見出し画像

Ordinary

ノソノソと布団から這い出て眠い目を擦りながらキッチンへ向かう

朝6:00

朝の準備をする前の準備

お気に入りの焙煎所から仕入れた珈琲の粉を計量スプーンで丁寧に計る

一杯ずつペーパーフィルターに入れる度鼻をくすぐる珈琲の匂いが漂ってくる

セットしてドリップされるまでの間、座りながらボーッと考え込む


きっかけは些細な事だった

……

………

いや、些細な事なんかじゃない!


今日は私達の3年記念日

夜はお互い予定を空けて、仕事終わりに食事をする予定だった

「達也のバカ…」


プロポーズされるかもな、なんて思ってた

結婚する事にこだわってる訳ではない

結婚なんて何となく煩わしいし、一人でも生きていける

彼と付き合ったのだって、たまたま彼が告白してきて

たまたまその時彼氏がいなくて

断る理由もなくて面倒だったから、なんとなく

…の、つもりだった  

彼と付き合ってから、実に沢山の想い出を共有した

ケンカになってお互いに号泣しながら口論した日もあったし

下らない事でツボにハマって涙が出るほど笑い合った日もある

外に出掛けていってアクティビティで身体を動かしたり

家から一歩も出ないでずーっとゲームをしたり

彼と過ごせばどんな時間も楽しかった

こんな時間の過ごし方をこれからもずっとしていきたい

そう思うようになったら、自然と結婚の二文字が頭をよぎるようになった

そんな心持ちになっていたからこそ

昨日は、我慢が出来なくなってしまったのかもしれない


ーーー昨日の夜の事

「ねぇ?明日は早く帰ってこられるでしょ?」

「うぇっ!?…明日?明日って何かあったっけ?」

「えっ?覚えてないの?」

「…あー。俺、明日遅くなりそうなんだよなー。」

「え…なんで?」

「え?えーと。契約が18:00からあってさ。」

「…なんで明日にしたの?」  

「いやなんでって言われても…あー、その日が1番早く予定が合う日だったから?」

「前に話したよね?この日は必ず空けといてって」

「ん…ごめん、そうだったっけ?あ、ほらでも、契約終わったらすぐ帰ってくるし。」

「何時になるかわからないじゃん。いつも契約の時帰るの遅くなってるでしょ?」

「…まぁ。とにかく、終わったら連絡するでいいじゃん!ね?この話おしまい!寝よ寝よ!」 

「…もういい!!」

「あ、おい!ちょっと!!」


気が付いたら家を飛び出していた

行く宛もないままフラフラと近所を散歩する

思い返す程腹が立って

一人浮かれていた自分が惨めで

淡い期待を勝手に裏切られたショックもあって

目に涙が溜まっていた

…出てきたところで戻るのはあの家しかない

自分の後先考えない行動に後悔する

近くの公園のベンチに座って頭を冷やす

冷静になると、自分の幼稚さに少し嫌気が差した

ちゃんと話して、謝ろう

よしっと独りごちて家に戻る

気が付いたら2時間も経っていた

家に着くと。

彼は既に寝ていた

…ちょっとは心配してくれてもいいじゃん…

せっかくの決意も簡単に崩れてまた不貞腐れる

リビングで寝ようかと思ったけどそれも寂しいし

結局布団に入って彼の隣に寝た

せめてもの抵抗で、彼には背中を向けながら



と、寝惚けながら彼に抱きしめられた

…ほんとズルい

嬉しさ半分モヤモヤ半分のまま、気が付いたら眠りに落ちていた

ーーー珈琲が落とし終わった音がなる

意識を無理やり現在に引き戻す

考えたって仕方ない

何事もなく今日を過ごそう

何でもない1日

特別ではなく、1/365日

程なく彼も起きてくる

「おはよ」

いつも通りの挨拶が出来た。…はず。

「おはよ。ふぁ〜ぁ」

ボサボサの髪で開かない目を擦りながらフラフラと歩いてくる

ホントなら楽しい1日になるはずだったのにな

気を抜くと目から雫が零れそうだった

慌てて彼から目をそらし話題を探す

「コーヒー、飲む?」

「んー。飲みたい。」

「オッケー。ちょっと待っててね」

気にしない、気にしない。

彼の分のカップも用意して、コーヒーを入れながら気持ちを鎮める

「あ、そうだ」

ふと彼が声を上げる

「昨日の夜の事なんだけど…」

「あー、あれね!何でもない!気にしないで」

「え?…うん…なんか、ごめん。あのさ…」

「いいのいいの!私の方こそごめん!」

いつもより不自然なテンション

あー。こういう時冷静でいられる人でありたい。

「…仕事終わったら連絡するから。」

「わかった!頑張ってね」

連絡もらったって、もう嬉しくない。

ホントは嬉しいハズなのに、素直に受け取れない

あー。自分勝手だなぁ。

達也は、カップに注いだ珈琲を飲み干すと契約の準備があるからとそそくさと家を出ていった。

静寂の部屋に一人。聞こえるのは、冷蔵庫の唸る音。

また込み上げてくる感情を抑え支度を始める






 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?