雨
昔から矛盾してるな〜と思うことがある。
雨だ。
外にいる時、雨に降られるのは嫌い。
でも、部屋や室内から雨を見てるのは好き。
毎日、雨に降られるのは嫌い。
でも、雨が降りそうな匂いは好き。
矛盾してる。なんでだろう。
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先日、ふと気が向いて実家に戻った。
帰った時、ちょうど父が庭で趣味のガーデニングをしていたので声はかけずに勝手に家に入った。
コーヒーを淹れながら勝手にキッチンと冷蔵庫を漁り、おそらく母が隠した気になってたであろう、見るからに高そうなチョコレートを発掘した。
せっかくなので(?)
何粒か勝手にお皿に乗せ、沸いたコーヒーと共にリビングへ移動し、くつろぐことにした。
リビングから家の庭はよくみえる。
整理されているとは言いづらい葉っぱが溢れかえった庭ではあるが父に言わせればこだわりの配置らしい。
四季折々に、父からは庭の写真と近況報告が解説と共に送られてくる。
今月の報告は、紫陽花だった。解説文はこうだった。
「知ってるか?紫陽花は梅雨に咲く花なんだ。」
いくら理科が苦手で、幼い頃父がくれた植物図鑑にちっとも興味を示さなかったからと言っても、それくらいは知っている。
そして僕が紫陽花が昔から好きだということを、父は未だに知らない。なんなら、数ある花の中で1、2を争うくらい好きな花だ。
なんとなく実家に戻ろうと感じたのは、紫陽花が見たくなったからだ。
小学生の頃、鎌倉時代の歴史にやけに興味を示した僕をみて、母が気分転換と社会科見学を兼ねて梅雨の鎌倉に連れて行ってくれたことがある。
この鎌倉見学は、平和な旅行とまでは行かなかった。
母の提案に、父が大反対した。
時間がある限り教科書を一言一句暗記することこそ「勉強」だと言い張る父と、
当時はその言葉すらなかったアクティブラーニング的な学習をさせたかった母。
目の前で繰り広げられる大人の怒号に涙し、自分のせいで2人が喧嘩しているという事実に震えながら教科書を読むふりをした。
結局、鎌倉見学に父は来なかったが、そこで初めて出会った紫陽花がやけに気に入った。
「梅雨の時期は、紫陽花が綺麗に咲くんだよ。」
母が鎌倉銘菓の「あじさい」を食べながら教えてくれた。
だから本当はこの時期の鎌倉に咲く沢山の紫陽花を見に行きたいものだが、なかなか行けてないから、代わりに実家の紫陽花を見に帰ったというわけだ。
ガーデニングを終えた父が、「あれ、戻ってたのか?」とリビングに入ってきた瞬間、
バケツをひっくり返すとはまさにこのことか、と言うような、スコール級の雨が降ってきた。
「あーあ、なんだよ。せっかく今整理してきたのに」
嘆く父を横目に、チョコレートを平らげる。
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今の父は、あの頃の父とは少し変わったような気がする。
血気盛んだった30代〜40代は、いわゆる亭主関白だった。
母に対しても、僕に対しても「俺に逆らうな」「誰のおかげで飯が食えてるんだ」が口癖だった。
母はこの男のことをとっくに諦めていた。
僕を産んだことで制約された自分の人生に残された、わずかな自由を楽しんで過ごしていたのも、僕は知っている。
転機が訪れたのは、僕が大学2年に上がる直前のこと。
父の台湾への単身赴任が決まった。期間は3年だった。
この3年は、今振り返ると家族3人それぞれにとって良い時間になった。
父は台湾の人々の優しさに触れ、少しは人の気持ちがわかるようになった。
未だに亭主関白ではあるし、モラハラは耐えないが、以前よりも確実によく笑うようになって帰ってきた。
母は本当に時間を自由に使えるようになった。
表情も明るくなり、楽しそうに堂々と出かけるようになったし、作ってくれる食事が一品増えた。
その理由はあえて聞かなかったけど、今までの人生がよっぽどストレスだったんだなと思った。
僕は僕で、自由を楽しんだ。
大学の勉強も、バイトも一生懸命頑張った。
暇な日の夜はよくドライブに出かけた。
1人で気ままに行くこともあったし、友達を誘って出かけることもあった。
何はともあれ、3年という時間で各々が今まで出来なかった「何か」を見つけて、楽しんでいたと思う。
人生のマジックアワー。夢のような時間だった気がする。
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雨がやんで、嘘のように晴れたから、あの時のように車を走らせてみた。
目的地は、よく1人で行ったお気に入りの河川敷。
愛車で久しぶりに走る地元の道は、何も変わらない懐かしさがあった。
でも、変わってしまったところもあった。
お気に入りの河川敷が、工事中で入れなくなっていた。
大雨とかで冠水していたから安全のために工事をしているのだろう。
ちょっぴり寂しくなった。
いい加減、大人になって前に進めよ。
というメッセージなんだろうか。
いや、新たな場所を見つけろということなんだろうか。
何も変わらない平凡な日々に、どこか悶々としたまま過ごしていては、もったいないんだろうな。
30歳になるまであと3年。
20代最後の時間をどう過ごすか、
どこへ向かうかも自由だ。
見たことのない世界へ、行ってみたい。
そう思ってドアを開けたら、
止んだばかりの雨の匂いが心地よかった。
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