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キャンプ

駒出池キャンプ場は、八ヶ岳の北東に位置する、標高1285mの自然豊かなキャンプ場だ。真夏というのにヒンヤリと澄んだ空気。白樺に恵まれた静かなサイト。腐葉土の合間にせせらぎが聞こえる。


自宅から約2時半強。少し遠いが、久しぶりのテント泊にペグを打つ音も軽やかだ。フカフカの腐葉土の上にグランドシートを敷き、テントの前にリビングタープを設営。テーブルにクロスをかけ椅子を並べた妻が、がまんできずにワインの栓を抜いた。山の日没は早く、いつの間にか薄暗くなり始めたキャンプ場に、ぽつりぽつりランタンの灯がともりはじめる。ランタンの灯が家族の笑顔を照らし、グラスのワインが美しい。好物のチェダーチーズに手を伸ばすと、小学6年生になった息子と中学3年生の娘が薪をならべ、焚火をはじめた。


せっかくのキャンプだったが、出発前から天気予報は芳しくなく、テント設営直後から少しずつ降り始めた雨は次第に勢いを増し、夕食後から本降りになっていた。楽しい食後の焚火を終え、家族がすっかり寝静まったころ、酒のせいかトイレに立った。
豪雨のなかテントに戻り、寝袋へ身体を滑り込ませ、ふと天井を見上げた。


緊急事態だ。


テント縫い目に施された防水シールが浮き始めている。降水量が耐水スペックを上回ってしまったのだ。雨脚は弱まる気配を見せず、このままでは朝まで持ちそうにない。雨漏りを防ぐには、テントの上にタープをもう一張り設営する必要がある。
しかし、万全のつもりだった装備には、雨対策のタープが一張足らなかった。


リビングタープをテントの上に被せるしかない。


騒動に息子が目を覚まし、オレもやる、と着替えはじめた。
夏とはいえ、深夜、山奥のどしゃ降りのなかで作業が長引けば、低体温の危険を伴う。最短時間で作業を終える必要があった。外は真っ暗で、会話もできないほどの降雨音。
息子と作業の手順を何回も反芻しシュミレーションすると、意を決してテントの外へ飛び出した。レインウェアの顔に雨が容赦なく打ち付け、息をするのもやっとだ。手順通りに二手に分かれ、ロープをゆるめ、テントから遠いペグだけを抜き、反対側へ打ち付ける。更にリビングタープを移動してすっぽりテントへかぶせ、固定した。

息子のおかげで移設は素早く終わり、それでもずぶ濡れの二人は、逃げるようにテント内へ。濡れた服を脱ぎタオルで入念に全身を拭き、寝巻を着て寝袋へもぐりこんだ。


これで大丈夫なはずだ。

しかし、打ち付ける雨音が不安をあおり、眠ることはできなかった。雨脚が落ち着きはじめたのは結局、夜が明けてからだった。さっそく、表へ出て状況を確認してまわる。


なんとか、持ちこたえたようだ。

ひと廻りして戻ると、妻も眠れなかったのだろう、コーヒーを淹れてくれていた。緊迫した一夜を無事に過ごし、ほっと一息。ようやく体の力が抜けた。

屋根のなくなったリビングで、コーヒーを飲みながら濡れたテーブルを拭いていると、娘が大きなあくびで、ひょっこりテントから顔をだした。


「お父さん、おはよ。」
「おはよう。よく眠れた?」
「うん!気持ちよかった~。 あれ? なんでココのタープ無いの?」
「!!!!!!」


どうやら、娘は我が家で一番の大物のようだ。

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