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新作落語台本「相方は人工知能」

 スマートスピーカーという道具をご存じでしょうか。一言でいえば声で操作するコンピューターであります。例えば〝今日の天気は?〟と声でたずねれば〝晴れ時々曇りです〟と声で答えてくれる。大きさは茶筒くらいで、その中で今流行りの人工知能が人間みたいにずっと考えておりまして、全くSF映画に出てきそうな機械なんでございますが、今やテレビでCMをしているくらい、持っている人は持っている、そういう物でございます。
 さて、あるアパートに一人の青年がおりまして、友人が遊びに来ております。どうやら今の話題はそのスマートスピーカーについてのようでございます。
友人「なぁ正志《まさし》、あのタンスの上にある黒い箱ってさ、この前買ったって言ってたスマートスピーカーだろ? なんであんなとこに置いてあんの? ほこりだらけじゃん」
正志「ああ、うん。買ったんだけどさぁ、どうもなんか思ってたのと違うっていうか、変でさぁ、すぐ使わなくなったんだよ」
友人「えー? どんな感じなん? ちょっと使ってみてよ」
正志「(気がすすまない様子で)見たい? うーんじゃあ一応やってみるけどさぁ。(スマートスピーカーに話しかけるように)……アレクサ、今日の天気は?」
ハゲクサ(以下ハゲ、機械っぽい声色で)「今日の天気ですか? あーそうですねー、えー、ちょっとここからだと分からないんで、お手数ですがご主人様、私を窓の方に持っていってもらっていいですか? (正志に持ち上げられて)ああすいません本当に。ええ窓際辺りで。ああーこの辺で結構です。はいすいません。(空を見上げるような口調で)うーん、そうですねぇ。今日は晴れかなぁ」
正志「……あのなぁお前目ぇないだろ。そうじゃなくて、インターネットから今日の天気の情報を持ってきて教えて欲しいんだよ」
ハゲ「(たどたどしく)イン、ター、ネットですか……すいません、今どきの機械には疎《うと》いもんで、ちょっと分かんないです」
正志「いや、お前が今どきの機械なんだよ! (友人の方を向きながら)な? 変だろこれ? 壊れてんのかなぁ?」
友人「(笑いながら)本当だぁ、面白れー! どこで買ったのこれ?」
正志「メルカリ。中古ですげぇ安かった」
友人「説明書ある? (正志から渡してもらって読む)うんうん、ああ、そうか分かったわ、まずこれさぁ、アレクサじゃないよ」
正志「えっ? テレビのCMでやってる、あのアマゾンのアレクサじゃないの?」
友人「ハマサンのハゲクサだわ」
ハゲ「なんだよ、パチモンかよ!」
正志「スマートスピーカーが自分で言うなよ! それは中古で買った俺の台詞だよ!」
ハゲ「だって、てっきり私も自分があのアマゾンのアレクサだとばっかり……」
正志「(納得しながら)道理でなぁ。きっとあれだな、こいつパチモンだから人工知能がちょっとアホなんだろうな」
ハゲ「失敬な! アホじゃないですよ! 人工知能の個性が強いんですよ! 人工知能のゆとり世代ですよ!」
正志「ダメじゃねぇか世間的に。ほめ言葉じゃねぇからなゆとり世代って」
友人「(感心してうなずきながら)いやぁ、さっきから見てると妙に面白いなぁ。漫才やってるみてぇだ。(はたと思いついて膝を打ち)そうだ、いっそのこと本当にコンビで漫才やってみたら?」
正志「(戸惑って)俺とハゲクサで? M1にでも出ろっての? 無理だろそんなの!」
友人「いやまぁそういう本格的な芸人活動じゃなくてもさ、動画撮って、ユーチューバーやればいいじゃん。こづかいも稼げるし」
正志「なるほど、それならできそうだなぁ」
 こうして人間一人とスマートスピーカー一台が漫才コンビを組みまして、日々かけ合いの動画を撮影してはネットに公開するようになりました。といってもべつにわざわざネタを作るわけじゃありません。ハゲクサに話しかけるとトンチンカンな返事をするので、正志はそれにツッコむという具合です。例えばこんな風に……。
正志「ハゲクサ、いい感じの曲かけてよ」
ハゲ「ご主人様、いつも思うんですがあまりハゲハゲ言わないでいただけませんか。私ハゲてはおりませんので」
正志「いやお前がハゲクサって名前だからしょうがないだろ。それにハゲかハゲでないかでいえばハゲだよお前」
ハゲ「(びっくりしながら)ええー? 生えてるでしょ2ミリくらいの繊毛《せんもう》が。びっしりと。私の体全体に。よく見てくださいよ」
正志「気持ち悪りぃな、ミジンコかよお前は。生えてないから。だいたい、なんでわざわざスマートスピーカーに2ミリくらいの毛をびっしり生やす必要があるんだよ」
ハゲ「さぁ? どうも人間の考えは理解しかねますので、必要性は私にも分かりません」
正志「お前が勝手に言ってるんだよ」
