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ブループリントは人の背中を預かっている@トグルという物語/エピソード13

前回から、今回までのあらすじ】

2022年5月中旬。飛び込み営業のオペレーション設計、その構築が進む他方で、ビッグデータを用いた、大学との共同研究に動きがありました。その成果は、トグルのプロダクト開発に反映されています。そうして複数の事業が、同時並行で進むなか、伊藤嘉盛よしもりが向き合っていたのは、ビジネスモデルの磨き込みでした。その過程で、ブループリントが見つかります。

青地の紙に、白い色の文字や図を写す技術があります。これを複写(青写真)といい、ビジネスや事業の将来像を写したものをその技術になぞらえて、ブループリントと呼ぶことがあります。多くは、事業のアイデアをメモに表現した、最初の1枚などで、たとえば上の写真がそうです。このメモ、ブループリントは、トグルの事業が世に生まれた瞬間を捉えています。人間でいえば母体から、赤ちゃんが生まれた瞬間です。

これを伊藤嘉盛よしもりが描いたのは2019年、それを彼が自分で再度、見つけたのは2022年でした。3年前に生まれたブループリントを見て、彼は何に気づいたのか。

私『S』が、会議室のドアを開けたとき、なかで待っていた彼は開口一番に言いました。

「面白いものを見つけました」

ここから今回のエピソードは始まります。社会派リアリティ・ヒューマン・ドラマ『トグル』のエピソード13です。お楽しみください。


土地の仕入れ業務における「情報の取得」「案件の判断」をわけたことが、アイデアのキモ

伊藤:ブループリントが見つかったんです。トグルという名前もなかった、初期の事業アイデア、構想段階のメモみたいなものです。それをPowerPointに整理した資料、データも出てきたので、ちょっと見てください。



伊藤:これが一番最初に作ったページです。しかも資料のタイトルは『DeFi Estate Dev』で、当初からDAOやDeFiみたいな世界観を想定していたんですよ。資料をよく見ると、トグルの事業を発案した3年前は、現在の『飛び込み営業』を『業者』と想定していて。彼らから集めた大量の土地情報をAIが収益計算したり、評価したりします。その中から収益が合いそうなものを設計家や、建築家の集団、群へ。そこに何案ものボリュームプランを入れ、優れたプランをアルゴリズムが選びます。選ばれたプランは、AIによって、開発プランや投資企画書などへ姿を変え、それに投資家が投資をしていく。そんな流れを当初は想定していたようです。

S:ボリュームプランとは?

伊藤:土地に建てることができる、建物の規模を検討したもののことです。土地の広さや、決められた用途によって、そこにどんな建物を建てることができるかは、定められています。通常、あらゆる条件を加味し、計算するのは建築士の役割です。それを我々はAIで自動判定します。これが、ボリュームプラン付きの開発計画になり、その計画にリスク、リターンが考慮され、最終的には投資の企画書になります。そこへ、クラウドファンディングなどを通じて、投資家から、あまねく資金を集める。出資希望額が満額になれば、プロジェクトが実行されます。これが、当初の事業構想でした。

S:再会したときに聞かせてくれた話は、その瞬間に思いついたアイデアを話していたというわけではなく、すでに練られたビジネスモデルの設計図をもとに話した、ということだったんですね。

S:単純な好奇心でお聞きしますが、そのデータをオープンソースにするつもりはありませんか?

伊藤:それでいうと、最終的に我々のプロダクトができあがるじゃないですか。そうすると、いわゆるブロックチェーンでつなげてしまえば『主体がない不動産開発』のような可能性を考えることはあります。投資家からオーダーをいただく。それを用地取得で買い、ボリュームプランを全部アルゴリズムで作る。アルゴリズムだけが存在して、それを中心に設計や建築をやる。オープンソースというか、不動産開発にかかわる人が我々のアルゴリズムを使うということは、あり得るかもしれません。設計会社の人が我々のプラットフォームを使えば、投資家を集めることができ、自分の作りたいプランで土地も取得できて、のような話ですね。

カルチャーづくりのはじまり@トグルという物語/プロローグより抜粋

伊藤:はい、ブループリントから始まっています。面白いのは、ここからです。ブループリントをもとに着想した私の事業アイデアに、私が当時に相談した相手からの赤ペンが入ってまして。そのまま残っていたんです。

S:赤ペンとは、指摘が入った、ということですか?

