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『新月色、セーフライト、』

当noteは、2017年4月1日にサークル「キンシチョウコ」より頒布されましたオリジナル小説『新月色、セーフライト、』のweb掲載版です。
装画はジビエ様(https://twitter.com/jibie98 )に担当して頂きました!

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(本文5894字)


 例えば自室で眠りにつくとき、電灯を消すとする。豆電球の明かりが点いていてもいい。部屋を今までより暗くした場合、最初のうちは自分の体が完全な闇のなかにあるような錯覚を起こすだろう。何も見ることが出来ずに指先で寝床の位置を探らなければならないかもしれない。長く住んでいる部屋ならば、何も見えなくとも迷いなくベッドに入れるかもしれない。
 しかし、布団に包まって寝付けないでいると、段々と目が慣れてくる。カーテンの隙間からこぼれてくる月明かりや街灯の白さに、壁や天井は仄かに照らされて、昼間とは違った家具の、彩度の低い影に、小さな子供ならばお化けを連想して怯える可能性もある。
 彼の年齢ともなれば流石に、幽霊について真面に考えることもなくなっていた。しかし別の問題が頭の中を占領して中々寝付けず、眉根を寄せて天井を睨みつけることがしばしばあった。
 あの目。
 完全な闇とは言えない、セーフライトの点いた暗がりで、他愛もない問いかけとともにある感情の読めない目付き。
 暗室というものが、完全な闇に包まれたものであったのならばどんなに良いだろう、と、最近では考えている。他に人間が居るかも分からず、自分の姿さえも見えない黒。
 そうして、見えない中でも指先の感覚のみを頼りに、満足のいく作品を仕上げてみせるのだ。
 しかし考えてみれば、本物の暗がりなど、何も見えない世界などそうそう存在しない。
 布団の上から辺りを見回す。目さえ慣れてしまえば、物はその輪郭を現して、満月の夜などには机の上に重ねてある教科書の背表紙の文字まで読み取れる。
 彼が多くの時間を過ごしている学校もそうだ。
 廊下の手洗い場、黴臭い体育倉庫、掃除ロッカーの中にもどこか光は射し込んでいて、人は何物かを視界に入れることになる。
 見えてしまうものから逃れることなど出来ないだろう、多分。
 あの部員の視線や、その相手が逃れたいらしい、何かからなど。


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