目標も動機も見つからないボクらの世代のための革命の物語『テンプリズム』
※本記事は、「マンガ新聞」にて過去に掲載されたレビューを転載したものです。(編集部)
【レビュアー/佐渡島庸平】
ファンタジーが切り取った現代の若者たちのリアリティ
作家がぽろっと言った一言が、心の中になぜかずっと残り、その言葉の意味を後日、深く理解するということはよくある。
「僕にとっては、大吾とか昴のほうが、ずっとファンタジーで、『テンプリズム』のほうが現実なんだけどな」
僕は、曽田さんのその一言がずっと心に残っていた。
そして、最近、その意味が分かってくるようになった。『テンプリズム』はすごく現代的な物語だ。
作家は、「時代のカナリア」だとよくいうが、『テンプリズム』は、まさにそのような作品だと僕は思っている。曽田さんが、今の時代を直感的に察知して、それにリアリティを持たせるためには、ファンタジーのほうがやりやすかったのではないか。
普通、漫画の主人公なら、強い欲望を持っている。テルなら自転車のレースで勝ちたい! 大吾ならいい消防士になりたい! 昴なら最高のバレエを踊りたい! カペタなら、レースで勝ちたい! 誰に邪魔されても揺るがない、強い気持ちをみんな持っている。そして、主人公たちはその強い欲望がゆえに、輝いている。
お前の最大の才能はそれさ、消防に入ってから今日まで…“もうダメだ”“しんどい”と口では言っても、実は本当に“もうダメだ”と思った事がない。
自分はそうなれる”と信じているうちは、どんなことだって“可能性”だけは常に残されている。
こんなセリフは、ビジネスマンに刺さるのだろう。曽田さんの漫画は、やる気をもらえるから、定期的に読んでいるというビジネスマンと出会うことは多い。『テンプリズム』は、ファンタジーだから、ビジネスマンに刺さる言葉がないんじゃないのか?
そんな風に思う人も多いかもしれない。
でも、僕には、『テンプリズム』のセリフが、すごく理解できる。曽田さんが、『テンプリズム』のほうが、現実だと言った意味がすごくよく分かる。
ツナシは、普通の主人公と全く逆だ。カラン王国の王子で、秘めた力の持ち主。普通なら、故郷であるカラン王国を再興することを目的として、命をかけて戦う。そして、その姿に感動した人たちが、仲間になっていく。骨の国は、倒すべき悪だ。というあらすじであれば、普通のファンタジーだ。
ツナシは、カラン王国の王子で、秘めた力を持っている。でも、骨の国を相手に戦いたくなんかない。できることなら、本を読んで過ごしていたい。自分を育てくれた腹心が命を懸けて、自分の能力を開花させてくれたのに、やっぱりカラン王国の復興はしたくない。でも、家臣たちが殺されそうになると、それを助けるのには、必死になる。
これって、現代の日本人の抱える問題ではないか?戦後の日本人は、復興のためにがむしゃらに働いた。今の我々は、その時よりも技術もお金もある。ずっといい環境に身を置かれている。でも、やりたくないのだ。やったほうがいいと分かっていても、このままでいいのだ。
自分で自分が頑張るためのエネルギーを注入することができない。ツナシが、自分は空っぽだ、と表明するところがある。
僕は、これは今までになかったかなり新しいファンタジーの主人公像だと思ってる。ツナシは、まるで現代の日本の恵まれているのに生き方に迷ってしまう男の子だ。だから、『テンプリズム』は面白い。
骨の国も初めは悪のように描かれていたが、巻が進むと、文明国であるだけで、そこまで悪いことはしていないのかもしれない、という気がしてくる。どちらにも言い分があり、違う正義がぶつかっているだけで、善対悪の戦いではないと気づかされる。
そして、ツナシは、自分が間違っているのではないかと反省する。多くのファンタジーの争いは、主人公が自分で勘違いして、戦っていて、誤解が解けるということがよくある。
そもそも、一度主人公が冷静になっていれば、この争いはなかったのでは?と思うことが、よくあるのだか、『テンプリズム』の登場人物たちは、すぐに自分の誤解ではないかと振り返る。そんなに自省するファンタジーの主人公って滅多にいない。
コルクを初めて、4年弱。スタッフも増えてきて、どうすれば会社がチームとしてまとまるのかを考えるようになってきた。そして、リーダー論なんかを読んだりするのだけど、その中でこんな本に出会った。
「最高のリーダーは何もしない―――内向型人間が最強のチームをつくる!」
作者:藤沢 久美
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2016-02-05
このビジネス本を読みながら、僕は何度もツナシを思い浮かべた。ツナシは、すごく現代的な革命のリーダーなのだ。本人は空っぽだ。でも、周りに集まってきた人たちの夢を叶えるためなら、頑張れる。
一見、今の時代と全くつながりがないお話のように1、2巻を読むだけで思うかもしれない。
でも、最新8巻までまとめて読むと、現代的で、今の時代をうまく表現している大人のためのファンタジーだということが分かるはずだ。