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 www。
 ワールド・ワイド・ウェブ。

 最初にこの言葉を聞いたときは違和感しか無かった。より正確に言うと、違和感というより、理解が追いついていなかった。
 通信といえば送り手と受け手の一対一で行われる無線か電話だったから、双方向で、かつ世界中と結ばれる通信網が無料で構築され提供される(末端のプロバイダー料金は生じる)なんて、絵空事としか思えなかった。
 それくらい私たちは情報網的に孤立していた。
 網など無いに等しかったのだ。

 wwwに行き交う情報量は毎秒1ペタビット、つまり100万ギガビット、要するに新聞に換算すると毎秒2億5千万紙の情報量ということになる(1ページ256kビット、1紙15ページ、4Mビット/紙とした場合)。
 映画館で上映される映画が一本300ギガバイト、2.4テラビットとすると400本以上の量に相当する。一秒間にだ。

 数字の現実感が無いので、一人あたりにして計算してみよう。
 10億メガビット/秒÷80億人で、12.5キロビット/秒。一分間にすると新聞3ページ分に相当する。
 ウェブを流れる情報が文字情報だと仮定すればとても読みきれない程の量だ。
 もちろん実際にはウェブ以外の媒体もあるから世界の情報量は底無しだ。

 これだけの情報量の通信網を支えるために消費されている電力は計り知れない。そして今後ますます増えると予測されている。当然ながら電力はエネルギー消費と直結している。
 私たちはそれほど膨大な情報量の前で、いったい何をやっているのだろうか。
 コストに見合ったメリットを得ているのだろうか。

 半導体の集積度が上がると消費電力は少なくなる。このお陰で単位情報当たりの電力量は減少するだろう。しかし一方でAIなどの新たな情報技術で消費される電力は莫大と言われるから、今後の電力消費について楽観的な予測は立てにくい。
 
 一度便利さを感じてしまうと後戻りは難しい。
 今更電気の無い世界など誰も考えたく無いだろう。電車や車の無い世界も、宅急便の無い世界も、コンビニやスーパーマーケットの無い世界も考えたく無いだろう。

 この数十年で私たちがアクセス出来る世界の情報は格段に増えた。そして今でも増え続けている。
 インターネットという蜘蛛の巣に絡め取られた私たちに取って、ネットで見聞きしている情報がリアルかどうかを知るすべは無い。現実に結びつく元ネタを辿ることは不可能になってきている。
 その先に毒蜘蛛が口を開けて待っているので無ければ良いが。

おわり


 

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