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もしかして薬剤師っていらなくない?医師への疑義照会を恐れない『アンサングシンデレラ 病院薬剤師 葵みどり』

長男(7)が生まれてからの七年間で、いったいどれだけの病院のお世話になったか数えることすら恐ろしい。次男(5)と双子の三男四男(3)を合わせると気の遠くなる日数日時を病院で過ごした。

ときに難病の疑いで病院に何日も泊まり込み、体温37.5度を超えて保育園からの呼び出し。病気に体調不良、そして怪我に予防注射。

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男児四人で体温156.1℃、そのとき親は。

ひとりでダブルバギーに双子、長男の手を引き、次男を抱えたあの日のことは忘れない。これは生活が破綻すると本気で思った。

病院での診察を終えて処方箋をもらってすぐそばの薬局に向かう。予約制の病院はすぐに終わるのに、薬局の前で泣き叫ぶ子どもたちを見ながら30分も40分も待つのは地獄だ。

ただ、そんな地獄のような環境で、ほんの一瞬だけ気を抜くことのできる瞬間がある。それは本日いただく数々の薬について懇切丁寧に説明をしながらも、薬剤師さんが子どもたちと僕に優しく言葉をかけてくれる時間だ。

とてもありがたい。とてもありがたいけれど、ちょっとだけ心の中で考えてしまう。「そんな優しい言葉より、一瞬でも早く薬を出してほしい」

『アンサングシンデレラ 病院薬剤師 葵みどり』は、経験の浅い薬剤師である葵みどりを通して、この社会における薬剤師という存在を私たちに考えさせる。

「いつか医薬品のことをすべて把握しているAIかなんか開発されたら・・・」

薬剤師の仕事は、千種類以上の医薬品の管理と、医師の処方箋に基づいた調剤を患者に提供するものだ。そして一番の存在理由は“薬を安全に患者さんに届けること”とある。

そのため、ちょっとした疑問があれば薬剤師は医師に処方箋の疑問点を確認する「疑義照会」を行うが、自分の判断にケチをつけられているようで、かなりうとまれるようだ。だからAIなどで代用されるのではないか。

では、AIで代用され得ないこととはなにか。本書の出発点はそこにある。

薬の選択は非常に難しい。ある症状に対して適切な薬はあっても、その症状の把握のみならず、患者の状況や状態によって薬の量や、薬そのものも変えなければならない。患者の立場であれば、何かの間違いやミスに気が付いてくれるのであれば、それが医師でも薬剤師でも構わない。

作品に出てくる喘息持ちの庭師は喫煙者。服用している薬は「テオドール」だが、これは喫煙よって代謝が促進されてしまう。だからこそ、相手が喫煙者と聞けば処方量を調整する。

長く働くために、しかし、禁煙したことを公言しない彼にとっては以前と変わらないままの処方量は合わない。結果、代謝量が減り、テオフィリンの血中濃度が高くなって中毒を起こしてしまっていた。

そこに気が付いた主人公は、周囲を巻き込み(うとまれ)ながら血液検査を実行することで、体調不良の原因を突き止める。

素人にとって薬が自分の身体にどう作用されるのかは理解しづらい。明らかに変調があれば別だが、ネットで調べたくらいでその薬が間違っていることを確認することはできない。多忙な医師にあまり細かく質問するのもどこか気が引ける。

そんなとき、薬剤師は私たちが薬について聞くことができるありがたい存在だ。子どもに処方された薬の飲ませ方、アナフィラキシーショックに対して降圧剤の服薬の有無で変えなければならない薬、妊婦の状態から片頭痛でなくHELLP症候群を見抜く経験、一型糖尿病におけるインスリンの自己注射をあえて間違えて打つ思春期の子どもの観察眼。

私たちは体調が悪くなれば病院に行き、医師の診断を受ける。そして少なからず処方箋を薬に変え、服薬する。こんな当たり前の風景において「もしかしたらその薬ではないかもしれない」を考えてくれる専門家、それが薬剤師だ。

医師も薬剤師も信頼すること。どちらが上でも下でもない。それ自体が自分の身体と人生を守ることにつながることを『アンサングシンデレラ 病院薬剤師 葵みどり』は教えてくれる。

WRITTEN by 工藤 啓
※「マンガ新聞」に掲載されていたレビューを転載
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