6時間の熟慮を「思いつき」と呼ばないで@トグルという物語/エピソード12
※前回のエピソードはコチラ
人工知能の仕組みから飛び込み営業を科学する
伊藤:さきほども話したように、私は自分をメタ認知することをかなり意識的にしています。
S:客観的に自分をとらえることを意識している、ということですよね。
伊藤:そうです。飛び込み営業の場合も同じで、インターホン越しで相手と話しながら「あ、いまの相手のセリフで僕は断られた」「でも会社資料だけ渡してみようと試みる」「渡せた」のようなアクションを一つひとつ、細かい出来事として私は、ジップしています。ジップし、記憶する。それは把握です。飛び込み営業をしたという一連の流れや結果ではなく、そのプロセスの行動一つひとつをブロックごとに記憶してるというか。
S:積み上がるような感じ?
伊藤:積み上がる...うーん。多分、皆さんよりも細かくモーションが区切られているような感じだと思います。だから「なんとなく」が、ないんです。
S:なんとなくがない、とは?
伊藤:「私は訪問先で、こんなことを言われて困り、次の瞬間に玄関を閉められそうになる、その瞬間に断られた」そうして、明確に断られた瞬間を記憶しています。「今日の営業活動は、なんとなく断れ続けました」という認識が、ないんです。
S:その瞬間を客観視(メタ認知)しているということですか?
伊藤:はい。
S:振り返るわけじゃなく、リアルタイムで?
伊藤:そうです。「自分が困っているってことを自覚する、困らないためには会話のスキルが必要だ、おそらく現場メンバーも同じことで断られるだろう」という瞬間の認知です。コンビニの話と同じ話ですね。
S:チャンク、まとまりで、コンビニ店内の行動や感情を記憶している。だから伊藤さんは、どうして自分の飛び込み営業がダメだったのか、時系列でわかる。「ここで断られた」という瞬間を断定できる。そういうことですか。
伊藤:私の場合は、いつどの瞬間に自分の脳が嫌だと感じたかを把握します。「あ、自分の脳が反応した」そう思います。その瞬間に「要スキル、会話」と記憶され、私が認識するのは要件です。「この仕事は会話のスキルが求められるため、会話のオペレーション設計がされていないことは問題である」そうして一つの仮説が生まれます。
S:そういう仕事のやりかたは、誰かに教わったんですか?
伊藤:いや、教わっていません。人工知能(AI)の勉強をしていて気づきました。人工知能のアルゴリズムは閾値で判断されています。猫の画像をAIが「猫である」と把握するときの仕組みを例に挙げます。まずは、猫の画像の分割です。猫の画像なら、仮に一千万の小さな画像、マスに分割します。そのマスの一つひとつの色を「黒」か「白」に分類し、それを「0」か「1」で判別していくんです。そうすると猫の画像は、分割された、一千万個の「0」「1」の分布画像になります。「0」「1」の分布の具合で「この画像は猫である」ことをAIは、判定するということですね。
S:猫の画像にズームインすると、人間の目には「0」「1」のオセロの盤上のように映る?
伊藤:そうです。
S:画像を引いて見ると?
伊藤:猫になっている。それをコンピューターは一千万個の「0」「1」分布パターンとして認識しているわけです。AIの画像認識処理とは、そのような仕組みになっていて、それは「0」と「1」の差、そこを上回ったり下回ったりする、その閾値がキモになります。
S:そこが、人間の感情が動くときにも閾値があるという、飛び込み営業の話に結びつくわけですか。
伊藤:話を我々の業務に戻すと、今日の午前中に私は、飛び込み営業を実践してきました。その体験から、自分という被験者のデータをもとに、飛び込み営業の閾値を仮で設定できたわけです。次は採用活動をします。自分のデータから立てることができるのは、どういうスキルセットの人材を採用すればよいか、という仮説です。この業務フローを徹底的に磨く、設定したハードルの高さを飛び越えては、さらに高く設定するという仕事への向かいかたは、いまのトグルの最重要課題でもあります。
S:業務フローを徹底的に磨く、とは具体的に、どういうイメージですか?
伊藤:タイプによると思います。たとえば、実務家なのか戦略家なのか。
S:戦略家の伊藤さんが業務フローを徹底的に磨く場合は、具体的にどうされるんですか?
伊藤:シンプルに、考え続けるということです。人よりも考えている時間が長いというか、多いことは自覚してます。だいたい、いまは、ひと月に一度くらいの頻度なんですが、明け方の四時から午前十時まで、ベッドで身動きせず、考え続ける、みたいなことが起こるんです。
S:身動きせずに??
伊藤:はい。
S:トイレに行ったり水を飲んだりは?
伊藤:しません。
S:ベッドのなかで五時間、六時間くらい、考えることだけをして過ごすと?
