上場間近のレイターフェーズの企業に投資する場合、投資時の企業評価は、上場時に想定されるバリュエーションの影響を大きく受けます。つまり、マーケットの動向に大きく影響されてしまうのです。

リーマンショックのようにマーケット全体が低迷してしまった場合、その影響は特に顕著に表れます。リスクヘッジとしてレイターフェーズに分散投資をしていたはずが、結果的にマクロの影響によるリスクがより大きくなってしまうという事態が生じたのです。

そういった苦い経験を経て、将来の成長可能性を感じるスタートアップであればフェーズに関係なく積極的に投資するようになったという経緯があります。

私個人の考えですが、そもそもVCの本質とは、これからを担うスタートアップの可能性を信じて成長のための資金を提供し、その事業の発展を通じて社会に貢献することだと思うのです。

投資する側の利だけを考えるのではなく、スタートアップ側の目線にも立ちながら、「そのお金で何ができるのか」「社会にどれだけのインパクトを与えられるのか」をベンチャーキャピタリストは常に意識しておく必要があると感じています。

 スタートアップと伴走するVCのあり方:ステレオタイプの先にある「最初の成功」を目指して

 様々な失敗を経て確立してきた私たちの投資スタイルですが、今がベストなのかというと決してそんなことはないと考えています。

むしろ5年後や10年後には、「あの頃の投資は解っていなかった」「昔と比べて今の投資スタイルは改善してきた」と言えるように、時代の変化に合わせて私たちも進化し続けていく必要があります。
 
スタートアップ投資の経験が増えれば増えるほど、ベンチャーキャピタリストの頭の中には様々なステレオタイプが生まれていくものです。
 
「この業種の場合は、こういうビジネスモデルでないと恐らく厳しい」
「この業態であれば、すでに勝ち組が決まっているのではないか」
というように、私たちはどうしても過去の経験から判断してしまいがちです。
 
しかし、ブレイクスルーはいつだって起きるものです。目の前に提示されたビジネスモデルが仮にこれまで1000の失敗を経てきた業種や業態だとしても、ブレイクスルー1つあればそれが最初の成功例になるかもしれません。
 
つまり、ベンチャーキャピタリストは「過去に失敗しかないからやめておくべき」ではなく、一つ一つの事業に対して「なぜ?」を投げかけながら、先入観を超えて向き合っていく必要があるのです。
 
以前にJAFCOの企画として、個別の投資判断を身近に感じてもらうためのワークショップを開催したことがあります。そこで、実際の会社を参考に架空の事例を作って、投資をするかどうかという議論を行ったのですが、事業のネガティブな面ばかりに注目が集まり、ほぼ全てのケースで投資するという判断に至らなかったということがありました。
 
スタートアップの事業というのは、新しいことにチャレンジしているわけですから、ネガティブな面を挙げればきりがないものです。課題にばかり目を向けてしまえば、当然ながら投資判断を下せなくなってしまいます。
 
たとえば今でこそ世界的に有名になったAirbnbにしても、当初はベンチャーキャピタリストたちの理解を得られず、幾度となく投資を断られていたといいます。
 
「ホテル業界は今後の成長が期待できない」
「わざわざお金を払って人の家に泊まるなんてありえない」
 
そんな批判にさらされながらもAirbnbの創業者が諦めなかったからこそ、シェアリングエコノミーの先駆者的存在として「最初の成功」を作り出せたわけです。
 
スタートアップの「最初の成功」の芽を見出し、ともに育てていくために、ベンチャーキャピタリストは数々の課題に向き合いながらも、ポジティブな可能性に目を向けていく必要があります。
 
レストランに例えるなら、スタートアップへの投資とは、すでに完成されたメニューの中からどれを頼むか決めて終わり、ということではないのです。
むしろ一緒に足りない素材を買いに行き、レシピの改良アイデアを共に出し合いながら、一つのメニューを創り上げていくプロセスに近いものだと私は考えます。
 
その観点から言うと、売上や利益に対する目標設定に対してシビアな目線を持つのは当然として、たとえば

  • 役員会に月1回だけやってきて数字を詰めていくだけのベンチャーキャピタリスト

  • 投資先の営業会議に毎週出て、どのように売上を作っていくかを一緒に考え、様々な課題を解決するために、スタートアップの経営者とともに汗をかくベンチャーキャピタリスト

この2者を比べるなら、私は後者のベンチャーキャピタリストと仕事をしたいと思うのです。
 
スタートアップの経営者たちとともに、未来へと「伴走」し続けるベンチャーキャピタリストが、VCやCVCといった枠組みを超えて、今後も増えていくことを期待しています。
これからのベンチャーキャピタリストたちに、これまでの経験から少しでも役立つ知見を今後もお伝えできれば何よりです。

文章協力)株式会社SHUUU


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