湯治ぐらし代表 菅野静
日本人ですらあまり知らない温泉の秘密(4)〜身体を洗うより、心を洗う
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日本人ですらあまり知らない温泉の秘密(4)〜身体を洗うより、心を洗う

湯治ぐらし代表 菅野静

温泉に入る、ということはなんだ

温泉に入る、ということは、気持ちが良くて、開放的になれ、大浴場では髪の毛、身体、足先まで丁寧に洗っちゃったりする。お気に入りのソープやシャンプーの香りも普段よりいい香りに感じちゃったり。

でも、もうひとつ、私にとっての温泉に入るっていうことの意味や目的がある。

私が温泉に入る理由、それは「心を洗えるから」

身体を洗うことも大切だけど、一番には、私は温泉に身を沈めていることは身体に溜まった何か目に見えないものを手放し放電していて、からっぽになってる心にぐんぐん水を吸わせるような感覚でいる。

私の強みってなんだっけ。私の弱いところは?
なんでこんなに落ち込んでいるんだっけ。こんな言い方しなきゃよかった。
今度はこうしてみよう。きっとこう感じてくれるかもしれない。
・・・と振り返ってみたり。

スマホもパンツも手放して、見つめるものは自分しかない。
指がささくれていたり、足の先がこすれている。
あれ、こんなところが傷ついてる!ああ、あの時、ドアにぶつけたんだっけ。
ささくれているのは、身体じゃなくて心の方かもしれない。
・・・と気付いたり。

放電して、充電する。
そんな感覚でいつも温泉に浸かっている。
洗っているのは、身体じゃなくて、心なのかもしれないと思うのです。

私が温泉に入る理由、それは「自然と簡単につながるから」

アマゾンのように超絶大自然の中で原始的に裸で暮らす、
なんてことは憧れるもやっぱりできないよね、
電気も使うし、こうしてパソコンで仕事もして、って中で、
どこか、自然の営みの中で生きていたい、
自然とリンクはしていたい、
と願うことは、わがままかもしれない。

だけど、思う。

コンクリートジャングルの中で、どうやって心を保てるというのだろう。

WHO憲章では、その前文の中で「健康」について、次のように定義されている。

「Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity. 」

https://www.who.int/about/governance/constitution

この日本語訳は、日本WHO協会によるとこうだ。

健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳)

https://japan-who.or.jp/about/who-what/identification-health/

健康を保つのは難しいけど、肉体的(フィジカル)にも精神的(スピリチュアル・メンタル)にも社会的(ソーシャル)も、健康を保つものとして必要な要素ってことがわかると対策ができる。

その「心」を保つために、自然が必要だと考えている。コンクリートジャングルから目をうつし、自然につながる必要がある。

たとえば、太陽が昇って朝が来て、なんとも言えない朝焼けを空に映し出してくれる。それを見て、ああ、今日も1日がんばろって思えること。

たとえば、

都会の雨には舌打ちしてしまうけど、この新緑の緑が濃緑の緑へと育つための大切なもの。私たちの飲み水にもなっていると実感してみる。

温泉は、そういう意味では、それらがぎゅっと凝縮していると感じている。
雨からできていて、山や森が受け止めて、大地のミネラルを受け取って、出てきてくれている。朝、昼、夕、夜と全然違う表情を醸してくる。温度もバラバラだ。そして、めっちゃくちゃオーガニック。

服を脱いで温泉にちゃぽっとするだけで自然と繋がることができる。こちらも裸で臨んでる。まるで生まれたての頃や、野生に生きていた古の記憶さえ蘇るようだ。本能も、こころど真ん中にあるものを感じられて、自然という温泉に身を沈めるだけで全身で繋がれる。
大切なことが実感できて、頭じゃなくて「体感」できるということだ。とても簡単だ。


だから住む場所を変えた。自然と温泉と繋がる場所に。

鉄輪に春が来て、ちちちと聞こえてくる鳥の声が、春の鳥の声だとわかる。

もうばんばんに夏が顔を出していることも、地球がまわってくれていることも、実感する。日差しが痛く照りつける。

秋も、冬も、湯けむりが踊る。温泉が沁みる。

自然とほどよく近くて、ゆったりとそこで湯に浸かり、
心身をリラックスさせ、そこでたまたま裸で居合わせた人々と、
本当に真っ裸になって会話ができるから私は温泉が好きだし、暮らしの中の温泉・湯治ができる別府ってすごいなぁ、と思う。


ゆったりと温泉に浸かり、自然と繋がり、湯に抱きしめられること。
そこで出会った人々と、他愛のない会話すること。
自分が自分でいていいし、余裕や余白が生まれるからこそ、誰かのためにできることがひとつ増える。
これは、ひとつのやさしい社会のような気がしている。
そんな時間を過ごしたいし、そんな時間をみんなと共有したいし、
そんな温泉の入り方や時間を伝えたい。

たとえば、マクドナルドで数分で入ってしまうあっちあちコーヒーがすぐ飲めるってことよりも、たまには、粉まみれのベトナムコーヒーをかき混ぜて、その粉が沈みゆくまで、その粉からコーヒーになる抽出を待つ時間を楽しむ、ということに似ているのかもしれない。

これが今、ここで動く私の全ての原動力になっている。

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湯治ぐらし代表 菅野静
日本古来の養生法だった湯治を「自分の身体と心を見つめ直す静かな時間」としてシェアハウス「湯治ぐらし」、POPUPSHOP「スクランブルベップ」創設、食コミュニティ「みんなの炊事場」、温泉カウンセリング「みんなの保健室」、「湯治ワーケーション」等、様々な湯”磁場”プロジェクトを行う