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言葉を超えたサウンドが奏でた旋律

 最近、Youtubeで興味深い動画に出逢った。
 それは米国在住の若手レコーディングエンジニアのチャンネルで、日本在住の有名レコーディングエンジニアにインタビューするという内容だ。
 これだけ聞くと何のことはないものに思えるかも知れないが、この二人の背景が日本人的には普通でない点が効いて話が面白くなっていると感じた。

 二人の国籍は定かではない。
 まず、インタビュアーは見かけはかなり洋風で少しだけアジアの血が入ってそうな女性。インタビューされるのは、見た目明らかなインド系の男性。
 二人とも英語を喋る姿は見かけとマッチしているが、このインタビューが違うのは、そこでの会話が日本語で行われているということだ。しかも二人とも抜群の流暢さだ。二人の出自の秘密は動画を見ていただくとして、私が感心したのはコミュニケーションの自由さと、仕事に対する向き合い方についてだった。

 業界のキャリアや実績で言えば二人は雲泥の差で、インタビュアーが相手のことを十分にリスペクトしているのが伝わってくる。憧れの人に出会えて舞い上がっている雰囲気すら漂う。しかしインタビューが始まると、そこは職業意識の賜物か、実に充実した質問が繰り広げられて惹き込まれた。そこで意外だったのが、ふたりの間の空気感だ。少し前まで緊張が迸っていたはずが、いつの間にか友達同士の様に喋っている。インタビューする側もされる側も実に楽しそうだ。居心地が良いというのはこういうことか。
 しばらく楽しんで聞いていたが、途中でふと、これが見た目もいわゆる「日本人」同士のインタビューだったらどうかと想像した。インタビュアーの喋り口調は大物エンジニアと対峙したときのそれというよりは、ブランクでタメ口に近い。「日本人」だったら、人によっては失礼な奴と思われかねない感じだ。それでもその大物はそんなことは全く気にかけている様子はないし、見ている側も気にならない。要するに業界での地位は見上げるほど離れていても、インタビューという場において両者が対当であることが暗黙の前提になっている様に思えたのだ。その対当な感じが心地良さの要因の一つになっている様に思えた。

 もう一つの、仕事への向き合い方について。
 インタビューされているのは、アメリカの(というか世界の)ビッグミュージシャンの録音に若くして携わった大物レコーディングエンジニアだ。その彼をして、最初から目指していた業界ではなく成り行きで今の地位に行き着いたという。しかし聞いていると全てが運というわけでは無さそうだった。良い音楽を最大限良い音で録音することが仕事の使命であることには違いないが、彼の視点には常にビジネスがあったという。だから自分にしか出来ない独自性に拘ったし、進むべき方向性を決める時にはそれがビジネスとして成功する道なのかを吟味していた。だからこそ、アメリカでの仕事を捨てて日本にスタジオを持つ決断をした。
 しかも仕事では初めて挑む地で最初からフリーランスでだ。それもアメリカでの実績を鼻に掛けていたということではなく、下っ端のアシスタントからやる意味はないということ。だって、出来るんだから。そもそも、人に使われるのは好きじゃないという。
 それでも、日本で好まれる音作りはどうなのか、どうやったら使ってもらえるようになるかは徹底的に力を入れて他のエンジニアとの差別化を図ったという。
 どんなに良いセンスを持って、どんなに良い音を作ろうとも、ビジネスとして成り立たなければ意味が無い。自分が入り込む余地があるとしたどんな領域なのかを徹底して研究した結果の個性だ。
 楽曲の録音やミックスという仕事は、とかく作業になりがちだし、そう思われがちだが、彼はあくまでもビジネスという視点で全てを構築してきたのだ。
 このビジネス視点は私たちがもっと意識した方が良いものだ。要するに、顧客が求めているものが何で、それに対して自分ならどんなアプローチが出来るのか。どんな解決法が提供出来るのか。そしてここが1番大切なことだが、それを幾らで提供出来るのか。安売りするということではない。適正かつ十分な儲けが得られる場所を見つけて開拓することこそがビジネスとして重要なのだ。

 長い動画を興味深く見られたのは、私自身が音楽制作やレコーディングに興味があるからという点は大きいだろう。しかしそのことを差し引いても得られるものが多いインタビュー動画だった。
 日本とアメリカの違いも垣間見えて、ふたりとも才能を伸ばす環境に身を置いているのだなと実感する。もちろん、受け入れられなければあっさりと切り捨てられる厳しい世界。自分が熱中出来るものに出会えた幸せ者のふたりということでもある。
 こんなに自由に泳げたらなと羨望の気持ちが離れない、私にとっては充実した1時間15分だった。

 おわり


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