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少女漫画界きってのハードボイルド作品『BANANA FISH』でジェンダーを考える

『BANANA FISH』がアニメ化されましたね。アニメに詳しくない和久井でも、数ヶ月前から大興奮です。

『BANANA FISH』は「少女漫画でもっとも男性に勧めたい作品」としてよく挙げられる作品です。何しろ女がほとんど出てこないハードボイルド物語なんで。

そして主人公のアッシュは「少女漫画三大イケメン」のひとりです(『ときめきトゥナイト』の真壁くん、『イタズラなKiss』の入江くん)。

和久井にとって『BANANA FISH』は特にことあるごとに思い出す作品です。なんでかって、それだけ情報量が多いんです。

10代の頃にこの作品を読んで、どれだけ勉強になったか。ファーストコンタクトな情報がたくさんありました。

“BANANA FISH”はサリンジャーの小説が元ネタ

サリンジャーと言えば『ライ麦畑で捕まえて』が有名ですが、文学作品からタイトル持ってくるとか、もう高尚な感じですよね。そしてストーリーの前半は「BANANA FISHとはなんだ?」という謎解きで始まります。

断片的に人々の口に語られる「BANANA FISH」とはなんなのか。その謎を追う美少年アッシュとその他おっさんたち。

それが、サリンジャーの小説に出てくる言葉だということが作中でも語られます。もちろん、そんなこと言われたら小説も買って読むに決まってますよね! 

タックス・ヘイヴンは脱税の島じま

「パナマ・バハマ・ケイマン諸島など いわゆるタックス・ヘイヴンの国ぐにに『財団』が現地法人として持つ5つの会社がありーー(中略)これらは実際には存在しない」「マルコスが使った手さ」とまあ17歳の少年アッシュがペラペラと説明するシーンがあります。

これを読んだ頭の弱い短大生だった和久井はひどく感動しました。

……なんか経済っぽい難しい話をしてる! 少女漫画なのに!!!もちろん少女漫画にも難解な話はありますが、経済的な話は結構珍しいです。

ところで先日『猫組長と西原理恵子のネコノミクス宣言』という本を読んだんですよ。元山口組系のインテリ経済ヤクザだった猫組長が、世界の裏金融取引とか石油や人身売買といった闇商売について暴露した本です。

「うわ、こんな世界がホントにあるんだ!」という驚きが大半なんですが、同時に「マジで『BANANA FISH』の世界じゃないか!」という驚きがありました。この本、ファンだったらかなり楽しめると思います。アッシュの顔がモンモンと浮かんできます。

フィボナッチ数列に6はない

アッシュが数学の問題を解くシーンがあります。その際に検事局のおっさんを学力でやり込めるんです。悪者を知恵や知識で圧倒するのって最高に気分がいいですよね。そのネタとして使われたのがフィボナッチ数列です。

『BANANA FISH』のファンは、フィボナッチ数列が1、2、3の次が6……ではなく5だってことを絶対に忘れないでしょう。

”ロマーニュ・コンティ” の69年もの

少女漫画では大変教養がある証拠としてワインの味が使われます。化け物級超人のアッシュは、もちろんワインくらいちょっと飲めば銘柄がわかっちゃいます。島耕作にいろいろ教えてあげればいいのに。アッシュは注がれたワインを一口飲み「”ロマーニュ・コンティ”」「たぶん69年ものだと思う」たらのたまります。

和久井が一番最初に覚えたワインの名前はロマーニュ・コンティです。飲んだことないけど。

楽しみ方は人それぞれ

『BANANA FISH』は全19巻、その中で「BANANA FISH」とは何かの謎解き、マフィアやストリートボーイたちのアクションシーン、アメリカの刑務所事情、アッシュと英二のBLスレスレな信頼関係、化け物級超人のアッシュ(しかもイケメン)の頭脳戦と、内容盛りだくさんです。

和久井は「BANANA FISH」の謎を追う冒頭部分が好きです。アッシュの顔がかっこよくなればなるほど、ファンサービスシーンが多くなった気がするんですよね。しかしアッシュがピーチ姫や『王家の紋章』のキャロルのごとく何度もとらわれの身になるあたりの悲哀が好きという人もいれば、アッシュと英二の海よりも深そうな友情が好きという人もいそうです。

『BANANA FISH』は強烈なジェンダー作品である

最後にちょっとだけ少女漫画研究家っぽいこと書きますね。アッシュは女性読者から圧倒的な人気を誇るイケメンキャラですが、その理由は彼の立ち位置にあります。

アッシュは子どもの頃から、近所のおっさんに襲われたり、マフィアに売り物にされたりと、その美しい外見をおっさんどもに食い物にされてきました。作中でも何度か汚えおっさんにレイプされてます。

もちろん化け物級超人であることも女性読者を惹きつける理由のひとつだとは思います。でもなによりアッシュは、不当に男性どもにマウンティングされる屈辱を知っているんです。中身の人間性や感情を抜きにして、外見だけで評価され、便器のように性欲のはけ口にされることに、大きな怒りを抱いています。

それはそのまま、女性たちが90年代に社会で味わってきた屈辱と同じなんです。「彼は私たちの怒りを分かってくれる!」という大きな大きな共感を生んでいます。

マフィアは現実の男社会を、それをぶち壊して復讐しようとしているアッシュは、人権獲得にあえぐ女たちに置き換えることができます。この作品が連載されていた90年代初頭までは、少女漫画は男性社会に対して戦う作品が少なくないんです。

アッシュは女性の代表として共感され、そして知性があり愛情深い男性としても読者の心を掴みました。そしてアッシュの傷を癒すのが英二という青年です。「アッシュに守られる英二になりたい」というファンは少なくないでしょう。『ベルサイユのばら』のオスカルさまが女性として憧れられ、かつ理想の男性として愛されたことと似ています。アッシュもオスカルさまも、男性性と女性性の両方を兼ね備えたスーパーキャラなんです。

作品として実に情報が多岐にわたることももちろん魅力のひとつですが、アッシュのうちに秘めた女性性的な業も、熱狂的なファンを生んだ理由のひとつだと思うのです。

WRITTEN by 和久井 香菜子

※「マンガ新聞」に掲載されていたレビューを転載


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