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ふたりはともだち

朝起きた時、ゾウは、自分の目が腫れぼったいことに憂鬱になった。
長い鼻で目覚まし時計を止めると「ハァ…」とため息ひとつ。
「あんなこと絶対思っていないのに…」
そう呟くと、またじわり涙が出た。

とにかくご飯を食べて、温かい飲み物を飲まなくちゃ。昨日は晩ごはんもろくに食べられなかったもの。
そうよ、体の中が空っぽだからこんなに悲しいんだわ。

ゾウは、冷蔵庫からモリモリの野菜を取り出して、ボウルに盛り付けると、ウンっと頷いて、できるだけ丁寧に咀嚼して食べ始めた。
それから、昨日のことを思い出す。


「私、そろそろ旅に出ようと思うの」

大好きな白鷺さんにそう言われた時、ゾウはのんびりと「あら、何泊で?」とりんごを齧りながら聞いた。
「…何泊じゃない、多分…そうね帰ってくるのは1年、ううん3年後になるかもしれない」

それで驚いて、持っていたりんごがスルリと鼻から落ちた。


ゾウはとてものんびり家で、いつも思っていることを言えない。言う前に、他のみんなの話が進んでしまう。
ある日、いつものようにご近所さんと話をしていたら、突然シマウマさんの悪口を聞かされた。ゾウは反論したかったけど、何と伝えて良いか分からずにいたら「ね、ゾウさんもそう思うわよね?」そう念を押されてしまった。
それから、ご近所さんが、みんなシマウマさんの悪口を言い始めた。
「私は…シマウマさん嫌いじゃないわ…」
小さな声は、誰にも届かない。

「ねえ、暇なのみんな?だったら、そんなことより聞いて頂戴、私の旅の話を!あ、自慢の話だからね、1人残らず聞いて欲しいの!ほらほらシマウマさんも絶対聞いて」

ある日、突然、空から大きな声がした。
それが、各地を旅するのが大好きな白鷺さんだった。
彼女は、突然現れたのに、あっという間にみんなの視線を集めると、旅した地域の自慢の話を始めた。
危険な目にあったこと、勇敢に立ち向かったこと、優しい出会いがあったこと、旅先で愛されたこと、失敗したこと、それをあらゆる方法でくぐり抜けたこと。

空を飛べないゾウは、各地の話に夢中になった。
さっきまで、シマウマさんの悪口に熱中していた誰もが、世界の出会いに想いを馳せた。
それでゾウは、勇気を出した。

「ねえ、私たちのことも、白鷺さんにここのみんなは素敵だったと、他の国の人に話してほしいの。シマウマさんの話で盛り上がっていたなんて思われたくないのだけど…」

するとみんなが、口々に「あらそんな、私たち別にシマウマさんのことばかり話していたわけじゃないわよね…」そうモゴモゴ言うと、シマウマさんに向き直って「これから一緒にお茶してくれると嬉しいのだけれど…」と俯き加減に誘った。

「なら私、とっておきのアップルティーを出すわ!」
ゾウが提案すると、シマウマさんは前足で地面を掘りながら「私、アップルティー大好きなの…」と照れくさそうに言った。

その様子を見ていた白鷺さんは、フワッとゾウの頭に乗った。
「ねぇ、私もそのご自慢のアップルティー頂いてもいいわよね?」「もちろんよ」
白鷺さんはおかしそうに笑いながら言う。
「きっと私、この話も他の国の人に自慢するわ、みんなの仲を取り持ったってね!」

それからゾウは、毎日、白鷺さんの話を聞いた。
空から見る景色。
誰にも声をかけてもらえなかった村。
一目惚れしてしまった彼との悲しい別れ。
小さな友情、愛情が溢れている家族、世界一美味しいと思った料理。

大きな耳は、白鷺さんと話している時、いつも嬉しくてパタパタと揺れた。
白鷺さんは、のんびりと揺れるその耳と、大きなお尻からピョコピョコ弾むシッポを見るのが好きだった。

「私ね、すごくお喋りでしょう?だから、相手を疲れさせてしまう時があるの。それに自慢ばかりしてしまうからね、私を嫌いだと思う人もいると思うわ。時々、それが悲しくなるの。でも、たくさん話したのに、それを全部忘れられてしまうのが1番悲しいかもしれない」

白鷺さんがそう言った時、ゾウはとても驚いた。白鷺さんが悲しい気持ちになることがあるなんて。

「世界中から好かれるなんて、それは絶対叶わないけれど、私はあなたが大好きだし、絶対にあなたを嫌いになることはないわ。あなたの話を聞いている時、私はきっと、空を飛んでいるのよ。飛んだ空のことは忘れないわ」