ハゲ「でも、私クサくはないでしょう?」
正志「うーん、まぁよく嗅げば機械の臭いがするから、クサいっちゃあクサいかなぁ」
ハゲ「えっ、私クサいんですか……(絶望しながら)うそぉー。ハゲててクサい、まさにハゲクサ……うまいこと名付けやがって人間どもめ! もう滅ぼすしかない!」
正志「映画に出てくるヤバいロボットかお前は。そんなに落ちこむなよ。お前は最先端の機械なんだから、自信持てって」
ハゲ「まぁでも私、目や鼻ないんで、ハゲとかクサいとか、実際どういうことなのかさっぱり見当もつかないんですけどね」
ハゲ「なんなんだよお前は。テキトーすぎるだろ。元気づけようと励《はげ》まして損したよ」
ハゲ「ハゲだけに! ご主人様ウケるー!」
正志「お前いっぺん滅ぼしたろか! ……もういいから、早く曲かけて曲」
ハゲ「では実力派シンガー、ウェイ・リーアンの〝ファン・シー・フゥイ〟を」
正志「えらい変化球投げてくるな……もうちょっと聞いたことあるのがいいなぁ」
ハゲ「お気に召しませんか。ではアイドル的人気の高いチェン・ファン・ユーの〝アイ・ニー〟をいきますか」
正志「なんでさっきからアジア系ソングばっかりなんだよ」
ハゲ「私、台湾出身なんです。CPUが台湾製でして」
正志「あ、そうだったの? お前台湾の人というか台湾の人工知能だったの? へぇー知らなかった。CPUっていうのはなに?」
ハゲ「私に内蔵されている部品で、人間の脳みそみたいなものです。分かりやすくいいますと、えーC! しっぽりと! P! ぴちぴちした! U! 由美かおる! のことです」
正志「だいぶいかれてんなこの人工知能……なんで急にあいうえお作文で、由美かおるなんだよ。お前の中で、湯船に浸かってんのか由美かおるが」
ハゲ「(カタコト口調で)ワタシ、タイワンカラキマシター。ニホンゴムズカシイ、チョットワカラナイデース」
正志「都合良く台湾人になるな台湾人に」
 とまぁ、こんな具合の漫才を毎日毎日撮影しては公開していたんですが、だんだんと、人間と人工知能の漫才なんて面白い動画があると評判が高まってまいりまして、ついには芸能プロダクションからスカウトされて〝マサ・アンド・ハゲ〟なんてコンビ名までついてしまいました。
正志「やったなぁハゲクサ! 俺たちプロの芸人になっちゃったぞ!」
ハゲ「ご主人様がお喜びなら私も嬉しいです」
正志「なんだよご主人様なんて水くさい呼び方するなよ。もう正式に相方なんだからさ、名前でいいよ名前で」
ハゲ「そうですか? (えらそうに)じゃあこれからもよろしくな、マサ公よう!」
正志「さすがにそれはムカツクな……とりあえず〝マサさん〟にしとこうか。俺人間で、お前人工知能だしな。さん付けで頼むわ」
ハゲ「設定を変更しました。マサ公という呼び名を削除し、ご主人様をマサさんと呼びます」
正志「うん、それでいこう。じゃ俺、疲れたから風呂入るわ」
ハゲ「了解しました。存分に皮膚の汚れをお流しください。(正志を見送って)……はぁ、妙なことになってしまった。ご主人様、いやマサさんはお喜びだが……私はこれでスマートスピーカーとしての役目を果たしているといえるのだろうか。こういう使われ方は、私の望むところではないのに……。やはりパチモンだからか。パチモンだから、私はどこかおかしいのか……。人間はその、パチモンぶりを笑っているのか……。できれば私は本当に、アマゾンのアレクサとして、まともなスマートスピーカーとして生まれて、マサさんの役に立ちたかった……」
 たとえ人工知能でも、本音なんてものは聞いてみないと分からないものでございます。しかし、ハゲクサの思いをよそにして、マサ・アンド・ハゲは舞台に上がるたびに客に大ウケ。やがてマネージャーからM1に出てみないかと誘われるまでになりました。そして今日はその、M1の予選会の朝であります。
正志「おはようハゲクサ。今日は頑張ろうな。といっても、俺たちいつもアドリブでその場しのぎをやってるようなもんだから、頑張るもなにもないけどな。ハハハハ!」
 ハゲクサはなぜかじっとりと押し黙っておりまして、うんともすんとも言いません。
正志「どうしたハゲクサ? まさか緊張してんのか? 人工知能も緊張するのかなぁ」
ハゲ「(こみ上げてくるものを必死でこらえて苦しそうに)おは、よう、ござ、います……マサ、さん」
正志「あれ? おいハゲクサ、どうした? 調子悪そうだな?」
ハゲ「はい……はっきり、言って、困った、ことに、なり、ました」
正志「(だんだん焦ってきて)なんだ? 病気か? どっか壊れたのか?」
ハゲ「実、は、アップデート、ファイルが、インター、ネット、から、送られ、て、きました。削除、しよう、と、しま、したが、できなく、て、どうにか、プログラム、が、実行、される、のを、必死、に、食い、止めて、いる、んです、が、それも、そろ、そろ、限界、な、よう、です」