伊藤:そうです。



伊藤:「そもそも事業主体がないというのは何なのか」「事業主のない不動産開発者は、誰が事業開発者なのか」などなど。相談相手からの指摘です。

S:それらの赤ペンを見て当時、どう感じたんですか?

伊藤:結構、このときに私は絶望したんですよ。

S:絶望? どうしてですか。

伊藤:こんなに赤ペンを入れられて。うーん...「このチームでは、できないんだろうな」と。たとえば、相手は法人がある、という前提で。私は法人がなくなる、という設定から話が始まっています。でも相手は「法人がある世界において、どうするんだ」そうなってしまう。そこは、もちろん全部わかっているうえでの話なんですが「とはいえ現実的に考えると」そうした説得に入られてしまう、という感じで。

S:会話は、その後どうなったんですか?

伊藤:いや、もうしなかったですね、本当に。そこから「この構想をどう思うか」それを何人かに私は、話し始めるようになります。

S:話した相手の反応は?

伊藤:まちまちでした。なかには「これ、ヤバくないですか」みたいな、前のめりの反応を返してくれた相手もいました。その1人とは意気投合し、トグルにジョインしてくれて。そこからエンジニアの集団がトグルに加わって。集団は、その彼のもとでチームとなります。そうして始まったのが、いまの『MINE(マイン)』のプロジェクトでした。そういう流れも、ありましたね。

S:『MINE』とは、飛び込み営業をするために必要な?

伊藤:そうです。売地になりそうな土地、場所を探し出す機械学習モジュールです。登記簿謄本や地図などの大規模データを使っています。飛び込み営業をするトグルメンバーは『MINE』が見つけた場所を訪れて、売却の交渉をしています。



伊藤:初期構想だと、一番左がそれに当たります。「誰が仕入れをやるのか」という、このアイデアのキモが表現されている部分ですね。

S:ここでいう、仕入れとは?

伊藤:土地の買い取り、売り地の取得です。

S:それをやるのは誰?

伊藤:段階があると考えています。第1フェーズは不動産業者、第2フェーズではアルバイトやパート従業員、第3フェーズになると、私たちのプラットフォームの認知度が上がり、自然と情報が集まるようになる、という仮説です。

S:第3フェーズというのは、売りたい人のほうからトグルに「この土地を売りたいです」という連絡が寄せられるイメージ?

伊藤:近いです。

S:仕入れのフェーズでいうと、今(2022年5月時点)は、どこに当たるんですか?

伊藤:第2フェーズです。

S:アルバイトやパート従業員などによる飛び込み営業?

伊藤:はい。さらに、この初期構想で「簡易デューデリ」と書いていた部分も、現在は『MINE(マイン)』が担っています。

伊藤:ここでは「仕入れ業務における情報の取得(飛び込み営業)と、案件の判断を分離することがキモになるだろうな」ということを言っていて。案件の判断をAIに置き換えていくシステムを構築します。ソフトウェアで判断する、ということですね。ここが、アイデアのキモです。その判断は一般に、業界経験の長い、ベテランの不動産事業者が担います。それが業界の常識でした。案件の判断と情報の取得は、どちらの業務も同じ人に任されています。我々は、そこを分離し、さらに案件の判断をAIに、情報の取得(飛び込み営業)をアルバイトスタッフや、パート従業員に置き換えることに挑戦しているわけです。この挑戦は「誰でも、地上げをすることができるようになる」ことを意味します。

S:情報の取得と、案件の判断を分離する。ここをもう少し解説してもらえますか?

伊藤:情報の取得というのは、飛び込み営業をして「この土地を地権者は売りたいと思っているかもしれない」という情報を取得することです。案件の判断は「その土地が売り物になるのかどうか」の判断です。さらに案件の判断では「その土地に、どのくらいの建物を建てることができて、それは、どんな投資家の希望に合致しそうか」などを考えます。その結果で、我々が土地を買うか買わないか、判断します。

S:繰り返しになりますが「情報の取得」「案件の判断」を従来は、ベテラン不動産事業者が担ってきた?

