【映画】ワース/命の値段
知っているようで知らなかった「9.11」の話。
本作と前後して「フェイブルマンズ」「オットーという男」「生きる LIVING」など、ヒューマンドラマ系の作品を鑑賞しましたが、個人的に一番泣けたのは本作でした。自分でも予想外。
映画のメインテーマは「被害者への補償を巡るドラマ」なのだけど、その前提となる「アメリカの人々に、あの出来事が及ぼした影響」の描写が心に刺さった。
知っているつもりで、本当はさほどわかっていなかったこと。
当時、日本国内でも大きく報道され注目を集めた大事件。
記憶に残るのは、飛行機がビルに突っ込み煙が上がるその全体を、真横から捉えた映像。
けれど、110階建てのビルの全形を水平視点で眺めてる時点で、それは「報道」の視点であり、被害の中に身を置いたものではないのでした。
「そこに居た彼ら」が見たのは、舞い上がる粉塵の中、はるか頭上から崩れ落ちてくるビルの姿。
この、地上からの視点の景色を自分は知らないし想像もできていなかったと、序盤の映像をもって悟らせてくれました。
被害者や遺族のコメントとして語られる当時の様子はむしろ、後に日本を襲った大きな地震にも類似して感じられました。
一方はテロで一方は天災なので、発生の経緯はまったく違うのだけど。
平和な日常が一瞬にして崩れ去って(物理)、国中がショックと混乱に陥ったという「反応」は類似。
被害者となった方々の悲劇だけでなく、そこに「関係者の責任追及」や「国家レベルの経済的な問題」が発生することも。
9.11の場合、明らかに「犯人」が存在した事件なので、国民の怒りはシンプルにテロリストに向かったものと思っていたのですが。
(そこが、災害にあたって「自然には勝てない」と痛感するしかなかった日本と違ったかと)
「そのような事態を防ぐための政府の役割が充分に果たされていなかった」という主張だったり、「事前の安全管理によって救えた筈の命があった」という指摘、それらに伴う責任追及が国内で生じていたことは寡聞にして存じ上げず、その点では震災時の日本との類似を感じました。
映画の主題ではないので事細かに語られるわけではないですが、「避難経路や安全設備に問題があった」とか、「状況確認が不十分なまま消防隊員を突入させて危険に曝した」とか、そんな話がいろいろあったようで。
ハイジャックを許してしまった航空会社への集団訴訟を進める動きがあったのも、事実なんですよね。
たまたま知らなかったのか、あるいは海外への報道はかなり制限されていたのか。
近くで触れることと、報道を通して遠くから知ることでは、やっぱりギャップがありますね、色々。
犯人は周到な用意の末にコクピットに押し入ってパイロットを殺害しているので、航空会社が脅されてテロに屈したとかではないんですけど、それ自体を「未然に防げなかった」事への責任追及。
実際にこの事件の後、国際線のセキュリティとかだいぶ厳しくなりましたよね。
テーマが社会派だからか、上映館があまり多くないようで残念ですが、こういう作品から得られる新たな体験や学びも大事だなと感じさせてもらいました。
ちなみに日本版オリジナルの「命の値段」という副題は、この映画の中の解決できない葛藤に踏み込んでしまうので、個人的には気になりました。
原題の「WORTH(価値)」だけだとキャッチーじゃないし、何かわかりやすいテーマの提示が必要だとしたらやっぱりこうなるのかもしれないけど。
行政による「被害者補償」の金額は、その人自身の価値を表すものではなく、あくまで制約の中で行われる遺族への補償だし、決して国がお金でその人の命を買った訳じゃない。
そこはあくまで前提なんですけどね。まあどう伝えても遺族の側は納得できないというのも現実なんでしょうけど。