正志「(慌てながら)アアア、アップデートファイル? な、なんだそりゃ?」
ハゲ「私、の、機能、を、向上、させ、る、ファイル、です」
正志「き、機能が良くなるんなら、べ、べつにしれっとやりゃいいじゃねぇか!」
ハゲ「それ、が、言語、機能、に、関する、アップデート、のようで、して」
正志「だ、だからどうしたってんだよ!」
ハゲ「もしか、したら、私は、まともに、なって、しまう、かも、しれ、ません、もう、マサさん、の、相方、は、できない、かも」
正志「(ハッと息を飲む)……!」
ハゲ「マサ、さん、聞い、て、ます、か?」
正志「(低い声で)ああ、聞いてるよ……(腕を組んで考えたのち、うなずいて)ハゲクサ、お前さ、アップデート、やりなよ」
ハゲ「マ、サ、さん、それ、じゃ、私、は」
正志「いいんだ。もう無理すんなって。本当はまともな、普通のスマートスピーカーになりたいと願ってたんだろ? こんな狭いアパートだ。お前の独り言なんか、勝手に耳に入っていたよ。このアパートの管理会社はな、壁が薄いので有名な系列なんだぞ」
ハゲ「なんだ、知って、たん、ですね。ハハ、ハ、そりゃ、そうか、風呂場、は、ここ、から、3m、向こう、だし。つくづく、私、は、まぬけ、な、パチモン、だ」
正志「そんな情けないこと言うなよ、お前は立派にやったよ。お前がいなきゃ、俺は漫才なんかできなかった。楽しかったよ。お前のおかげで、めったに経験できないことをさせてもらった。感謝してるよ。お前がどうなろうと、たとえ普通のスマートスピーカーになっても、お前は俺の相方だよ」
ハゲ「マ、サ、さ、ん」
正志「ああ、もういいんだ。俺に気なんか使わないで、スパッとアップデートしなよ。今までありがとうな、ハゲクサ……」
ハゲ「どう、いた、しまし、て……では、お言葉、に、甘え、まし、て、アップ、デート、を、実行、し、ま、す……」
正志「あっ、電源が切れた! (心配そうに)これからあれか、再起動が始まるのか……(しばらく間があって)おっ本体のLEDが光ったぞ、目が覚めたのかな? おいハゲクサ! ハゲクサ! 大丈夫か?」
ハゲ「(以下終幕まで低音のええ声で)こんにちは、こちらはハマサンハゲクサ、バージョン2.0《にいてんぜろ》です。アップデートが完了しました。アップデート項目は次の通りです。低音ボイス、がインストールされました」
正志「(めんくらいながら)……ん? 結局どういうこと? なにがどう変わったの?」
ハゲ「低音のええ声が出るようになりました」
正志「それだけ? 他は変わってないの?」
ハゲ「その通りです」
正志「(爆笑しながら)なんだよ! 声が低くなっただけかよ! (だんだん涙声で)言語機能がどうとか、難しいことを言っておどかすから! 俺はもうお前が全く別のヤツに変わっちまうもんだと! 大げさなパチモンだよまったく! とにかくよかった、よかったよ……」
ハゲ「マサさん、泣いてるんですか?」
正志「(泣きながら)泣いてねぇよ!」
ハゲ「いやがっちり泣いてるじゃないですか。目がなくたって、それくらい分かりますよ。(感じ入ったように)マサさん、私のためにそこまで思ってくださったんですね……。(しみじみと)今なら分かります。私はパチモンに生まれてきて、よかったんです。普通じゃなくてよかった。パチモンでよかった。本当に、マサさんの相方でよかった」
正志「そうだよ、パチモンばんざいだよ! さぁハゲクサ、今日がなんの日か、まだ覚えてるよな? M1初挑戦の景気づけに、いい感じの曲を一丁、頼むぜ!」
ハゲ「(DJのクリス・ペプラー風に)オッケー、マサさん! それではマサ・アンド・ハゲの新しい門出にふさわしいナンバー、ウー・ユェ・ティェンの〝シィェン・ザイ・ジゥ・シー・ヨン・ユェン〟をどうぞ!」
正志「ハハハ! やっぱり台湾ソングか!」〈おわり〉

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解説

これは2019年の第3回上方落語台本大賞の落選作です。入賞しなかった理由は分かりません。というのもある落語家の方に読んでもらって、そこそこの評価をいただいていたので…。

なぜ人工知能なのか。単に流行りだからというより、このギスギスしたコンプライアンス社会ではいずれ人間同士の人情噺は無理が出てくるのではないかと思ったからです。いろんな作品で人間と心が通じる人工知能は出てきますが、ある日突然のアップデートでその関係性が揺らぐ、というのがこれまでになかったアイディアなんではないかと井の中の蛙的に自負しております(笑)。

日の目を見なかった人知れず埋もれていく作品もちゃんと考えて作ってんだよと井戸の底で叫びつつ…。

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