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P170. 作品紹介『Best Friend』

昔々、あるところにお爺さんとお爺さんがいました。

仮に、お爺さんAとお爺さんBとしましょうか。
お爺さんAは、少し小柄でやわらかいしゃべり方のBのことを、完全にお婆さんだと思い込んでいました。

A「なあ婆さんや、飯はまだかのう?」
B「いやですよお爺さんたらボケちゃって、私はお婆さんじゃなくてお爺さんですよ」

お爺さんAは、また婆さんのお茶目なジョークかと、Bのことが可愛く思えて仕方がありません。
ある晩、お爺さんAはまん丸な月を見上げてこう願いました。

A「何故ワシらは、この年まで出会えんかったんじゃ・・一目でいい、若い頃の婆さんに会いたい。普通に若いカップルのようなデートもしてみたいのう・・」

すると突然、月から白い光が庭先に差し込み、光の中から美しい女性が現れたではありませんか。

女性「その願い。叶えてさしあげましょう。」

A「も、もしや婆さんか!?わー、若返った婆さんべっぴんさんやー!」
女性「誰が婆さんよ!私は月の精。願いは今から叶えてあげるのよ。ただし、若返っていられるのは1日だけ。せいぜい大切に過ごしてね。」

ピカッとまばゆい光が差し、お爺さんは目を閉じました。
あっという間に辺りが明るくなり、朝が来たようです。
お爺さんが目を開けると・・・

A「手のしわが薄い・・・あ、声も!まさか、本当に若返ったのか!?」

お爺さんは急いで洗面所へ走り、鏡に映る若々しい自分を見つけました。

A「若!こりゃ、18か19くらいか。はは、こうしちゃいられない。おい、婆さん!いや、お嬢さーん!」

ガラガラガラ!

勢いよく戸を開けると、見慣れない短髪に小柄な身体の、色白な男性がいました。

B「お爺さん・・?どうやら私たち、若返っちゃったみたいですね。」
A「え?いや・・あれ、婆さんは?」
B「いやですよお爺さんたら、私はお婆さんじゃなくてお爺さんですよ」


最悪だ・・・


あれは可愛いジョークじゃなくて本当に婆さんは爺さんだったのか。
ワシはなんてボケボケな老人だったんじゃ・・・

B「お爺さん、待ってくださいよ」
A「おい、手を握るんじゃない。離れて歩きなさい」

あぁ、嫌だ嫌だ。早く今日が過ぎればいい。
婆さん・・じゃなかった、この爺さんは明日追い出して、1人気ままに余生を過ごそう。やっぱり人間、最後は1人なんだ。
早く・・早く終われ・・・痛っ!

男「どこに目ェつけてんだクソガキ!」

A「うわ、しまった不良じゃー!」
B「お爺さん、逃げて!」

男「何だ、爺さんだって?ははは、本当だ、よく見りゃじじくせえダセエ帽子かぶってんじゃねえか。あー、だせえだせえ、気持ちわりいんだよ!」

パチーン!

ワシが飛び掛らんとする刹那、婆さんの強烈な平手打ちが不良に炸裂していた。

A「は・・走れ婆さん!逃げるぞー!」

いつものように婆さんの右手を取り、いつもより早く2人で駆け出した。

A「はあ、はあ、はあ・・疲れた」
B「私も・・・大丈夫ですかお爺さん」
A「何であんなことしたんじゃ!もしお前に何かあったらワシは・・」
B「だって。あの人お爺さんの帽子をダサイって。
その帽子は亡くなる前の奥様が手作りでこしらえてくれた、お爺さんの宝物でしょう?・・お爺さんの大切なものくらい、私にはわかるんですよ。」

A「それであんなに怒ってくれたのか・・・婆さん、ワシの為に。」
B「明日、また年寄りに戻ってしまう前に出て行きますね。嫌じゃなかったらまた、お茶くらい付き合ってくださいな。それじゃ・・」

A「待ってくれ!・・・まだ、今日は長いんじゃ。ワシの大切なものがわかるなら、ほれ・・婆さんは今や、ワシの大切な存在じゃ。今日くらいは若者ヅラして、スイーツでも食べに行こう・・ほれ、行くぞ!」


月の精「そう言ってまた、お婆さんの右手をとり・・か。
ワンパターンなお爺ちゃんだけどしっかり1日エンジョイできそうね。
めでたし、めでたし。」

おしまい

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