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真面目にコツコツと再起を図る元犯罪者の足を引っ張る無自覚な悪意『BADON』

「お前らみたいな悪人が首都に入れるかよ。前科持ちがさ」

罪の償いを終えた人間が出所後、新しい生活を始める。それは私たちが思っているほど簡単なことではない。

日本が世界に誇れるもののひとつに「治安の良さ」は挙げられるだろうか。安心で安全な国、日本は世界経済フォーラムが2018年に公表した「世界競争力報告」で、安全な国トップ10に入っている。

しかし、こちらの記事でも触れられているように、わが国は検挙者に占める再犯者の割合「再犯率」は48.7%。およそ2人にひとりが再犯者だという。

再犯率の高さに対するひとつの仮説として浮かぶのは、日本社会は一度犯罪を犯した人間が再起を目指すとき、そのハードルが異常に高いのではないかということである。

『BADON』は、刑務所で罪を償った4人の中年が、自分たちの街から都市に飛び出し、ビジネスを興していく話である。そして、彼らの前に立ちはだかるさまざまなハードルは、日本社会が持っている元犯罪者への偏見や恐れ、「彼らは過去に罪を犯した人間である」という意識をえぐりだす。 

彼らの不安は、目指す大都市BADON(バードン)にそもそも入ることが許されるのか、から始まる。私たちは移動の自由があるが、本書では移動に対して不自由さを持っている社会だ。自分たちはしっかり罪を償ったからという彼らの気持ちとは裏腹に、BADONという都市が彼らを受け入れるかどうかはわからない。

「やっぱり入区にひっかかったのか?だろうな!お前らみたいな悪人が簡単に首都に入れるかよ。前科持ちがさ」

繰り返すが、私たちには移動の自由がある。しかし、ひとびとの意識はどうだろうか。できれば、元犯罪者には自分の街に来てほしくないと思っていないだろうか。

住まいの貧困と元犯罪者

無事に入区した4人が探したのは、店舗と住居がセットになっている場所だ。それだけであれば、私たちの社会には探せばいくらでもありそうである。空室率も社会課題のひとつだ。

しかし、元犯罪者4名にテナントや住まいを貸すかどうかはオーナー次第。オーナー次第になってしまっている。借り手がどんなに望もうが、オーナーが了承しなければ住まいは確保できない。やり直しに際して、偏見や差別が根底にあれば住まいを確保することすらままならない。

4人を救ったのは、不動産を紹介する営業担当だった。4人の素性を知った上で、特に偏見もなく言う。

「様々な依頼人がいらっしゃいますし、それにお客様には変わりないですからね」

表面を取り繕って言うのはたやすいが、実際にオーナーとも話をつけるのは簡単ではない。オーナーが了承しないんですよね。私はいいと思うのですが。そう言えば、自分が傷つくことはない。傷つくのは元犯罪者だけだ。

担当者は家賃の値下げもオーナーに了承させる。さらっとした4人と担当者のやりとりの一コマに、担当者が「よその区」から来たことを聞き、そうですと回答する場面がある。あえていれた一コマなのかは定かではないが、4人もそとの区からBADONに来ており、担当者もまたそうであるということは、よそ者同士であるがゆえの何かを読み手に想像させる。

スタートアップ資金、すべての銀行から融資を断られる

ビジネスをスタートさせるには資金が必要だ。就職するにしても生活や仕事を始めるにはお金がかかり、入ってくるのは後の話だ。

彼らがスタートさせるビジネスの事業計画はしっかりとしたものであったかもしれないが、想像通り、すべての銀行から融資を断られる。

これが事業計画が甘かったからなのか、元受刑者だからなのか、よその区から入区した人間だからなのかは定かではない。ただ、4人は自分たちに融資がおりるのかはどこかで懐疑的であり、それが的中した。

私たちは貨幣経済のなかで生きている以上、普通に生活をするにもお金がいる。生活費を借りるにせよ、事業を始めるにせよ、目の前の借主の「いま」ではなく、「過去」が強く参考にされる社会では、過去に傷を抱える人間がやり直すきっかけをつかむことはできない。

そう、元犯罪者の足を引っ張るのは、犯罪者の人権をないがしろにすることに無自覚な市井の民だったのだ。

悪いつながりが追いかけてくる

4人が考えたビジネスは高級煙草店だ。どこのいつの時代の話かは不明だが、BADON内の社会では、煙草は重税対象であり、社会的にも経済的にも成功した人間が嗜むものとなっている。

それも大っぴらにここかしこで喫煙するのではなく、高級な場所や自宅という、あまり人目に触れないところのようである。そもそも一般人には手が出ないほど高額なものであり、過去から現代にいたる過程でさまざまな煙草に対する市民の判断があったのかもしれない。

さて、元犯罪者の4人は、BADONという新たな土地で、高級煙草店という新たなビジネスで人生を前に進めることができるのだろうか。

少しストーリーを戻すと、4人はすべての銀行から融資を断られた。仕方のない決断として、過去のつながりから融資を受けることを選択する。逆に言えば、過去のつながりだけが元犯罪者に融資をするということだ。

私は、少年院に入院している、出院した若者の支援も行っている。そのなかで少年院を出院した方々のお話を伺うことがある。

「線というのは地元のように切れない縁が日常生活で続いている状態です。もう走りたくない、坊領は振るいたくない。しかし、地元で培われた関係性は見栄もつなぎ目となっており、背後霊のようについて回ってきます。そこに点として暴力をふるいそうなシーンが何度か突然降ってきます。街中で方がぶつかって路地裏へ連れて行かれたり、ふとつまずきそうになりました」

過去のつながりと縁を切りたくても、それは簡単ではない。ましてや、その縁を切ろうと見ず知らずの街でやり直しを誓ったとしても、BADONで描かれているように、社会の偏見や差別がさまざまな阻害要因の根底に敷き詰められてしまっていれば、やはり、過去のつながりに頼らざるを得ない場面が出てきてしまう。むしろ、過去がいつまでも追いかけて来る。

見知らぬ土地で、生活やビジネスを始めようとするとき、元犯罪者という過去に対する私たちの意識はどうだろうか。再起は応援するが、自らの手は貸したくない。非常に大切なことだが、自分の生活圏外でお願いしたい。そう思ってはいないだろうか。

ここに描かれた4人の元犯罪者、中年男性が高級煙草店というビジネスを通じて再起を計っていく。そこには手を差し伸べてくれるひとたちばかりではないが、悪い人間ばかりではない。それは私たちのこの社会と同じだろう。

本書を通じて、改めてひとを見る、ひととかかわるにあたって、そのひとの過去と今をどう自分たちに受け入れていくのか。私たち一人ひとりが試される一冊である。

WRITTEN by 工藤 啓
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