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認知症の父の介護で気づいた哲学との共通点 異色のノンフィクション「おやじはニーチェ」・・・という記事の紹介です。

なかなか興味深い内容の記事を見つけたので紹介します。

『おやじはニーチェ 認知症の父と過ごした436日』は、高橋秀実さんの著書。母が亡くなり、高橋さんは認知症の父の介護をすることになる。高橋さんを兄貴と呼び、同じ話を繰り返す父。その言動が古今東西の哲学書や文学作品をひもとくことで全く違って見えてくる。認知症に新たな角度から光を当てる体験型ノンフィクション。

AERA 2023年3月6日号

こうして実際に介護に関わった方の情報発信は大切ですよね。
作家の方がどのように表現されるのかも気になりましたが、どのように認知症をとらえていたのかも貴重な情報と思います。
作家さんってすごい情報量があると勝手に思っているので、そういう知識人の方の介護経験ってすごくためになると思うんです。

きっかけは「メモしてないの?」という妻の一言だった。認知症の父親は子ども時代に宮城県黒川郡に疎開して苦労したという話を繰り返す。またその話かとうんざりしていたとき、妻に指摘されて父親の言葉を一字一句ノートに記録することにした。

「書くことに集中するせいか気持ちが楽になったんです。面と向かって目と目を合わせていると苛立つけど、書くと視線が外れるから親父もしゃべりやすいようで」

文字にしてみると同じと思っていた話も内容が少しずつ変わっていく。ノートをもとに高橋秀実さん(61)の思索が始まった。

AERA 2023年3月6日号

介護記録のお手本みたいなエピソードと思いました。
本人が言っている内容をそのまま書き取る。

職員から記録の書き方について質問される事が多かったので、その人が話していた内容とかそのまま書けばいいよ。と助言してきました。

まぁ、職員さんとしては”介護の記録としてかっこいい書き方?”みたいなのが知りたかったようなんですけど、そんな定型文みたいな記録なんてあまり意味がないと思っています。

昔は『特変なし』という記録がダメだ・・・、というような指導がたくさんされていました。いつもと変わりませんよ、という意味なんですけど、記録をかけない(書けるほど見ていない)介護職が昔よく使っていた定型文の一つだと思います。

当時から、僕自身が1日として同じ1日がない事や、僕自身が1日として同じ自分が居ない事が実感としてあったので『特変なし』なんて事はないでしょうが、何か違いを見つけるか、それが無理なら会話の内容をそのまま記録しておいた方が適当な記録を並べるよりよっぽどマシ!と思って指導してきましたので、そういう意味で会話の内容をそのまま書け、という事なんですけど、現場の介護職としては、それすら難しいような感じなんですよね、ちょっとよくわからないのですけど。
結局、前日の記録と同じような日記のような記録が並ぶ事になるんです。

何度も何度も指導してもあまり変わり映えしないので、そもそも介護職に記録は無理なのかもしれない・・・と思うようになりました。
まぁ、ちゃんと記録できる職員もいるので、記録の重要性を感じていたり、ちゃんと観察(アセスメント)できていたり、ちゃんと会話できている職員なんですけどね、そういうできる職員さんは。

かといって介護現場は”介護過程の展開”というPDCAサイクルが回っている前提で制度設計・法令の設計がされていますので”記録ができない”ではダメなんですけど・・・。

『文字にしてみると同じと思っていた話も内容が少しずつ変わっていく。』
こういうの絶対あると思っているんですけど、それを介護記録から見つけることはできませんでしたね。

そういう意味でも、業界外でのこういう取り組みは本当に貴重な情報と思います。

「以前ニーチェを読んだときは、何が言いたいのかよくわからなかった。でも親父のことだと思うとわかったんです。『永遠回帰』とは子ども時代の話を繰り返すということだし、偽善を見抜いて、すべてを力と力の関係として捉える。親父はニーチェのように美辞麗句に惑わされず、力関係に敏感なんですよ」

まず医者や先生に弱い。炎天下に散歩に行こうとしたときも「熱中症になって死ぬと先生が言ってたよ」と脅せば、「そうか、じゃあやめよう」となる。

AERA 2023年3月6日号

ニーチェについては名前だけは知ってましたが、どんな人か、どんな事をした人なのかは知らないので時間もないのでさらっと調べてみました。
今度、ちゃんと勉強したいと思います。

