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Dry your tears, dry the meat.

2020年に書きかけてた文が発掘されたので、
いささか照れながらも完成させちゃいました。
当時の空気感と今の空気感。
軽やかさの違いが歴然。びっくりいたした。
私もちょっとは大人になったってことでしょうか。

以下、2020年春〜夏ごろのお話です。



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緊急事態宣言がひとまず明け、世間は少しずつ「コロナ後の生活」に向かっていこうとしている。
みんな調子はどうだ。気分は落ちてないか。
私はというと、この数か月、てきめんに落ち込んでいた。まったくもっててへぺろである。

2月に大阪のライブハウスでクラスターが発生して以来、ライブの現場は大変な状況だった。目の敵のように報道され、楽器を持って出歩けば怒鳴りつけられ。
イベントは開催できず、皆の仕事は激減。
そんな中、別の仕事で生計を立てながらバンド活動をしていた私は、毎日ひたすらに働き続けていた。
コロナの影響をうけ、家庭の事情などで出勤できなくなる人が相次いだため、逆に普段よりはるかに忙しくなった。
ネット上にはライブの延期や中止のお知らせが並び、それぞれのファン達の悲しむ声があふれた。
自分たちのライブ予定もすべて白紙になり、練習スタジオも休業。
働いて、疲れ切って帰宅し、翌日の仕事のためにただ休む。
10代でバンドを始めて以来、そんな生活は初めてだったかもしれない。

「仕事があるだけありがたい。」そう口に出してみる。
途端に、砂漠に放り出されたような気分になる。
贅沢だと思うだろうか。
なるべく頑張るから、その分だけは贅沢を言わせてくれないか。
人には生きがいが必要だ。それは、絶対に必要だ。

ネットを開けばまた延期、延期、中止、中止。
自分たちの音楽を生きがいの一つにしてくれている皆の悲しむ声は、なおさらに堪えた。
どうにかその声に応えたいと思った。
携帯が鳴った。
届いたメールを開けば、7月に出演予定だったライブの中止のお知らせだった。

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ライブのない生活がこんなに退屈だとは。
皆も思っただろうし、私も思った。
我々ミュージシャンにとってもライブは生きがいだし、大抵の場合、それは唯一といっていいほど大きなものだ。
例えば、大量のグッズやCDで部屋を埋め尽くした唯一の推しのアイドルが急にいなくなったら、ファンの彼はどうなるか。

って、例えてはみたが、すまん、どうなるの? いまいち知らんかった。面目ない。
失恋のようなもので、のりこえかたは人によるのだろうか。
忘れるために新たな推しを求める人もいれば、ずっと引きずり続ける人もいるだろう。

それならまだいいが、何も考えられず、
ただただ呆然と虚無にのまれる人もいるかもしれない。
ライブという推しを失った私は、まさにそのタイプだった。

ライブはないが仕事はある。
マスクはないが外出の必要はある。
余裕はないが日々暗いニュースはある。

暮らしを保つ以外に何も生み出せない毎日。
崩れていくアイデンティティー。
このままじゃいけないと思いながら、なぜだか仕事の時間以外はベッドの上から動けなかった。
これ今思うと、まあまあしっかり病んでおったな。
ぼんやりとYouTubeの関連動画をたどって、iPhoneのカレンダーが進む。
4月7日、日本全国に緊急事態宣言が発令された。

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将来の夢、YouTuber。
今の小学生の夢ランキング一位らしい。

わかりみ。まったくもってわかりみである。

まあまあに病んでベッドの上で暮らす私を退屈と孤独から救ってくれたのは、
iPhoneの画面の中、魚を釣りまくり、武道の達人を紹介しまくり、錆びた包丁を研ぎまくるYouTuber達だった。
それはまるっきり、少年時代に私が出会ったロックバンド達と同じ存在だった。
元々料理好きだった私はとりわけ、料理系のチャンネルにハマった。

パラッパラのチャーハン。
スパイスから作る本格カレー。
豚の角煮やカオマンガイ。
完璧にわかりやすくまとめられた調理手順。

動画の通りに作るだけで、いともたやすくおいしいものができた。
いくつも見漁るうちに、あるイタリアンのシェフのファンになり、
毎日そのシェフのレシピのパスタを作りまくった。
今までなんとなく作っていたぺぺロンチーノが、トマトソースが、ボロネーゼが。
簡単なポイントをおさえるだけで見違えるように美味しくなった。

