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若者のすべてのそうめん

「真夏のピークが去った
天気予報士がテレビで言ってた」

毎年この頃になると頭に浮かぶあのフレーズ。
気づけば今年ももうそんな時期にさしかかっていた。

そういやすっかり蝉の声も聞こえない。
日暮れには秋の気配が匂いつつある。

だがどうかね。
2021、コロナ禍真っ只中。
暑さはいくらかやわらいだとて、
きみ、はたして真夏のピークは去ったかね。
というか、真夏のピークはあったかね。

楽しみな予定は軒並み中止か延期。
下手に外にも出れず、
ただただ職場と家を往復する毎日。

次第に自炊も面倒になり、
コンビニ飯の増える生活。
気持ちぽっちゃりしてきたお腹を、
引き締めなきゃって理由も見当たらない。

あれひょっとしてこれ、
このまま行っちゃう感じ?
待って。もうちょい待って夏。

どこにも行けないのは仕方ない。
このヤバイ事態にあって、
キラッキラの夏☆しちゃいたいとは思わない。

ただせめて食卓の上だけは。
食卓の上だけは、浴衣でお祭りに出かけるような気持ちでいさせてくれんか、2021夏。

仕事帰り、久々に寄るスーパー。
カゴに放り込む名残りの夏野菜たち。

気づけば私はキッチンに立ち、
夏の匂いを刻みつけるように、
ひたすらにキュウリやらオクラやらを細かく刻みまくっていた。

てなわけで今回は「若者のすべてのそうめん」のご紹介である。

夏らしい食べ物。
スイカ、鰻、かき氷など言い出せばキリがないが、
最も夏に食べたい食べ物としては、
私は「山形のだし」を推したい。

様々な夏野菜と薬味を細かく刻み、
粘りのある昆布を加え、あっさりとした醤油味に仕上げる。

ごはんにかけても、麺類にかけても、
冷奴や、はたまた茹でた肉などにかけても。
その細かさと粘りで全てを包み込み、
あらゆる食品を飲み物に変える。
そして口腔から胃袋へとノンストップで流れ込む夏の香り。
ひとたび山形のだしをかければ、
この世のすべては川のせせらぎ。
万物みなが三ツ矢サイダー。
そんな食べ物である。

そして、もしそれを、
そうめんにかけたとしたら、どうなるか。

みなさんご存知、
プレーン状態ですでに川のせせらぎ
もともとが三ツ矢サイダーの
あの、そうめんにである。

おまけにお皿に、ちょっといい感じの、
買ってきた氷まであしらった日にゃ、きみ。

真夏のピークが去った?
否。今まさに眼前に、
この皿の上にあるではないか、夏。

私はそれを口いっぱいにすすり込み、目を閉じた。


風が吹いた。蝉が鳴いていた。

ばあちゃん家の裏山の、小川がキラキラと流れていた。

ああ、まさしくあの味だ。

あの、ほれ、夏の。キラキラの小川の。

川のっちゅうか、ほれ、あの、水の。

水の味。
まさしくあの、あれ。水の味。



そう。かっこつけて氷なんか乗せたせいで、
味、薄まりまくっちゃったのよね。うふふ。



しかも平らなお皿に盛ったりしたもんで、
もう全体的にびっちゃびちゃ。

上にのっけた山形のだしなどなんのその、圧倒的水味。
こりゃ仕方あるめえってんで、
めんつゆなんかかけちゃったりして。

食べ進めるにつれてさらに氷も溶け、
薄まる味、足すめんつゆ。
薄まる味、足すめんつゆ。

あの刻んでいた夏野菜たちは、夏が見せた幻だったのか。
食べ終わる頃にはこれもはや、
ほぼただの「めんつゆをかけたそうめん」なのであった。
まったくもっててへぺろである。


てなわけで、今回は「若者のすべてのそうめん」のご紹介でした。

まああれよ。いいじゃないか。
つかまえそこねた夏の終わりに、
焦ってじたばた馬鹿やってみるのも。

これが今年の真夏のピーク。
今夏の私の若者のすべて。

かっこつけて、思惑はずれてずっこける。
それが、思えば10代の頃から変わらない
若者の季節の、風物詩みたいなもんなんじゃなかろうか。
あと何年これやれるんだろうなと思う。

ヤバイ時代は続くけれど、みんな元気に過ごして、
たまに水の味のそうめん食って笑ったりしててくれたらいいなー。

知らない食材を買ったり、知らない美味しいものを食べたりしております。ありがとうございます。