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「日本の労働分配率は低い」ってホント?

 日経朝刊の連載記事「物価を考える」。本日(16日)は「好循環の胎動(4)賃上げ、事業変革の好機 萎縮ならデフレ逆戻り」でした。毎回興味深く拝読していますが、本日のグラフ「日本の労働分配率は低い」は、ミスリーディングじゃないですかね?


別の労働分配率では、日本はむしろ高め

 記事のグラフは、「データブック国際労働比較2023」(労働政策研究・研修機構)の47頁に掲載されている「労働分配率」から4ヵ国のデータをピックアップして作成しています。
 このページには2種類の労働分配率が掲載されています。
 1つは、記事が引用した雇用者報酬÷国民総所得×100で算出したもの。雇用者報酬は、日本を拠点として働く労働者のすべての賃金を合計したもの。国民総所得は、国内で生み出された付加価値である国内総生産に、海外からの利子配当収入などである海外からの所得の受取を加え、日本から海外への利子配当収入などである海外への所得の支払いを差し引いたものである。いわば、日本全体で稼いだ儲けのうち、どれだけ労働者に分配されたかと見ている指標といえます。
 一方、労働分配率には、雇用者報酬÷国民所得(注)×100という定義もあります。ここで、国民所得とは、雇用者報酬と企業の取り分である営業利益(個人企業の利益である混合所得を含む)を合計したものに相当します。労働者と企業の取り分の合計のうち、どれだけ労働者に分配されたかを見ている指標といえます。
 そして、同じデータブックのデータを用いて国際比較グラフを描くと、下図のように日本は最も労働分配率が高い国になるのです。

(注)厳密には国民所得(要素費用表示)。これに、間接税等を加えた国民所得(市場価格表示)というデータもある。

動きが大きく異なる2つの労働分配率

 この2つの労働分配率は、過去の動きをみても大きく異なります。下の図は現行統計でさかのぼれる1994年以降の日本の2つの労働分配率を描いたものです。
 雇用者報酬を国民総所得で割った労働分配率(青い線)は緩やかな低下傾向にあるように見えます。少なくとも、1994年の水準(50.8%)はそれ以降、超えられていません。
 一方、雇用者報酬を国民所得で割った労働分配率(赤い線)は横ばい圏内で上下に振れているように見えます。また、急激な景気後退があったとき、リーマンショック後の2009年やコロナ禍の2020、2021年では大きく上昇している姿も確認できます。

国民総所得のうち、家計や企業以外の取り分が増えている

 このような動きの違いが生じるのは、国民総所得のうち、家計と企業の取り分である国民所得の比率が低下しているためです。
 国民総所得と国民所得の関係は以下のように記述できます。そして、1994年と2022年を比べると、国民所得が国民総所得に占める比率が3.8%ポイント低下しているのに対し、間接税等と固定資本減耗がそれぞれ2.3%ポイント上昇しています。
 間接税等は政府の取り分ですから、企業が労働者に分配したくてもできませんよね。固定資本減耗は会計上の概念ともいえるので、これまた労働者に分配するのは難しいといえます。

国民総所得=国民所得+間接税等+固定資本減耗+統計上の不突合
間接税等は、正式には生産・輸入品に課される税から補助金を除いたもの。生産・輸入品に課される税は、固定資産税、消費税などの間接税が含まれます。
固定資本減耗は、企業の減価償却費のようなものです。
統計上の不突合は、支出面(消費・投資など支出側から推計した)GDPと、生産面(生産活動で生じた付加価値に注目した)GDPの推計で生じる誤差です。

国民所得で割った労働分配率を使うべきだったのでは?

 本日の日経の記事は、企業の賃上げをテーマにしています。その意味では、企業が分配の裁量を持てる国民所得(労働者と企業の取り分の合計)をベースにした労働分配率を用いるべきであったと思います。国際比較で日本が最も高いグラフだと記事に合わなかったためかもしれませんが、そうであれば別のグラフを使うべきです。
 ちなみに、マクロ経済学の教科書で出てくる労働分配率も考え方としては雇用者報酬を国民所得で割った労働分配率に近いです。
 なお、雇用者報酬を国民総所得や国内総生産で割った労働分配率と、国民所得で割った労働分配率のかい離が大きくなった一因には、最近のGDP統計の考え方の変更も影響しています。3年以上前ですが、下記のnoteで説明しているのであわせてご覧いただければ幸いです。

#日経COMEMO #NIKKEI

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