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ペア碁は◯行為以上の至上のコミュニケーションなのか?『群舞のペア碁』

【レビュアー/兎来栄寿

昨年の12月25日、最高のクリスマスプレゼントとしてやって来たのは高木ユーナさんの新連載『群舞のペア碁』が始まるという報でした。

あまり馴染みのない「ペア碁」という題材だけでも興味深いのに、それを高木ユーナさんの新作として読めるなんて!

え? 高木ユーナさんをご存知ない?

そんな幸せなあなたは、まず『不死身ラヴァーズ』や『ドルメンX』、『銀河は彼女ほどに』や『THE 普通の恋人』を読むところから始めましょう。どれも巻数は少なめですが、狂気的質量の愛と熱情が渦巻く人間賛歌に浸れます(同人誌として発行された『ドルメンX(仮)』も、今ならまだネットで買えると思います)。

そして、「高木ユーナさんって最高だな!」となったら改めてこの『群舞のペア碁』も摂取しましょう。而(しか)して、この幸せな気持ちを共有しましょう。

ほとばしる高木ユーナ節

待ちに待った新作はもう第一話、その一ページ目から高木ユーナ節が全開で昂りました。

書き文字の「ペア碁とは!!」の勢いの気持ち良さ。そして、続く見開きの「究極の心の対話(コミュニケーション)である」という言葉。

その後の

脳は擦り切れて指先に心臓が宿る
 棋士はみなこの一手に命をかけた

というフレーズも最高ですね。

冒頭からこれ以上なく分かりやすく、この物語のテーマ、道標を読者に伝えてくれています。

究極的に人を突き動かす「」という感情。

それこそが高木ユーナさんが連綿と描いてきたものであり、本作でもペア碁という熾烈な競技を通して描かれるものになります。

高木ユーナさんのキャラは表情(かお)が良い

『不死身ラヴァーズ』や『ドルメンX』の単行本の表紙に顕著なのが、高木ユーナさんの特色である表情。『群舞のペア碁』でも、その「表情(かお)の良さ」が十全に出ています。

自分の愛や使命に対して、精一杯を尽くす主人公たちの表情がいつも堪らないのが高木ユーナ作品です。

本作の主人公である群舞は、一生懸命努力はしているものの芽が出ず、対局時には自分の打つ手を声に出してしまう悪癖もあり「おもらし群舞」という不名誉な仇名も付けられている16歳の少年です。そんな弱き少年が、ひたむきに奮起していく姿には王道ながら胸を掴まれます。

そして、彼とペアを組むのは一癖も二癖もある幼馴染の叶海(のぞみ)。この特濃のヒロインの存在感が、この作品を半ば定義していると言っても過言ではありません。叶海の生態については、ぜひ読んで確かめてみてください。

脇役も皆キャラが立っていて、やはり表情(かお)が良いです。今後見られるであろう彼らの物語も楽しみです。

ペア碁という競技の妙味

皆さんは囲碁のルールはどれくらい解るでしょうか?

私は多分に漏れず『ヒカルの碁』を読んだ影響で基本的なルールを学び、定石を少しだけ覚えはしたのですが、更に深いところの地の増やし方や数え方は今ひとつ理解できないままでした。

ただ、それくらいの囲碁知識の私でも、この作品を楽しむにあたって支障はまったくありませんでした(もちろん、囲碁への理解がある方がより楽しめるとは思います)。

ペア碁は二人のペアによって一手ずつ交互に打つように行われ、その肝は着手以外の意思の疎通が一切禁止されていることです。

つまり、打った手というただひとつだけの情報によって相方のすべての意図を汲み取り自分の手に反映させねばなりません。少し想像しただけでも、その困難さとそれ故の面白さを察することができます(正に「君が今僕を支えて、僕が今君を支える」ですね)。

ペア碁のルールを読んだ時、「ごいた」と呼ばれる石川県鳳至郡能都町の漁師町に伝わる伝統遊戯(『放課後さいころクラブ』でも描かれていましたね)を想起しました。ごいたもまた、打つ手だけで相方とコミュニケーションを取る盤上遊戯です。

これらの競技においてはどれだけ棋力があるかはもちろんですが、それ以上にどれだけ相手のことを理解しているか、信頼しているかといった部分が重要になってきます。

しかも、ペア碁は原則として男女のペアによって行われるもの。それはもう濃密なドラマが生まれるしかないですよね。

終わりに

通常の一対一の囲碁や将棋では、盤を通して対戦相手との濃密な会話(コミュニケーション)を繰り広げます。『ヒカルの碁』や『月下の棋士』、『ハチワンダイバー』や『3月のライオン』など、数多くの名作によってその酷烈な勝負の世界とそれ故の美しさが描き表されてきました。

『群舞のペア碁』も間違いなくそれらに名を連ねる作品となっていくでしょう。ペア碁ならではの独特の会話形式を携えて。

『グラップラー刃牙』の範馬勇次郎は「闘いはSEX以上のコミュニケーションだ」という言葉を放ちました。

鍛錬した肉体同士をぶつけあう闘いによる命のやり取りはもちろん至上のコミュニケーションのひとつでしょう。しかし、生涯を通して追究し続けた一手をぶつけ合う囲碁や将棋における闘いの中で生じるそれも負けてはいないと思います。

『群舞のペア碁』は高木ユーナ作品に求めるエッセンスがみっちり詰まっている一方で純粋に漫画としての面白さも一級品で、これはもう名作の香りしかしません。

1巻が発売したばかりの今から押さえておけば間違いはないでしょう。『ドルメンX』のように映像化される未来も遠いものではないかもしれません。


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