見出し画像

「時給」で見るか?「月給」で見るか?~賃金データの観察にご注意を

 少し前の日本経済新聞朝刊に興味深い記事が出てました。時間当たりで見ると日本の賃金は過去10年間で12%も増えているというものです。日本の賃金はこれまであまり上がっていなかったという論説がよく見られる中で、面白い視点だと思います。ただ、雇用形態に関わらず、賃金全体を「時給」で観察することは妥当なのでしょうか?

パートタイム労働者では「時給」の伸びに注目するのが一般的

 この記事は、「毎月勤労統計調査」(厚生労働省)のデータを基に書かれています。この調査では、調査対象の事業所における常用労働者を対象に雇用、賃金、労働時間を毎月調べています。常用労働者は以下のいずれかに該当する者であり、日雇のような不安定な雇用は対象になっていません。これは記事中に登場する「労働力調査」(総務省統計局)と違う点です。

・期間を定めずに雇われている者
・1ヵ月以上の期間を定めて雇われている者

 また、「毎月勤労統計調査」では以下に該当する常用労働者をパートタイム労働者と称し、それ以外の常用労働者を一般労働者と呼んでいます。

・1日の所定労働時間が一般の労働者より短い者
・1日の所定労働時間が一般の労働者と同じで1週の所定労働日数が一般の労働者よりも少ない者

 このうち、パートタイム労働者の賃金については「時給」で観察するのが一般的であり、「毎月勤労統計調査」でも公表資料の冒頭で時間当たり給与額や過去の変動も示されています。パートやアルバイトの募集では時給が示され、それを見て応募するのが一般的ですから当然でしょう。ただし、公表資料の時間当たり給与は、「所定内給与額÷所定内労働時間」で定義されており、時間外手当やボーナスは含んでいません。

労働市場のひっ迫を受け、「時給」の上昇はパートタイム労働者で著しい

 そこで、「所定内給与額÷所定内労働時間」という定義で、記事にある常用労働者全体だけでなく、一般労働者、パートタイム労働者の「時給」の推移を確認してみましょう。記事が過去10年間の動きに注目しているので2012年=100の指数に変換してグラフ化しています。
 一見してパートタイム労働者の時給が2012年を境に上昇率を高めていることがわかります。2012年を100とすると2022年は120.7と10年間で2割も増えているのです。ただ、これはかねて労働経済学の先生方がおっしゃっているように、労働市場のひっ迫による賃金上昇圧力が、長期安定雇用のいわゆる正社員よりパートタイム労働者の賃金に影響しやすいことを示しているといえるでしょう。だから、コロナ禍後は時給の上昇が若干緩やかになっているのだと思います。

一般労働者の「時給」上昇は、コロナ禍での休業の影響も

 一般労働者の時給は、2012年を100とすると2022年は110.7です。パートタイム労働者より遅れて2018年あたりから上昇が顕著になり、過去10年で1割増えてます。
 上記の図では、時間当たり所定内賃金を所定内給与額÷所定内労働時間で定義してますので、時間当たり所定内賃金の前年比は、所定内給与額の前年比から所定内労働時間の前年比を引いたものに近似できます。この関係を利用して、2013年以降の各年の一般労働者の時間当たり所定内賃金の前年比を要因分解したのが下記の図です。
 上昇が顕著になった2018年は所定内給与のプラス寄与(月給アップ)と所定内労働時間の減少(時間当たり所定内給与にプラス寄与)が組み合わさり、2019年はさらに2つのプラス寄与の合計が高まりました。「平成4年版 労働経済の分析」の66頁では、この背景を「「働き方改革」の取組の進展等」と指摘しています。記事も働き方改革の効果を指摘してますよね。記事中の渡辺努教授が指摘している「実質賃上げ」だったのかもしれません。
 ただ、2020年は、コロナ禍での休業などの影響が大きいのではないでしょうか?。所定内給与は若干減少し、所定内労働時間の減少だけが時給を押し上げています。だから、コロナ禍の影響が少し緩んだ2021年は所定内労働時間が減った(時間当たり所定内給与にはマイナス寄与)ことで時給が減少したのです。なんか変ですよね?
 やはり、一般労働者の賃金は、時給ではなく月給で観察するのがふさわしいのではないかと私は考えます。

今年4月以降の一般労働者の「月給」とパート労働者の「時給」の上昇率に注目したい

 さて、2022年の一般労働者の所定内給与は前年比1.3%増となり、久しぶりの上昇率になりました。実は所定内給与の上昇率が1%台に乗るのは2000年以来なのです。この賃上げ傾向が、今春の春闘を境に本格化していくかどうかに注目したいですね。
 また、2022年のパート労働者の「時給」上昇率は1.6%にとどまりましたが、2023年1月分の速報では3.1%まで上昇が加速しています。こちらも上昇ペースが維持、加速することを期待したいです。

※2023年5月23日追記:
 厚生労働省がホームページに掲載している時系列データによると、一般労働者の所定内給与の前年比上昇率は2018年にも1.0%となっていました。ただ、2018年の賃金指数99.5と2017年の賃金指数98.6から伸び率を計算すると、0.9127789…%なので微妙な1%乗せともいえます。

#日経COMEMO #NIKKEI

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?