毎月勤労統計、名目賃金の遡及改訂を

 毎月勤労統計の問題に関して、国会で論戦が続いている。しかし、与野党の議論は全くかみ合っていない。それを象徴するのが、本日の日経朝刊の経済面の「18年実質賃金かさ上げ 不適切統計問題 ー実態は非正規増え、下落圧力」という記事である。

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190207&ng=DGKKZO40975120W9A200C1EE8000

 この記事では、与党が重視する総雇用者所得と、野党が重視する実質賃金を比較している。しかし、これは本来、比較してはいけないデータである。こうした比較が行われてしまうのも、毎月勤労統計の本系列の遡及改訂、ベンチマーク要因を取り除いた遡及、が行われていないためだと私は考えている。

 総雇用者所得は、「月例経済報告」向けに算出されているものである。四半期に1度しか公表されないGDP統計(国民経済計算)の雇用者報酬の動向を月次で観察するため、「毎月勤労統計」の名目賃金と、「労働力調査」における雇用者数を掛け合わせて算出している。算出の際、名目賃金にはベンチマーク要因により伸び率が高めになっている部分を取り除く調整が行われている。総雇用者所得の備考欄には、下記のように書かれている。

毎月勤労統計の再集計値に基づく総雇用者所得の前年比の推計にあたっては、2018年1月以降は、一人当たり名目賃金(現金給与総額)の再集計値を用いている。2016年1月から2017年12月は、一人当たり名目賃金(現金給与総額)の再集計値を、内閣府「国民経済計算」における雇用者報酬の調整方法(注)にならい調整を行った系列を用いている。

 つまり、総雇用者所得の算出に用いられている名目賃金は、私たちが「毎月勤労統計調査」で本系列として観察しているデータと異なるのである。参考までに、雇用者報酬を「労働力調査」における雇用者数で割ったものと、「毎月勤労統計調査」の本系列を比較すると、2018年に入ってからは本系列の方が伸びが過大になっていることがわかる(なお、2017年以前は、より詳細なデータを用いた年次推計であるので単純に比較できない)。

 これに対して、野党が重視している実質賃金は、同一事業所同士を比較する参考系列から物価上昇率を引いたものである。ベンチマーク要因は含まれていないが、調査対象全部を比較したものではない。

 本来であれば、「毎月勤労統計調査」の名目賃金について、ベンチマーク要因を取り除く修正を行うべきなのである。そうすれば、物価上昇率と賃金上昇率のどちらが高いのかという議論を、与野党が同じ土台でできる。

 しかし、2018年9月28日の統計委員会で配布された下記のリンクの資料の12ページにあるように、ベンチマークの調整は行わなかった。そのうえで、GDP統計の雇用者報酬の推計に用いる際は、ベンチマークの調整を行うことを決めたのである。

「毎月勤労統計」では、標本交替やウエイト更新時に、新旧指数をそのまま接続しているため、賃金水準やその変化率に一定の断層が生じている。この点に関して統計委員会は「『労働者全体の賃金の水準は本系列、景気指標としての賃金変化率は共通事業所を重視していく』ことが適切」としているところ。

http://www.soumu.go.jp/main_content/000576510.pdf

 誰がどういう理由でこのような判断を行ったのかはわからない。今からでも遅くない。本系列の前年同月比伸び率におけるベンチマークの影響を取り除き、それに基づく実質賃金も公開して、与野党がかみ合う議論ができるようにしてもらいたいものである。冒頭の日経の記事もそこまで踏み込んで書いていただきたかった。

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