ただ、さすがはイタリアンのシェフ。
動画の冒頭から、当然あるよね?ぐらいの感じで
「今回の材料はまずパンチェッタ」
みたいに言ってきおるのである。
イタリアの豚バラ肉の塩漬け、パンチェッタ。
シェフよ。
パンチェッタは、そう簡単に手に入らんよシェフよ。
近所のスーパーにはまずない。
ネットで買おうにも家で使うにはサイズがデカすぎる。
小さいやつを見つけても、送料を考えればあまりに割高すぎる。
でも作りたいじゃない。本格カルボナーラ。
だって他にいまおれ、なにも作れないじゃない。
だから、せめてこれぐらいは。
これぐらいはなんとかなりませんか。

簡単に手に入らないのなら。
いっそ、この手で作れないか、パンチェッタ。
ライブでみんなの感動とかは作れないけれど、
この手で作れはしないか、パンチェッタ。

もちろんやったことはない。
作り方も知らない。
だが方法はある。私は知っている。

どうするか。そう、YouTubeで検索するのである。
「パンチェッタ 手作り」
たちまち無数の動画があらわれる。
将来の夢、YouTuber。
わかりみ。まったくもってわかりみである。

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「角煮でもすんの?」
「いえ、パンチェッタを。」
「ええ!オシャレやな!うまくできたら教えてな!」

肉屋のおっちゃんも思わずびっくり。
作ると決めてしまえば、そんなリアクションもなんだか嬉しい。
大きめの豚バラブロックを仕入れた私は、動画で見た通り、それをフォークで刺しまくった。塩漬けにした。数日後に塩抜きをした。
そして冷蔵庫の中で数週間、じっくりじっくり乾燥させた。

相変わらずライブはない。仕事は忙しい。
世間の空気は暗い。コロナ禍の終わりは見えない。
働いて家に帰る。明日のために眠る。
それだけの暮らし。
それでも冷蔵庫を開ければ、そこに肉が乾いている。
起きて仕事に向かう。疲れ果てて帰る。
冷蔵庫を開ければ、そこに肉が乾いている。
昨日よりも、少し乾いている。
また仕事に向かう。疲れ果てて帰る。
冷蔵庫を開ければ、そこに肉が乾いている。

一昨年よりも、昨日よりも、
また少し乾いている。


潤ってはいないか。
肉が乾くにつれて。
私のなにかが、潤ってはいないか。

馬鹿らしいと思うだろうか。
んなことは私がいちばん思っている。
だが、人には生きがいが必要だ。それは、絶対に必要だ。

今やなにも作れない自分に、作れちゃっているのだ。パンチェッタが。
いやいや、曲でも作らんかい。
わかる。わかるけれど。
いまは、なにも考えずに、美味しいものだけ作っちゃだめだろうか。
作れちゃうんだ。それなら今の自分にも。

おっと、泣くんじゃないぜ。
パンチェッタに湿っぽさは大敵さ。
ドライ・ユア・ティアーズ。
そしてドライ・ザ・ミート。
ここまでくればもう完成は目の前だぜ。


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2022年1月。

相も変わらずコロナ禍真っ只中。
まさかこんなに続くとは思わんかったよね。
みんな調子はどうだ。気分は落ちてないか。
私はというと、ここ最近すっかり元気になっちゃって、なんていうか、
ちょっと照れちゃいますよね。

趣味の料理は続きすぎて、
なんと最近お料理屋さんに転職。
相変わらず忙しい毎日ではあるが、
バンドと料理の二足の草鞋でバタバタと楽しく駆けまわっている。
時短や制限はあれど、ようやくライブもできるようになったし、
先日ついにお店を間借りして、料理を出すイベントなどやってしまった。

メニューは出汁ベースのチキンカレー。
いや本格カルボナーラちゃうんかい。ふはは。
お店で出すとなると、家庭の環境で熟成させたお肉はさすがに不安よね。

コロナ禍も早2年。
それがおさまったって、これからもたぶん色々あるでしょう。

世の流れはぐるぐる移り変わる。
どうしたって否応なく翻弄される。

だったらこれ、好きなことをやるしかないんじゃないか。
いま出来ることをやるしかないんじゃないか。

なんだかこの2年で、好きなことをやって暮らすことに、腹がくくれちゃった感がある。
そう、なんせ私、その気になればパンチェッタだって作れちゃう男。
曲もようやくまた出来るようになってきたし、
この調子で楽しく頑張って、
いつかは私も夢のYouTuberに。
ちがうか。
でもほんと確かに、
あの存在には憧れてはしまうよね。
わかりみわかりみ。

てなわけでみなさんも、もしどーんと落ち込むことがあったら、
YouTubeなんかで作り方を検索して、
でかい塊肉を乾かしてみるとよいと思う。

ドライ・ユア・ティアーズ。
そしてドライ・ザ・ミート。
そう。パンチェッタに湿っぽさは大敵さ。

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