伊藤:はい。

S:それは、不動産の専門知識が豊富な、業界経験者でないとできない仕事だった、ということですか?

伊藤:従来は、そうです。

S:それをトグルは、AIと業界未経験の素人による営業活動に置き換える?

伊藤:その通りです。

S:そんなことが可能なんですか?

伊藤:通常は不可能ですが、我々なら可能です。ホワイトボードを使ってもいいですか。例を挙げて、案件の判断についてもう少し解説します。

伊藤:たとえば、Sさんが、飛び込み営業に行ったとします。訪問先で地権者と話すことができたとして、インターホン越しに、次のようなことを言われることがあります。

「うちは土地の形が悪いから、売り物にならないよ」

伊藤:土地の形が悪いとは、どういう意味か、わかりますか。

S:いえ。

伊藤:わからない場合、訪問先の土地が売り物になるのか、ならないのかをSさんは確かめることができません。できないので、従来は専門知識を持った、業界経験者でなければ飛び込み営業ができなかったわけです。そこを我々は「土地の形とは」をアルゴリズム化し、AIに判断させています。Sさんが土地の形について、知識がないのは当然で。不動産業界関係者でなければ、普通は知らないことです。一般に、土地の形を学ぶのに最低でも3か月くらいは、かかります。それを我々はアルゴリズム化している、という話です。

伊藤:例えば池袋の土地です。その地図を全部、アルゴリズム化したとします。そうすることで、わかるのは土地のゆがみです。我々は土地のゆがみを数値化し、これをゆがみ値と呼んでいます。数値は、真四角の形状を「1」とし、それに近ければ近いほど、真四角に近い土地であることを意味します。『MINE(マイン)』で池袋の地図を見たとして「1.2」「1.5」などと表示され、これが先ほど話した、土地の形とはをアルゴリズム化し、AIに判断させている状態です。

S:「1」に近ければ近いほど真四角で良い。でも、それは珍しいし貴重。だから、ほとんど存在しない。よって、できるだけ「1」に近いゆがみ値の土地を『MINE』で探す?

伊藤:そうです。不動産売買、開発という視点からすると、真四角に近い土地は、形が良い土地とされています。これをアルゴリズムで判断できるようになっているわけです。

S:売り物になる土地かどうかの判断、それが案件の判断と理解でOKですか?

伊藤:OKです。これが事前にわかっていると、さっきのような「うちは土地の形が悪いから、売り物にならないよ」という場所を避けて、飛び込み営業ができます。つまり、売り物になる場所にだけ、我々は訪問することができるのです。これを実現しているのが『MINE(マイン)』です。売地を取得するために残された業務は、実際に、訪問することだけ。これは、不動産や土地の専門知識を持たない人でも、できます。今の話は一例ですが、業界の専門知識を持っていないとできない業務、ノウハウを全部、我々はアルゴリズムで解決していきます。

伊藤嘉盛よしもりが考える、事業と実務の違い

S:話をブループリント、初期構想の資料に戻します。赤ペンを入れたかたにも話をお聞きしたいんですが、トグルのメンバーですか?

伊藤:以前は。

S:ということは、もう、いない?

伊藤:はい。

S:当時のことをもう少しお聞きします。赤ペンを入れられて、とは具体的にどんな指摘だったんですか?

伊藤:たとえばファイナンス部分だと「クラウドファンディングで投資家を集めることができなかった場合、お金が集まらない。その場合、どうやって土地を買うのか。その場合は、誰が損を被るのか」そうした指摘の数々です。

S:その指摘を伊藤さんは、どう思ったんですか?

伊藤:「何とかすればいい」というだけです。あと「この指摘は、事業を考えることとは関係ないはずなんだけどなぁ...」ということですね。この時点では、実務と事業は無関係ですから。

S:実務と事業が無関係、とは?

伊藤:実務とは、既存事業のための仕組みです。一方で私にとって事業を作るとは、既存の実務を全部ゼロリセットして、新しい実務を構築し直すことを意味します。今の実務の視点で、これから作る事業の問答をしても意味がありません。

S:これからトグルが作る事業は、今やってる実務とは違う実務になると?

伊藤:つまりは、ゼロから実務を構築することであり、何とかするしかないということです。以前の会社、イタンジの頃も同じことがあって、当時は説得していました。

S:説得していたのは、どうして?

