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法人企業統計に基づく労働分配率、基準を揃えて議論しましょう!

 少し前の記事ですが、3月5日の日経朝刊に興味深い記事が出ていました。4日に公表された「法人企業統計調査」の2023年10~12月期の結果を踏まえた記事で、中小企業(記事では、資本金1000万円~1億円の企業と定義)の労働分配率が低下し、賃上げ余力が高まっているというものです。
 記事では、「中小企業の労働分配率は直近4四半期の移動平均で70.7%と、前年同期から1.4ポイント低下」と書いてます。ここで言う直近四半期は、2023年1~3月期から2023年10~12月期の平均と思われます。
 一方で記事は、「資本金1000万円未満の零細企業は特に厳しい。データのある22年度の分配率は84.6%と高い」とも書いています。22年度は2022年4月~2023年3月です。時点が1年ほどずれているだけで、中小企業と零細企業の労働分配率はこんなに離れてましたっけ? しかも、大企業の労働分配率は40%を切っている!
 どうやら、記事では2種類の労働分配率の定義がごっちゃに使われているようです。日経さん、気を付けて~。以下、説明していきましょう。

資本金1000万円未満は、法人企業統計調査の「年次別結果」

 法人企業統計調査には、3月4日に公表された四半期ごとに公表される「四半期別結果」(以下、季報)と、毎年9月ごろに公表される「年次別結果」(以下、年報)があります。この2つの調査は、調査対象が異なります。年報は資本金1000万円以上の企業が対象であるのに対し、季報は資本金1000万円未満の企業も調査対象といなっています。
 また、季報は企業の経常利益までしか調査していないのに対し、年報では当期純利益、配当、内部留保などより詳細なデータも調査されています。
 そして、年報では、「付加価値」も示されており、人件費を付加価値で割ったものが労働分配率とよく見なされます。例えば、以下の資料の5ページ目。

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/kaigi/dai3/shiryou1.pdf

 日経の記事で84.6%と書いているのは、2022年度の年報の資本金1000万円未満の企業の人件費を付加価値で割ったものと数字が一致します。

 なお、日経の記事では明示されてませんが、全産業から金融、保険業を除いたベースで、資本金別の数値を見ていると思われます。以下、全産業としているのはすべて金融、保険業を除くベースです。

中小企業の労働分配率は2022年度の年報では77.3%

 この付加価値は以下の5項目の合計として計算されます(カッコ内は2022年度の全産業全規模の実績)

人件費(214兆4,447億円)
支払利息等(7兆1664億円)
動産・不動産賃借料(29兆3464億円)
租税公課(10兆8576億円)
営業純益(56兆986億円)

 上記の営業純益は、営業利益から支払利息を差し引いたものとして定義されていますので、人件費+動産・不動産賃借料+租税公課+営業利益の4項目の合計とみなしても良いでしょう。
 全産業全規模ベースの2022年度の労働分配率は67.5%。記事が注目している資本金1000万円以上1億円未満は77.3%です。2020年度にかけて上昇したところから比べれば下がっていますが、直近で最も低かった2017年度の74.2%に比べるとまだ高いです。
 資本金10億円以上は低下傾向がはっきり見えますが5割は切っていませんね。

季報のデータを用いて、人件費÷(人件費+営業利益)を算出すると…

 日経の記事は労働分配率の計算について「労働分配率は経常利益や人件費、減価償却費、支払利息などの合計を分母におき、人件費を分子にして計算する」と書いてます。「など」と書いてますが、以下検証したように、人件費÷(人件費+経常利益+支払利息+減価償却費)で、法人企業統計の労働分配率を計算し、後方4期移動平均しているようです。
 いずれにしても、一見して、年報の付加価値とは異なることがわかりますね。
 そこで、年報になるべく近い方法で、季報で得られるデータを用いて記事と同じようなグラフ(労働分配率は後方4四半期移動平均)を描いてみました。具体的には、人件費を分子に、人件費と営業利益の合計を分母にして計算しました。

ちなみに、2022年度の「年次別結果」の全産業全規模のデータで、人件費÷(人件費+営業利益)を算出すると77.2%となります。分母が小さくなるため、5ポイントほど高くなります。

中小企業に相当する資本金1000万円以上1億円未満は直近でも横ばい圏内の推移です。2023年10~12月期でも83.4%で、コロナ禍直前の2019年10~12月期の82.3%より若干高い状況です。一方、はっきりと低下しているのは大企業に相当する資本金10億円の企業です。2023年10~12月期で56.1%ですが、コロナ禍直前の61.8%に比べて5.7ポイントも低下しています。大企業の春闘で満額回答が多く出ているのもうなづけますね。
 なお、日経記事の方法で労働分配率を算出すると、資本金1000万円以上1億円未満の2023年10~12月期の値は70.7%と、記事中の数値と一致しました。資本金1億円以上10億円未満は61.4%、資本金10億円以上は38.8%となりました。

海外で挙げた収益の行方をどう考えるか

 日経記事の労働分配率と、法人企業統計年報や私が試算した労働分配率の違いは、減価償却費を含むかどうか、営業利益を使うか経常利益を使うか、が主な違いかと思います。このうち減価償却費については、下記のコラムで書かせていただいた、国民総所得(GNI)を分母にするか、国民所得(NI)を分母にするかという考え方の違いと思います。

 一方、営業利益か経常利益かは、海外で挙げた収益のどう分配するかという考え方に依存するのではないでしょうか?
 営業利益と経常利益には以下の関係があります。法人企業統計は、国内の単独決算を集計していますので、営業外収益には国内だけでなく海外子会社からの配当金なども含まれていると思います。

経常利益=営業利益+営業外収益-営業外費用
営業外収益=受取利息等+その他の営業外収益
営業外費用=支払利息等+その他の営業外費用

 そして、営業利益と経常利益の差は年々拡大しています。下の図は法人企業統計年報ベースの推移ですが、青い棒グラフの営業利益は2022年度(63.3兆円)でもコロナ禍前の2018年度(67.7兆円)を回復していないのに対し、経常利益(青い棒グラフ+灰色の棒グラフ)は2021年度(83.9兆円)において2018年度に追いつき、2022年度(95.3兆円)にははっきりと上回っています。

 そもそも、基準を揃えて議論するのが前提ですが(日経さん、頼みますよ!)、経常利益をベースにするのか、営業利益をベースにするのかは、改めて考える必要もありそうですね。

経常利益が過大というエコノミストからの指摘も

 最後におまけ。第一生命経済研究所の主任エコノミストの星野さんの分析によると、法人企業統計の経常利益は二重計上のために実勢より過大になっている可能性もあるようです。労働分配率の計算上では過小になりますね。

#日経COMEMO #NIKKEI


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