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なぜ東村アキコは名作を同時多発的に生めるのか?漫画界随一の多作家が描く創作の原点『かくかくしかじか』

2020年5月。僕は悩んでいた。

新型コロナウイルスの影響でどこへも外出できず、自宅で漫画を読んだりNetflixで映画やドラマを観たりする時間は圧倒的に増えたので「インプットだけでなく文章を書くぞ」と意気込んだものの、一文字も書かずにゴールデンウィークを完走してしまったためだ。

僕みたいな凡人に限って「スランプだわー」などとのたまうから救いがない。このことについては、思い当たる節がある人も少なくないはずだ。悲しいかな、多くの人は何かを生み出したいと思ってもなかなか生み出せない。

そんな人たちに絶対に読んでほしい漫画がある。それが東村アキコさんの『かくかくしかじか』(全5巻)だ。

漫画界随一の多作家・東村アキコ

皆さんも御存知かもしれないが、漫画というものは、制作するのにとてつもなく時間がかかる。

一話18ページの漫画を週刊連載で描いていくとする。プロットや構成を考え、ネーム(下書き)を描き、担当編集者からOKが出たら原稿に起こしていく。

これで一週間の殆どがなくなる。時には取材なども執り行いながらなので、本当に大変な作業だ。同時に連載を担当するなんて、至難の業である。

一方の東村さんはというと、2020年5月26日時点で7本の連載を抱えているのだ。

『きせかえユカちゃん』(『Cookie』 2001年1月号 - 不定期連載、既刊11巻、りぼんマスコットコミックス刊)
『東村アキコのテンパってるJ』(『duet』 2010年1月号 - 連載中)
『雪花の虎』(『ヒバナ』 2015年4月号 - 2017年9月号 → 『ビッグコミックスピリッツ』 2018年7号 - 連載中、既刊9巻、ビッグコミックス刊)
『美食探偵 明智五郎』(『Cocohana』 2015年8月号に読切『美食探偵』掲載を経て同年11月号 - 連載中、既刊6巻)
『ハイパーミディ中島ハルコ』(原作:林真理子『最高のオバハン 中島ハルコの恋愛相談室』、『Cocohana』2018年8月号 - 連載中、既刊2巻)
『東京タラレバ娘 シーズン2』(『Kiss』 2019年6月号 - 連載中、既刊1巻、講談社コミックスキス刊)
『私のことを憶えていますか』(『ピッコマ』2020年4月 - 連載中)
※Wikipedia参照

ページ数や掲載頻度がバラバラであることを差し引いても、規格外の本数である。「東村アキコは3人位いるのではないか」と疑ってしまうほどには描き過ぎだ。しかも、全部はちゃめちゃにおもしろいからすごい。

人を超越した何か。それが東村アキコという漫画家だと思っている(※最大の賛辞)。そんな東村さんの創作の原点とも言える漫画が、この『かくかくしかじか』である。

不器用で子どもみたいに真っ直ぐで熱苦しい師匠・日高先生

東村さんは高校3年生の時に、美大志望の友人だった二見さんに連れられて海辺にぽつんと佇む一軒家を訪ねる。そこにいたのは、美大・芸大卒でもなんでもない、竹刀を持った短気で厳しい短髪のオジさん。後の東村さんの師匠となる日高先生だ。

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中に入ると、そこは立派な絵画教室だった ※『かくかくしかじか』(東村アキコ/集英社)1巻より引用

美大志望の高校生だけでなく、おじいちゃんから子どもまで多岐にわたる生徒たち。日高先生は、女子供老人であってもお構いなしに厳しいデッサンの指導をしていた。

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これだけ見ると衝撃映像だが、日高先生はいつだって生徒の画力向上に本気だ ※『かくかくしかじか』(東村アキコ/集英社)1巻より引用

ヤンキーの生徒とノストラダムスの大予言(1999年に地球が滅亡する、という予言)について口論をしたり、手が長い女子生徒に対して「チンパン子」とあだ名を付けたり、子どもっぽい性格もある。

絶対に妥協しない性格は、新しく入ったおじいちゃんに基礎を叩き込むために半年以上ティッシュの箱をデッサンさせ続けることからも伝わってくる。頑固一徹、熱血漢とは日高先生のことを言うのだろう。

シンプルで強烈。師匠が東村さんに言い続けたメッセージ

「描け」

日高先生は、東村アキコさんに対してその言葉を投げ続けた。第一志望の筑波大学に落ちた時も、大学でスランプに陥った時も、漫画家になってからも、とにかく「描け」としか言わない。

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多い時は一つの吹き出しに4個も「描け」が出てくる ※『かくかくしかじか』(東村アキコ/集英社)1巻より引用

全5巻のうち、日高先生の出番が多かった1巻で38回、2巻で22回。合計で60回も登場する(うち、東村さんの夢の中で3回、東村さんの脳内日高先生が3回)。

漫画でも、絵でも、文章でも。何かを作る人にとって、スランプは必ず訪れる問題だ。

仕事が忙しくて……プライベートが上手く行かず……気持ちが乗ってこなくて……etc. 描けない時は、不思議なことに描けない言い訳がスラスラ浮かぶ。それでも先生はお構いなし。先生にとって、描けない言い訳も、描かないといけない理由も意味をなさない。ただ、描く。それだけ。

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もうダメだ、このページだけで泣きそう…… ※『かくかくしかじか』(東村アキコ/集英社)1巻より引用

呪いにも似たそのメッセージは、次第に東村さん自身に搭載され、脳内で自動再生されるようになっていく。

漫画家・東村アキコとしてのお話は、本作の中では多く語られていない。しかしこの漫画を読んだら、東村さんが名作を大量に生み出す背景に、日高先生の教えが息づいていると嫌でも思わざるを得ない。

クリエイターのバイブルとしての『かくかくしかじか』

久しぶりに『かくかくしかじか』を読んだら、自然とキーボードを打ち始めていた。あのゴールデンウィークの体たらくが嘘のようだった。

シンプルかつ強烈なメッセージは、読む人の行動さえも変えてしまう。描く(書く)こと、つまり自分の創作を世に生み出すことで世界は変わらないかもしれない。でも、世に生み出すという行為は確実に自分の中にポジティブな変化をもたらしてくれるだろう。

創作活動を行うことは楽しいばかりではない。苦しい時や悩んでいる時は、ぜひ『かくかくしかじか』を手に取って読んでほしい。きっと、あなたの衝動を駆り立てることになるだろうから。

WRITTEN by タクヤコロク(ナンバーナイン編集長)



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