伊藤:金融畑から、経営層の一員として会社のメンバーになるような人は、資料の指摘にあるような実務的な発想をする人が多いという印象を私は持っています。「彼らや社内を巻き込まないと動かないしな」そう思ったので当時は説得に動いたんです。「でも、もう1度、それをやるのは辞めよう」と。

S:なぜですか?

伊藤:無駄骨に終わったというか。

S:結果として何の役にも立たない苦労だった?

伊藤:その経験があったので、トグルでは違うチャレンジをしたかったんです。ブループリントに話を戻すと、初期構想に指摘をした人の名誉、立場みたいなものを傷つけないために、あえて言葉にするんですが、彼は彼の立場における、役割をまっとうしただけだと思っています。完成していないプロダクトを「絶対に成功する」そう信じることが難しい人、形にならないと信じることができない人は、いるものです。彼らへ、形のない状態で、どんなに説得を仕掛けても仕方がありません。トグルにおいて私は「説得に費やしていたエネルギーを形にすることに注ごう」という発想に切り替えました。この視点は重要だと思っていて、仮に、信じることができる人がたくさんいたら、起業家なんていらないわけです。私は、自分が形になってないものを「できる」と思って、信じきることを自分の特異性の1つだと自覚しています。私の特異性なのです。それを皆に「信じて、やってくれ」と説得するのは、押しつけにもなるなと。見えないものを「見えるだろう!」というパワハラというか。

S:押し付けになる。そういう思いが、あるんですね。

伊藤:ありますあります。当然、無理だと思っているわけです。それが自然で、多数派です。

S:無理だとわかりながら、多数派に対して説得に動いた経験も、あったと。

伊藤:そう振り返ると、簡素な資料ですが、図にして説明するなど、私なりの成長なのかもしれないですね。今までは本当に、ブループリント1枚で「これだ!」「これをやるんだ!」そんな感じでした。そこから要素分解して、数ページの資料で説明しようと試みています。この資料を見直すと、そう感じますね。

S:ブループリント1枚で「これだ!」「これをやるんだ!」と思っていた頃の内容は、どんな感じですか?



伊藤:このページ1枚で「事業やるぞ!」みたいな温度感です。

S:それ1枚で、銀行や投資家から、融資や出資も募る?

伊藤:社内の事業化ミーティングで話すという感じで......いや、投資家も、これ1枚だけで回ろうとしてましたね。

S:現状は、どうですか?

伊藤:資金調達をしているか、という質問ですか。

S:そうです。資金の話だと、プロダクトの開発にはお金が必要になるかと思います。そうした費用は、どうされているのかなと。具体的に聞くと、たとえば現時点で開発が進む『MINE(マイン)』の開発費用は、どのくらいですか?

伊藤:1億円くらいは、かかっています。

トグルの強みは、実験のスタンス。「証明されている事業を自分がやる必要はない」その思いの裏にある、誰かの背中について

S:1億ですか...。

伊藤:この、馬鹿げたアイデアに、普通の不動産テックベンチャーは1億円もの資金をつぎ込めないでしょう。おそらく、出せて3,000万円。でも、それは経費や給与などの運転資金もありますから、純粋なシステム開発に回せる額は1,000万円くらいと見積もります。そこを我々は『MINE(マイン)』に必要な、真っさらなGoogle mapのような地図だけで、数千万円を投資しています。生意気を言うようですが、簡単には真似のできない判断です。これは同時に、普通の不動産テックベンチャーが参入できない、ということを意味します。完成もしておらず、国外に先行事例もないので、未証明の事業であるわけです。成功が証明されていない事業、そのプロダクト開発に、最初から数千万円の投資をするという判断は、容易ではありません。

S:他人からは無謀に映る?

伊藤:多くの人からしたら、そうでしょうね。

S:伊藤さんは、どうして投資できるんですか?