伊藤:そうです。とくに事業がうまく進んでいないとき、あるいは、その逆で、うまく物事が運びそうなときなどの重要な局面で起こります。四度の起業、それぞれの事業経営の経験から「夜に考え続けることでビジネスモデルのようなものが生まれる」ということも、わかっています。
S:とくに重要な局面で、夜中の時間を使って戦略的に伊藤さんは考える。それをもう少し、伊藤さんの言葉で説明してもらえますか?
寝不足とメンバーの混乱を招く、困った特性について
伊藤:何かの要因で、物事が悪化したり良化したりするとして。それが私たちの目に見えるカタチとして表面化するまで、半年くらいの時間が、かかるじゃないですか。たとえば、とても悪意のある社員が、トグルに入社したとします。その人が持っているのは「会社をかき乱してやろう」という悪意です。それを原動力に、頑張って悪事を働いても、この会社を転覆させるためには、たぶん三か月から半年くらいの時間を必要とするでしょう。逆に「良い影響を与えたい」と願って入社しても、その影響が現れるのには、同じように半年くらいは、かかります。仕事の単位というか、会社組織の変化の単位は概ね、三か月から半年であるという仮説です。これが「プロダクトを作って世に出す」みたいな事業単位なら、三年から五年。「社会の文化を変える」「事業が世の中に溶け込む」そういう話なら五年や十年は、かかるだろうと予測しています。そうしたところまでを夜中の時間を使って考え続けるわけです。
S:それを毎月、一度はやっている?
伊藤:重要な局面であればあるほど、ほとんど自然に、一つのアイデアや発想を起点に、考えが続いてしまいます。それで眠れなくなる、ということのほうが、実態に近いですね。
S:無意識に近い?
伊藤:うーん...考えているときに当然、意識はありますが「今日は考えるぞ」などと意識して考え込むわけではない、ということです。
S:何かの条件が整うことで自動的に発動されてしまうというか。思考が続くことの要件らしき何かが、あるんですかね。
伊藤:私の特性の一つだと思っています。
S:さきほど伊藤さんは「重要な局面で起こります」と話しました。細かい話ですが、話の主語が出来事です。考え続けるという出来事が主語であり、主語・主体は自分ではない。感覚的な話ですが「考え続けることを起こしているのは自分である」という主体的な意識が薄いというか、反射のような無意識的な行為であるように思えました。そこに伊藤さんの特性のヒントがあるというか。とても興味深いです。
伊藤:私としては、少し困っている部分でもあります。
S:困るとは?
伊藤:大別して二つあります。一つは、寝不足による体調不良の原因になること。もう一つは、半年後や数年先に起こるであろう出来事、その課題を「今まさに起きている問題」であるかのように私が話すので、メンバーを混乱させてしまうということです。たとえば、私が海外の農場主だとします。山火事のニュースが多い外国で、かりに秋ぐらいに山火事が起こるとして。その兆候は、たとえば緑が生い茂る、その年の四月などの、いわゆる春の時期に現れます。それで私は、翌日に「これは、大変なことになるぞ」と農場のメンバーに話すわけです。「大変だ」と話している時点で私は、前の晩に考え続けています。
熱波による気温の上昇や
ラニーニャ現象の影響など
その他の
さまざまな要因や兆候から
大西洋の
あのあたりで起きている異常気象は
説明がつく
このままだと
今年は大規模な山火事が起こる
今すぐ農場を引っ越さないと
今年の山火事で家畜や作物の全てを失う
伊藤:そういうシミュレーションを夜中に何度も繰り返した結果に「大変だ」と話しています。複数の、引っ越さずに済むシナリオも検討し、それらの最終結果だけを春先に、農場のメンバーへ言ってるようなものです。メンバーからしたら「なぜ?」と。「今日の温度を見たら四十度近くありますが、湿度は五十六度あるんですよ。まったく乾燥していないので、山火事なんか起こらないですよ。去年も一昨年も起こっていません」という反応になるわけです。話を現実に戻します。
伊藤:農場をトグルに、農場主を経営者に、引っ越しを既存事業からの撤退や、新規事業への着手などに置き換えても話は同じです。私の話はメンバーからしたら「なぜ、いまその話を?」と混乱させてしまいます。
S:伊藤さんからすると「いま、そこにあって、対処する問題」であるわけですか?
伊藤:というよりも「いま対処しないほうがよい理由があるなら、それは何か」という問いですね。経営へのインパクトを考えるとき、続けるかどうか、やるかどうかよりも、辞めたインパクト、やらない理由を考えます。
S:以前のドラッカーの話に通じますか?
伊藤:そういうことです。
S:農場の例なら、当日の気温や湿度以外の、もっと複雑な事実、要素から危機を予測するわけですよね。事業の場合も同じで「いま対処しないほうがよい理由は何か」を考えるときの要素が多く、複雑に絡み合っているということなんでしょうか。
伊藤:そうかもしれません。理論から導くので。その必要性を感じさせる予兆が、あるわけです。
S:「これは放っておけないぞ」的な予兆ですか?