『 世界には、きみ以外には誰も歩むことのできない唯一の道がある。
その道はどこに行き着くのか、と問うてはならない。ひたすら進め。 』

『 あなたが出会う最悪の敵は、いつもあなた自身であるだろう。 』

『 軽蔑すべき者を敵として選ぶな。汝の敵について誇りを感じなければならない。 』

癒しツアー ニーチェの名言・格言集より

さらっと調べただけでこんな名言が飛び出してきました。
たくさんのことを学べそうなので近いうちに調べたいと思います。

認知症の方の対応では、やはり白衣の威力は絶大だと思っています。
先生の言うことならコロッということを聞くので腹を立てるご家族もよく見てきました。

利用者さん世代のお医者さんというのは本当に亡くなる時くらいしか会えなかったと聞いたことがあるので、お医者さんという存在自体が神様仏様のような存在なのかもしれません。

「私の妻にも弱かった。通常、認知症の人には『大丈夫ですよ』と声をかけるというのが思いやりとされていますが、妻は父に『大丈夫じゃありません』と容赦なくダメ出しをする。厳しいようですが、いざという時に助けてくれるのは彼女だと動物的に感じていたのでしょう。ニーチェも愛こそが力と言っていましたし」

AERA 2023年3月6日号

自分のためを思っての言葉って本当に伝わるみたいで、同じ厳しい言葉でも本人のための事なのか、介護側の都合なのかで伝わり方が全然違うように思います。

愛こそ力というのはその通りかもしれません。

大学時代には歯が立たなかったヘーゲルも読んだ。父親は高齢者用の交通パスをよくなくす。「ない」「あるはず」と言いながら捜し続ける。

「ヘーゲルは『あるとないは同じ』と言っていました。パスが『ない』というのも、どこかに『ある』からこそ『ない』。ずっと『ある』と『ある』ことを実感できないので、時に『ない』ことによって『ある』。親父を通してヘーゲルも理解できました」

AERA 2023年3月6日号

へーゲルって・・・誰ですか?(汗)
聞いたことなかったのでさらっと調べてみました。

ちなみに、ヘーゲルとグレーテルの人?なんて思ったのは秘密です。

『 誰かが奴隷なのは、彼自身の意志のせいであり、ある民族が他国の足かせのもとに置かれるのも、同じくその民族の意志のせいである。 』

『 この世で情熱なしに達成された偉大なことなどない。 』

『 我々が歴史から学ぶことは、人間は決して歴史から学ばないということだ。 』

ヘーゲルの名言15選より

なんだか深いですね・・・でも、その通りだなぁと思います。
特に歴史に学ぶ事は歴史から学ばない事ど同義だな、と思いました。

記事の中での、ある事とない事は同じ、というのも興味深いですね。
どこかにあるからこそ”ない”。
そもそも存在自体を知らなければ”ない”という事自体が起こりえないという事ですよね・・・。

であれば、認知症の方にとって忘れ物を探している事というのは、その存在を認識している、覚えているからこそ”ない”のだという事で、だからこそ”ある”と思って探している。

”ある”事を”ある”と実感できないから”ない”。
この仕組みも面白いですね、そういわれたら確かにそうだと。
であれば、その部分での脳の機能については認知症の方でも”残存能力”であるといえますよね。

そこへのアプローチの仕方次第で、認知症ケアの対策や視点が広がる可能性がありますし、そこでの認知機能の低下を予防できる工夫もできるかもしれませんよね。面白い発見でした。

こういうの悔しいですよね、介護のプロなのに”そこまで見えてなかった”わけですから。
こういう学びがあるのも介護の仕事の面白さだとは思います。
そっか、ケアの現場にはもっと哲学的な事も入っていった方がいいかもしれないですね。

実は、読んでる途中で忙しいので後回しにしているのが、マイケル・サンデル著書の『実力も運のうち』なんですけど、ちょっと早めに読んでしまいたいな、と思いました。

父親の言動を何とか理解しようとした結果、認知症に哲学の視点を持ち込んだ異色のノンフィクションが誕生した。哲学や宗教の古典のほか、シェークスピア『リア王』やサミュエル・ベケットの作品なども認知症の物語として再解釈される。

認知症はアルツハイマー型、レビー小体型が知られているが、高橋さんはもう一つ、「家父長制型認知症」を主張する。母や妻に頼ってきたために自立した生活ができない男性特有の症状で、一種の生活習慣病だと話す。

AERA 2023年3月6日号

家父長制型認知症とはよく言ったものです。
男性って仕事以外では依存しまくりですもんね。
ごはんは作ってもらって当然、洗濯や洗い物もやってもらって当然。
家の中で役割なし・・・というわけですから、仕事がなくなれば社会的な役割を喪失して認知症になりやすい、そう思いますし、そういう男性高齢者を何人も見てきました。

たしかに生活習慣病と言われればそうかもしれません。
こういうの面白い視点ですよね。

面白そうなので購入しました。
また読んだら紹介したいと思います。

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