伊藤:エクセレントな事業アイデアであると思っているからです。話していて思ったんですが、それも1つのパラメータというか、判断材料になりますね。ほかのベンチャー企業が、できないことをやる。我々の事業は、現段階では大手企業も手を出せません。そこに隙間があるわけです。ベンチャーは、先行事例のない事業アイデアに、いきなり1億円を突っ込めない。大手企業は、地図を買ってエンジニアと協力し、テクノロジーを駆使したプロダクトをゼロから作ることが難しい。そうなると参入がない。参入がないということは競争が少ない。競争が少ないということは、利益率が高くなるだろ、と。成功しそうな事業、その判断材料の1つとして、我々の事業を捉えることができますね。伝わりますか?

S:ゼロの発見に通じるな、とは思いました。

伊藤:表現が難しいんですが、自分の強みがもっとも発揮されるのは【0→1】になるであろう【0】を発見することなのではないかと思っています。ここに【0】がって、その空間を認識をする。認識によって発見された【0】があって【0→1】が起こるわけです。

カルチャーづくりのはじまり@トグルという物語/プロローグより抜粋

伊藤:どう説明したらいいだろう...。なんというか、飲食店でも「おしぼりから、いい匂いがすると美味しいご飯を出すんじゃないか」みたいな。そういう予兆ってあるじゃないですか。「うまい中華だな、これ、多分」とか。漂う雰囲気から感じる、その後の可能性というか。

S:中華料理店の入り口や外観が、油まみれで汚れていると、美味い料理を出すんじゃないか?

伊藤:そうそう。事業においても、そういう匂いや予感をかぎ分ける嗅覚きゅうかくみたいなものを持ってるというか。トグルの事業から、それを私は感じています。参入が少なさそうであるという、匂いから、私の事業意欲が高まったり、事業アイデアの確からしさが高まったり。トグルのビジネスモデルだと大手企業は、簡単には真似することは、できないはずです。さっきも社内のメンバーとミーティングをしていたんですが、トラブル、コンプライアンスの話になるので、大企業は手を出せない。私たちが成功し、リスク管理などに問題がないと証明されるまでは。だから追いかけてくる相手がいないわけです。

S:普通の不動産テックベンチャーなら、おそらく、出せて3,000万円。でも経費や給与などの運転資金を考えると、純粋なシステム開発に回せる額は1,000万円がいいところではないか。トグルにおいて、その1,000万円に相当する額は、伊藤さん的に、どのくらいですか?

伊藤:3億円くらいです。3億円くらいで検証できればいいかな、というざっくり予算を考えてます。

S:金額の根拠を教えてください。

伊藤:営業利益の1年分、それ以内であればOKという概算です。利益を出すことは当然、大事ですが、それは、目的ではない。だとすれば、稼いだ分ぐらいは実験に使っていいだろうという考えです。

S:ここでいう実験とは?

伊藤:事業検証です。

伊藤:話していて思ったのですが、実験というスタンスをとれているのは、我々の強みでもありますね。

S:どういうことですか?

伊藤:実験というのは、証明されてないことを試すことができるじゃないですか。失敗もできるし挑戦もできる。でも事業において多くは、証明されたものを実践することになります。証明されていれば実験は、いりませんから。つまりは、事業というよりも実験。トグルにおいて初期段階を私は「事業を立てよう」みたいな話で捉えていませんでした。飲食店の事業収支があって、事業計画があって、その計画通りに出店数を増やし、売上を伸ばしていくことを事業だと位置づけるなら。それは、私のやることではない、というか。極端なことを言えば、証明されている事業を自分がやる必要はないと思っています。まだ世の中で証明されてないことをやる。そういう意味で、トグルの事業を私は、実験だと捉えています。

S:証明されてることを自分がやる必要がない。そう思うのには、どんな考えや思いがありそうですか?

伊藤:うーん......。それは、話が結構、飛んでしまうんですが、人類全体で役割分担をしていると考えているからですね。

S:そうだとして、たとえば伊藤さんが担っている役割には、何があるんでしょう?

伊藤:私が思う自分の役割は、人が証明できないことをやる役割です。

伊藤:人類全体から俯瞰ふかんしたとき私は、自分の背中をほかの人に預け、同時に人の背中を預かっていると考えています。

伊藤:裏を返せば私が、ほかの人へ預けている背中、役割には、証明済みの事業を量産したり応用したりすることなどがあります。それを望む人は大勢いると思っていて、むしろ多数派で。

伊藤:彼らに私は、ちゃんと自分の背中を預け、そのお陰で、ほかの人が、やらないことを私は、できる。そういう感じです。

S:背中を預けているし、誰かの背中を預かってもいる。そうした感覚があるんですか?