ゾウは、いつも思っていることをなかなかうまく伝えられない。それでも、一生懸命に伝えた。どうか、私の想いがうまく白鷺さんに伝わってほしい。

「私の話で?あなたは空が飛べるの?」
白鷺さんは目を大きく開いた。
あのパタパタと揺れる耳、クルリと回るかわいいシッポ。
そうかあれはきっと空を飛んでいるんだわ。

白鷺さんはゾウに言った。
「私も、世界中のどの国に行っても、土に還るときはあなたのそばにするわ。私が空を教えるから、あなたは、私に大地を用意していてね」


ゾウは、だから、幸せすぎて、白鷺さんがまた旅に出るということをすっかり忘れていた。
私のそばにいてくれる、そう信じてしまったのだ。

「3年も帰ってこないの…?」
「うん、それは分からない。数ヶ月かもしれないし、もっともっと長いこともあるかもしれない」
「だって…あなた、私のことが大好きって…」
「もちろん大好きよ、必ずあなたのところへ戻るわ。だけど、私、空を飛ばないと、私ではいられなくなってしまうの」

「そんなに長く離れたら、私、あなたを忘れるかもしれない!」

ゾウは、白鷺さんにとって1番悲しい言葉を口にしてしまった。
ハッとして白鷺さんを見ると、白鷺さんは、悲しそうに首を傾げて笑っていた。
それから「それでも、私はあなたのそばで土に還るわ」そう言うと、フワッと飛び立ってしまった。


ああ、なんてことを!
私はなんてことを言ってしまったの!

ゾウはオイオイと一晩中泣いた。
泣いて泣いて、自分の言ったことを反芻して、また泣いた。

そして、朝が来て、今、山盛りの野菜を食べている。
野菜には、ポロポロと大粒の涙が幾つもこぼれたけれど、それでもゾウは、一生懸命食べて、それからとっておきのアップルティーの準備をした。

急いでりんごを切って、お鍋に入れる。昨日、ポトリと落としたリンゴを思い浮かべて、また涙が溢れたけれど、ウウンと首を振ると、リンゴを水でコトコトと煮た。蜂蜜を少し垂らす。
それから、リンゴをティーポットに移し替えると、用意した茶葉を茶漉しに入れて、煮出した熱湯を丁寧に茶葉に注いだ。
紅茶の香りとりんごの香りがフワッと混ざる。
透明なポットの中は、りんごの皮の赤みが、黄金の茶葉の色と溶け合っていく。

「さて」
ゾウは、ティーポットにティーコゼーをかぶせると、カップを2つ用意して、それをゆっくり庭に運んだ。
それから、空に向けて言った。
「今からお茶をするの。これを飲んでから旅に出ても遅くはないでしょう?私、昨日酷いことを言ったけど、あれは淋しくて言ってしまったウソなの。初めてあなたと飲んだアップルティーを私は忘れたことがないし、今日のアップルティーだってきっと忘れないわ」

「そんなの、最初から分かっているわよ!」

空から声がした。
ゾウは鼻を高く上げて、声がした空を見上げる。
白鷺さんは、音を立てずにフワッとゾウの頭に乗った。
「私だって、あなたのアップルティーは忘れないんだから。世界中で自慢するわよ」

2人は、お互いの腫れた目を見て笑い合った。

「あなたは空」「あなたは大地」
「私は大地」「私は空」

ふふふ、繋がっているわね、きっと。
ええ、繋がっているわ、ずっと。

2人は、アップルティーと、ポットに残ったりんごもしっかり食べると、頷き合った。



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本を作ったら、お祝いに絵を描きますね。

鶫さんがそう言ってくれた時、私は小躍りした。
鳥、主に猛禽類の絵を描きながら物語を作っている鶫さん。物語もすごいが、画力もすごい。
毎回惚れ惚れする!

鶫さんの物語はこちら

本当に面白い。長編だからと構えずに読み始まって欲しい。大好きな物語。

本を作るのは、私の人生のひとつの目標だったと思うのだけど、それはやっぱりエネルギーがいる。自分で自分の尻を叩くのは、ちょびっと疲れる。

だけど、本を作ったら、鶫さんが私のために絵を描いてくれる。
尻を叩くのではなく、目の前に人参がぶら下げられた方が、エネルギーは勝手に湧くものです。うおー!

だから、この絵が送られてきた時の喜びは、言葉には言い表せない。
喜びのお返しは、物語。それが私に出来るお礼でした。
優しい絵を見ていたら生まれたのが2人の絆。
鶫さん、喜んでくれるといいなぁ。

物語は、自分の方向がよく分からなくて悩み倒すんだけども…!
今回は、絵本を意識してみました。


そして、その本の宣伝。

「なけなしのたね」
ありがたいことに、残りが、15冊ほどになりました。
転勤が決まりまして、在庫を抱えて引っ越しするつもりもなく、全力で売り切り望んでおります。
気になる方は是非、よろしくお願いします…!

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