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政治と戦略論は全部漫画で学べます『大宰相』『経営戦略全史』

【レビュアー/角野信彦

戦略論には大きくわけて4種あります。

ポーターが提唱した「ポジショニングアプローチ」、バーニーが提唱した「資源アプローチ」、ポジショニングアプローチをプロセス重視にした「ゲーム理論」、資源アプローチをプロセス重視にした「学習組織アプローチ」です。

これを選挙に当てはめてみます。

当選を生み出す知識や経験・資産などを、競合と差別化出来るほど持っている政党というのはないと思いますので、政党が前述のような「資源アプローチ」を取ることは基本的に無理です。(個人で持っている人はいると思います。後援会組織などはそうですよね。)

ということは、すべての政党が「ポジショニングアプローチ」になるわけです。「ポジショニングアプローチ」には、その前提として、「競合を差別化できるポジショニングをとって、その地位を一定期間独占できる」という前提条件があります。ところが政策というのは、野党にとってはプランに過ぎず、実行は官僚組織が政権を取ったときに行うわけです。

つまり、与党は野党のポジショニングを全て吸収して、民意を獲得できそうな政策を「全てやります」といえばいいわけです。

これで政策論争などのリスクを排除して、ひたすらお金をバラまいて好感度を上げれば当選の一丁あがりです。

与党が「全てやります」といったあとに、その政策の反対派には大量に予算をつけ、依存させればこれも一丁上がりです。この戦略論についての歴史、どういうときにどの戦略論が有効か? など、多くの戦略論について比較しながら学べるお得な漫画がこれ。

しかしこのやり方もそろそろ終わりが見えてきました。

国が成長して、お金が無限に使えるのであればこうしたやり方がいくらでも可能ですが、経済がこの「全てやる」方法を補えるほど成長しなくなりました。「全てやった」結果が1,000兆円を超える国の借金です。

地方にも投資して、都市にも投資して、農業も保護し、輸出産業も振興する、若い人材に投資して老人の社会保障も充実させるということはもう出来ません。

ということは、この国で初めて、国政選挙で「ポジショニングアプローチ」が機能する可能性が出てきました。

ところが、「全てやります」というポジショニングに対して、「これはやりません」というポジショニングを取る政党が全く現れません。むしろ、わが党ならもっとこれもやるという政党ばかりです。

こうなった理由は簡単です。搾取されている方が政治的マイノリティな上に、「投票」という権利行使に無関心だからです。だからその先に崖があることに誰もがわかっていても、ハンドルを切ったりブレーキを踏めないのです。マジョリティが誤ったときにその修正が効かないという、民主制がもつ根源的な欠陥です。

いつか全てが行き詰まって長い氷河期のような、低福祉高負担の国になってしまうのでしょうか。

というか、今から舵をきっても1,000兆の借金が消えるわけじゃ無し。ほぼ手遅れなんですけどね。マハティールリー・クアン・ユーのようなリーダーに10年間全権委任出来ればどうにかしてくれるんでしょうけど、日本ではまず無理でしょうからねえ。

そこで紹介したいのは、『大宰相』です。

さいとうたかを先生が戸川猪佐武の大傑作『小説吉田学校』を漫画化しました。日本が貧しく、ポジショニングを取らなければいけなかった時代の政治家たちの権力闘争についてなまなましく伝える伝記漫画になります。吉田茂や佐藤栄作の顔を見てください。

これが権力闘争を勝ち抜いた男たちの顔です。