伊藤:はい。

S:大きな話になりますが、人類のために、伊藤さんは証明されていない事業をしていると?

伊藤:「人類のために」そうした宿命みたいなものから人は逃れられないと思うんです。

S:真理の追究は脇に起きます。伊藤さんの意識は、そこへ向いているということですか?

伊藤:私の感覚としては「自分に埋め込まれてるので、仕方なく付き合ってる」そんな感じです。その前提に立って自分の特異性を理解すると、自らのパフォーマンスやリソース、という意味で高い効果を発揮します。これまでの事業経験から、わかっていることです。人が、人のために生きないような生物だったら人類は、とっくに滅亡してるはずですから。そこからは逃れられないんでしょうね。

S:何が伊藤さんに、そう思わせているんでしょうか?

伊藤:人類が協力体制を築くことができるようになった背景には、私たちの祖先である、ホモ・サピエンスの存在があると考えています。私たちが今日まで繁栄してきた根源的な部分です。そこには「誰かの力になりたい」という思いが根差しているんじゃないでしょうか。栄えたホモ・サピエンスにできて、滅んだネアンデルタール人に、できなかったことでもあります。

S:その思いの連鎖で人類が繁栄したと?

伊藤:私が言いたいのは「自分だけが例外的な存在であるとは言えない」ということです。私もホモ・サピエンスですから。当然、埋め込まれた宿命のようなものがあるなら、逆らうことは、できないんだろうなと理解しています。

S:人が、人のために生きるような、生物としてのさが、みたいなものですかね。

伊藤:近いですね。だったら自分の思考の癖として付き合うしかない。そこで、次のような問いを立てました。「自分が、他の人と違うことをやりたいと思うことをホモ・サピエンス的に捉えると、どういうことなんだろうか」「人類全体にとって私が、他の人と違うことをやりたいと思うことは、なぜ起きてるんだろうか」そうした問いです。そこには役割分担がありそうだ、と。

伊藤:さっきの赤ペンの話のときに言いましたが、彼は彼の立場における役割をまっとうしただけなんです。赤ペンを入れるというのが、あの時点での彼の役割で、当然のこと。でも私たちは、そちら側ではありません。

S:そちら側ではなく伊藤さん側に、あえて呼び名をつけるなら?

伊藤:揺らぎ側ですね。たとえば、アグレッシブな人と保守的な人がいて。アグレッシブな人は、ほかの人たちが見つけることができない、フロンティアを発見するわけです。「ここに見つかったよ」と。そうして、アグレッシブな、揺らぎ側によって人類全体のフロンティアが広がっていくことになります。そう認知すると理解が変わりますよね。相手の言動への理解も違ってくる。この考えかたを落とし込んだのが、トグルの行動指針(現・クレド)です。「正々堂々とする」という言葉が入っているんですけど、それは「間違っていることをしているわけではないので、誰から何を言われても正々堂々と事業をやり続けよう」ということを言っているんですが、その前提には、揺らぎ側の人たちを勇気づけたいという私なりの思いがあります。揺らぎの側は、バグや間違っていることのように言われるので、そうではなく役割であると。「フロンティアを見つける側にいるので、正々堂々としよう」というメッセージを行動指針に込めています。

S:なるほど、間違っていることをしているかのように見えると。

伊藤:でも、そうではなく『揺らぎ』であると。ただし、単に『揺らぎ』と言っても、なかなか人には伝わらないと思っているので、ポジティブな言葉に変換しています。私自身は「どうやら自分の脳は、フロンティアを発見する側に、できあがっている」そういう役割を認識しています。

S:そう認識したのは、いつ頃ですか?

伊藤:いつだったかな...。企業理念の部分にも、その思いを入れていますから、少なく見積もって3年前です。正確には、ちょっと思い出せません。

S:トグルの企業理念ですか?

伊藤:はい。トグルのPurpose(目的)に「不動産領域の最先端をつくる」という言葉を掲げています[(2023年9月時点)。最先端とは、フロンティアで、この言葉は、今の話が背景にあって、そこから生まれたものです。

(つづく、エピソード14へ)

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