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case01-14 :要求

「上川さんさ、提案があるんだよ」
「・・・はい」

タバコが吸えないから苛立っていたというわけではない。

「お互いこの状況で話してても平行線だろう?俺が身分証出せと言ってもだせないし、それに代わる案もあんたは出せそうもないし」

実際この状況で既に1時間以上は経過し、その間何かを俺が話すたびに上川の顔色は紅く青くと忙しく繰り返していた。狩尾は下を俯いた状態で沈黙を保っている。寝てるのかと途中疑ったくらいだ。

「上川さんさ、聞いてるか知らないけど、こいつ借金あるのあんたに対してだけじゃなかったんだよ」
「そうなんですか」

既に上川も半分うわの空である。人は長時間にわたって同じ話を繰り返し聞かされ、何をしても否定されると一種の洗脳状態に陥る。

「でな、こんなことになったらもうコイツとは別れようと思ってんのよ。
これからまた同じようなこと繰り返さないとも言えないし、まだ小さい子供もいるしな。他の闇金への完済でこんだけ立て替えさせられたし。」

そのタイミングで、先日狩尾にカラオケボックスで書かせた借用書を出す。
<貸主が狩尾の旦那、借主が狩尾自身、額面50万>の借用書だ。
(case01-11: 交渉 参照)

「別れたあともこの金については俺に返させようと思ってる。ただ上川さんさ、これすげぇ嫌なんだよ。めんどくさいし。意味わかる?」
「・・・」

「意味、わかる?」

これで察せなかったらもうただの阿呆である。1分程度であろうか、上川はこちらを見ず、手元を睨みつけながら静かに頷いた。

「それはよかった」

と5千円札を狩尾にわたし、トテトテといつもの緊張感ない足取りで会計に向かう背中を見送る。炭酸の抜けた生ぬるいぶどうスカッシュを飲み干すと、1時間強、通せんぼ状態であった座席をゆっくりと立つ。

右足が微かにピリピリと痺れていた。

・・・
・・

極端に重々しい足取りで最寄りのATMに入る上川の背中を見つめる。

(実際に見たことはないが、リストラ後に公園に出勤するサラリーマンなどがいるならこんな感じなのだろうな)などと場違いなことを考えていた。

正直なところ、どんな暴利であろうが、いかがわしい要求であろうが
「事前に納得して約束したのなら」守れと思っている。ただ残念ながらこいつは運が悪かっただけなのだ。

ATMの自動ドアがウィーンと音を立てて開いて出てくるところを、少し離れたところから呼び寄せると受け取ったATMの封筒を受け取る。
勿論正確な枚数が分かるほどではないが、厚みで何となくの金額は分かる。

47、48、49、50…

この時、俺は初めて上川に向けて笑顔を向けた。

「上川さん色々あったけど、これでコイツともすっぱり別れられるよ。実際あんたの名前が上川なのかも知らないし、俺もこいつと別れれば、特にあんたとの関係性もなくなるんだ。あんまりこういう金貸しの真似事を大っぴらにしちゃ駄目だぜ。ホントはあんたのこと殺したいくらいムカついてんだからさ」

「はい」

「じゃ、おつかれさん」

手で払うような手振りで散るように指示をする。
もうこの時点で上川に対しての興味もないし、持つ必要もない。こいつはこいつなりに責任をとったと俺のなかではみなされた。

・・・
・・

トテトテと緊張感のない様子で、狩尾が走り寄ってくる。表情はいくぶん柔らかくなっていた。少し濃い目の化粧でも、屈託のない笑顔を向けられると最初にあった時の印象が充分感じられた。

「トーアさん、ありがとうございました」
「別に。儲かったし」

封筒の中にある50枚の紙幣から8枚取り出す。

「はい、この前貸した18万のうち8万分は今わたす。今回あんたがいなかったら出てこなかった金だし。残り10ならキリもいいし。」
「え、いいんですか?」
「別にいいよ。8万を今わたすが、即俺に返して残債減らしてもいいわ」
「今本当に厳しくて…また様子を見て返すようにしてもらえると助かります…」
「あ、そう。別に返済日じゃないしどっちでも」

8枚を狩尾の手に渡す。少し指が震えているようだった。

「んじゃ、また返済日に」

一旦の解決にはなったものの、こういった交渉事は非常に疲労がたまる。まだまだ寒い気候も苦手だし、さっさと帰ろうと背を向けた瞬間だった。

「…あの!トーアさん!!」
「なに?」
「ラーメン食べません?」
「は?」
「わたし、おごりますから」

…いや、それ今俺がくれてやった金なんだが…
と言いたくなるようなどこか釈然としない気持ちがあったが

「んじゃ、お言葉に甘えて」

少し遅い昼食をとることになった。

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謎の人、トーアさんの私小説。信じても信じなくても、全てフィクションということにしてもらえると助かります。当然、noteの内容についての質問は一切受け付けません。