伊藤:基本的には、経験から得たものだと思っています。
S:四度の起業、それに伴う事業経験ですか。
伊藤:さらに、その経験から「足りない」と痛感した体験や知識をインプットします。つまりは学習データですね。
S:それらを複合的に考えて、予兆をチャッチする?
伊藤:はい。
S:感覚的な話ですが、そこにセンサーみたいなものはありますか?
伊藤:ありますね。
S:「予兆センサーは、こういう瞬間に働く」そんな感覚は?
伊藤:それでいうと、つねに、です。
S:センサーは、ずっと稼働している感じ?
伊藤:(かなりハッキリと、力強く)そうですね。
S:話を聴いていて思ったんですが、伊藤さんは、自宅とオフィスのあいだで必ず公園を通るようにしています。それは「注意を向けないで済む行動をしよう」と意識した工夫であり、センサーの休息なのではないか。そう尋ねられて、どのくらいの違和感がありますか?
伊藤:ああ、確かにそうかもしれませんね。
S:予兆センサーは、つねに働き続けていて、取得する情報量は多い。それをもとに夜中、さらに集中して六時間も休まずに考え続ける。そうしたことを繰り返していれば、予兆として何かに気が付く、みたいな頻度も高まりそう。ゼロの発見にも通じるメカニズムというか。
伊藤:何かに気付く、みたいな話でいうと、メンバーとのやり取りで象徴的な出来事がありました。
無駄な仕事のはじまりに、ピンとくる
伊藤:「事務作業が大変だね」ということで、事務の人を雇ったんです。トグルには、飛び込み営業のメンバーが物件写真をレポートにして、Slack(ビジネスチャットツール)に投稿するという、決まりがあります。営業日報も兼ねた運用です。「そのレポートの管理をしないといけない」という話になりました。方法は、Dropbox(オンラインストレージサービス)に保管するというものです。全部のレポートを保管する作業をやりましょう、それをまとめようという話になって、事務の人が投稿を一日中、チェックするという業務指示が「この仕事をお願いします」という言葉で、Slackに流れてきたんですね。この瞬間に私は、ピンときて。
この仕事は
事務の人がいるから
生まれた仕事である
伊藤:という具合に。わかりますか?
S:この仕事とは、投稿を一日中チェックするという事務仕事のこと?
伊藤:そうです。「事務作業が大変だね」の発端は「営業メンバーからの写真の投稿、レポート作成が徹底されていない」という話です。この話のなかでは、写真やレポートといったデータ、情報の価値が見逃されています。
S:情報の価値とは?
伊藤:そのレポートにある写真のほとんどは、駐車場であったり、コンクリートのビルが建っていたりします。それはつまり「現地に行きましたが、飛び込み営業の対象地では、ありませんでした」という情報です。この場合、トグルにとっては価値がない情報、データなんです。投稿の九百九十九回は、無駄で、価値がありません。これが毎月、四千件ほど生まれます。結構な数です。つまり「投稿(レポート)を一日中チェックするという事務仕事」とは「結構な数の価値のないデータをちゃんと管理しよう」そう言っているのと同義です。これを聞いたときに私は「隣に手が空いた人がいるから、お願いしちゃった仕事なのではないか」そう感じました。実際に私が指摘したら「その通りです、すいませんでした」みたいな話に落ち着いて。たった二行の文章でした。「これこれこういう仕事お願いします」という二行の言葉にピンと来るわけです。
S:何か、おかしいと?
伊藤:この場合は「無駄な仕事の始まりではないか」と、ピンとくるわけです。組織に人が増えると、仕事を無意識的に他のメンバーへ投げるということが起こります。「無意識に」が続けば「さらにもう一人、事務員さんを増やさないといけないね」という話になり、キリがありません。
S:投稿されたレポート、写真が「飛び込み営業の対象地でした」という場合もある?
伊藤:もちろんあります。頻度にしたら千回に一度くらいです。
S:千回に一度くらいの出来事に、一般人の想像を遥かに超える価値があり、それが以前から伊藤さんが話している、”お宝”なわけですよね?
伊藤:そうです。
S:なるほど。事務仕事の件に話を戻すと伊藤さんは、無駄な仕事の始まりではないか、という予兆センサーが働いたわけですね。
伊藤:そもそも、飛び込み営業の対象地として成り立たない可能性が高いわけで、無に帰す回数は圧倒的に多いのです。一件も(土地を)買うことができなかったら、すべてが無になる。全部が、ゴミになるというか。それを効率的に管理しても仕方ありません。やはりドラッカーの本からの学びですが「この仕事は本当に必要なのか」「この仕事がないと成り立たないのか」という問いの重要性を感じます。
(つづく、エピソード13へ)
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