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春の東北湯治㉓【肘折温泉 西本屋旅館】

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 肘折温泉は何度か訪れたことあったが、西本屋旅館は初の投宿。
金魚が見れる湯として知られており、所狭しと宿が林立する温泉街の中でも評価が高い。公式サイトからネット予約を取ると、その数日後にご主人から荷電があった。まずはその懇切丁寧な対応に好感を抱いた。

主人 「ご予約ありがとうございます。肘折温泉へはお越しになったことはございますか?」
   「当館、通常の旅館とは少々勝手が違いましてーー」
私  「貴館の宿泊はございませんが、湯治宿の雰囲気は存じ上げております」

 その後、部屋の鍵が掛からないことや、仕切りが襖であること等の説明を受けた。もう慣れているが、湯治宿には通常浴衣やアメニティ類もない。
 
 無駄なものを全て削ぎ落し、繫忙期であっても料金を上げず、低価格を実現するのが湯治宿。サービスを期待して訪れた客のクレームと、療養目的の湯治客の防衛という二面のためだろう。抜かりない説明だった。

 「大丈夫です」、意気揚々と返答した上でのチェックイン。だが女将さんも流石に私が炊飯器やフライパンを持ち込んでいたのには驚いた様子だった。

女将 「今は自炊をする方はほとんどいなくなりました」
   「一人のお客様、一泊の方が大半なんです」
私  「そうなんですね。昔はこちらも混浴だったと聞きました」
女将 「10~20年前の話ですよ。ネットで受けるようになってからです」
私  「え!?意外と最近の話なんですね」

 
 繁忙期のピークとあり多少の混雑や騒音も覚悟したが、浮足立った客はいない様で一安心。共同廊下を奥に向かって4室が並んだ間取り。部屋は襖で仕切られており、嘗ての3~4人部屋の二間を簡易的に分断したようだ。それほど一人旅のニーズは上がっているということだろう。

 過去に隣室の迷惑客に快眠を阻害された経験は何度もあるが、今回の旅は幸いにしてどの宿も静謐だった。
 私が宿泊しているのは決まってその温泉街で最も安い宿。ユーザー心理の中に「安かろう悪かろう」が通底にあり、却って空いているという現象が起こっているのかもしれない。

 Wi-Fiの強度も十分で、小さいものの共同の炊事場も清潔。
3食付いて(連泊条件等あり)5千円台という湯治場価格はお見事。この宿では炊事をする方とは鉢合うこともなく、自前のフライパンを存分に降った。

 美味しいお米に山菜や魚中心の粗食。素泊まりと3食付きの差額は千円なので、1食350円以下で提供している計算だ。これにクーラーボックスで持ち込んでいた食材を軽く調理すれば、何とも豪奢な生活だった。

 
 滞在中はカルデラの底から出ることはせず、最後まで湯と向き合う。
8時から17時まで開放している上ノ湯共同浴場は、宿泊者は無料で入浴が出来る。

 「湯治の方は、やっぱりここが一番効くと仰います」、と女将さん。
前訪の際は結構な熱さだった記憶があるが、今回はジャストフィット。季節要因の可能性もあるが、羽根沢温泉と言い若干この辺りの湯は温くなっている気がする。

 だが数分もすると頭皮から汗が流れ始め、湯上りもなかなか引く気配がない。湯船の横には小さなお地蔵様の姿が、まるで老僧に見守られるような湯浴みを、1日2度こちらで行った。

 朝夕は旅館の湯へ。男女入替の「金魚湯」と「岩風呂」は、それぞれ上ノ湯共同浴場とは別源泉。どちらも高温のため加水は必須。時折金魚が底を啄むように上下に泳ぐのが興味深く、ついつい長湯をしてグッタリ。

 それにしても、一切のくすみもない水槽。

 「掃除するの大変だろうな」と思いつつ、時折こんなに狭い空間がちょっと前まで混浴だったことにも驚嘆していた。

 
 西本屋旅館は期待以上の良宿だった。東北湯治もあと僅か。最終日の前日、こちらでも思いがけぬ出会いが待っていた。

                           令和4年5月8日

隙間なく宿が並ぶ温泉街
綺麗な部屋 仕切りは増設した襖
様々な炊事場を見てきたが 最高レベルの清潔さ
食事の一例 これにおかずを足す
共同浴場上ノ湯 西本屋の女将さんもこちらが最も効くと
上ノ湯 お地蔵様が見守る
こちらは宿の岩風呂 こんなところが混浴だったとは・・・
綺麗な水槽

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