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踊る英語教師

今日は全国共通テストの試験日だ、とニュースが伝えている。緊急事態宣言下の受験生とご家族の緊張に満ちた日々が報われることを、ただただ願う。私が大学を受験してから、もう15年以上経つ。受験に臨んだ日のことはもう殆ど思い出せないのに、試験会場で起きたとある出来事だけはあれから度々思い出す。

私は当時はまだ珍しかった単位制の高校に通っていて、そこには生徒の考えや個性を尊重し、自身の個性も溢れ出ている先生たちが多く居た。勉強と同じくらい、先生たちが好きなものについても沢山教わった。そんな愉快な先生たちの中に、エアロビにはまっている英語の先生がいた。文化祭では生徒と一緒に踊り、いつもニコニコ自分の好きなものの話をする。とても自由な趣味人である反面、語学を習得することの素晴らしさを生徒になんとか味わって欲しいという思いに溢れていることは、授業を受ければすぐにわかった。通常の授業以外に、放課後を利用して希望者に受験対策の補講までしてくれる先生だった。

受験対策といってもその補講は笑いに満ちていて、楽しみながら友達と勉強をする大好きな時間となった。明るい雰囲気を作っていたものは、ひとえに先生の進行方法にあったと思う。英単語、熟語表現、動詞の活用などをテンポよく次から次へ生徒に答えさせ、自分も高らかに歌うように復唱する。みんなで笑いながら声を揃えて英熟語を唱和する機会なんて、後にも先にも経験がない。自意識が強めで多感な高校生が恥ずかしげもなく巻き込まれてしまう、不思議な空気が流れていた。独特なテンポが心地よく、私はそれを密かに先生の趣味とかけて「エアロビ英語」と呼んでいた。もちろん敬意と愛着を込めて。

そして迎えた受験の日。英語の試験問題に、「beyond description」の意味を問う問題があった。それを目にした瞬間、「はい、beyond descripton!筆舌に尽くし難い!!」と先生が明るく歌うような声が頭の中に鳴り響き、思わずニヤリとしてしまった。たった一つ、今でも残る受験の思い出である。その後、あまり得意ではない英語を仕事で使わなくてはいけない局面でも、何度か先生の声つきで英語表現を思い出すことがある。先生は、今でも歌うように英語を若者に教えているだろうか。皆が深刻になりがちな日々の中でも、ニコニコ踊っているだろうか。(きっとそうだと思う。)

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