書く習慣 Day27 | 誰かに言われた大切な言葉
昔、異なる二人から同じ言葉をかけられたことがあります。本人同士はまったく関係のない人々でしたが、何の変哲もないその言葉がなぜかいまでも心に残り、たびたび思い出されるのです。
それは「笑顔がいちばん」という言葉。
初めて言われたのは、高校の卒業式でした。私は卒業アルバムにクラスメイトやお世話になった先生方からのメッセージを集めていました。最後に、2年間お世話になった担任のF先生のもとに向かいました。
F先生は50代の女性で、とても厳格でした。制服の乱れや不適切な言動をする生徒は、容赦なく叱責されました。私たちは「また言ってる」「うざ~」なんて不満を漏らすこともありましたが、先生は理不尽に責めることはなく、良い行いを見逃さず、叱るのと同じくらい褒めてくれる先生でした。
帰り際に職員室で先生にアルバムを渡すと、さらさらと書いてすぐ「どうぞ」と返してくれました。そして「あなたは本当に頑張り屋さんです。周りが思わず応援したくなるようなね。それはあなたの笑顔が素敵だからよ。大切にしなさい」と言ってくれたのです。
ふだん厳しい先生とは別人のような微笑みでした。まさかそんなふうに思ってくれていたとは知らず、驚きのあまり「あ、え、はい……」としどろもどろになってしまったのを覚えています。
家に帰ってからアルバムを開くと、最後のページに「笑顔がいちばん」とF先生の達筆な字で書かれていました。それからは、家を出る前に鏡の前でにっこり笑ってから出かけるようになりました。
そうして数年後、大学を卒業して社会人二年目のこと。
夏に人事異動で関西から一つ年上の先輩がやってきました。明るくお調子者の男性で、いつもニコニコしていました。
仕事で失敗するたびに落ち込んでいた私に「失敗なんて誰でもするんやから、あんま気にすんな!それをカバーし合うんがチームや。せやから、俺がやらかしたときはよろしくな!」と言って励ましてくれました。
そんな先輩がよく言っていた言葉が「冬至ちゃん、笑って!笑顔がいちばんや!」だったのです。“笑う門には福来る” を体現しているような人でした。
異動してきて数ヶ月後、先輩は結婚式のために実家へ帰りました。そのままハネムーンでハワイへ行き、職場に戻ってきたのは二週間後。真っ黒に日焼けした先輩を、みんなで笑って出迎えました。
その一ヶ月後、先輩は亡くなりました。
仕事中にお客様の自宅へ商品を届けた帰り道、不慮の交通事故でした。
2日後、ご家族が先輩を迎えに関西からいらっしゃいました。
「親戚以外の誰かが亡くなるの、初めてだな」と、笑顔の先輩の遺影をぼんやり眺めていると、先輩の奥さんが言いました。
「突然のことで私たちも気持ちの整理がついておりません。皆様もきっと同じかと思います。でも、あの人がいつも言っていました。“笑顔がいちばんや” って。いまも言ってると思います。悲しいけど、悔しいけど、でも、どうか笑顔で……」
このとき、ようやくみんなで泣くことができました。悲しいときは泣いてもいい。思い切り泣いてもいい。最後に笑えればそれでいい。
毎年春になると思い出す、先生の「笑顔がいちばん」。
毎年冬になると思い出す、先輩の「笑顔がいちばん」。
ずっと大切にしたい言葉です。
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