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才能は、賞賛を生めば嫉妬も憎しみも生む。それでもやっぱり、創作はすばらしい 『ルックバック』

【レビュアー/こやま淳子

2人の才能の出会いから始まる物語


2人の才能が出会うとき、その才能をお互いに強く認めあっている場合、そこに生まれるのは友情だろうか。それとも嫉妬心だろうか。

この「ルックバック」は、2021年7月にネットで公開されて以来、SNSでも驚異的な反響を呼んだ藤本タツキ先生の短編である。漫画のストーリーを描くのがうまい藤野と、絵を描くのがうまい京本という2人の小学生が出会い、大人になるまでの物語なのだが、「友情物語」とか「ものづくりの話」とか「サクセスストーリー」とか、一言で説明しようとすると、どれも違うような気がして難しい。

この作品は、そんな一言で語れるような単純な読後感では終わってくれないのだ。しかし凄まじくおもしろいのは確かである。

中学で絵描いていたらキモい?

小学校で絵がうまいと褒められ、調子に乗っていた藤野は、ある日京本の絵を見て愕然とし、

「4年生で私より絵ウマイ奴がいるなんてっ」
「絶っっ対に許せない!」

と奮起する。小学4年生だった藤野は、同級生とも遊ばず絵を描くことに没頭するうちに、6年生になってしまう。この「没頭」の描き方が、ずっと机に座った藤野の部屋の外の景色とカレンダーだけが変わっていくという表現で、ぐいぐいと引き込まれる。

そんな藤野に、ある日同級生がこんなことを言う。

「もう…そろそろ絵描くの卒業した方がいいよ…?」
「中学で絵描いてたらさ…オタクだと思われてキモがられちゃうよ…?」

夢中になる対象が勉強やスポーツなら何も言われないのに、漫画であるが故にこんなふうに言われてしまう。実際、多くの漫画家志望の人が、友人や家族にこういうこと言われてきたのだろう。

それでも絵を描き続ける藤野だったが、やがてどれだけ努力しても埋められない京本との画力の差に絶望する。この藤野の心の動きが、痛いほどにわかってズキズキする。

かくして漫画をやめてしまう藤野だが、あるきっかけでまた再開することになる。

それまで引きこもりで学校に来ていなかった京本との出会いだ。

この出会いのエピソードが、また素敵すぎて涙が出る。そしてこの出会いのことを、のちに藤野は張り裂けそうな気持ちで思い返す(ルックバック)ことになるのだが。

創作って、すばらしくて、恐ろしくて、すばらしい。

一方、引きこもりで対人恐怖症だった京本は、絵を描くことによって藤野の目に入り、絵を描くことによって外の世界へ連れ出され、絵を描くことによって自立を志していく。そして、絵を描くことによって意外な結末を呼んでしまうのだ。物語は、実際に起こった事件をモチーフに急展開する。

創作の道は、いいことばかりではない。それによって、人とつながることもできるし、賞賛や富や成功を得ることもできるが、嫉妬心や理不尽な憎しみなど、誰かの殺伐とした感情を引き出してしまうことだってある。

それでもやっぱり、創作ってすばらしい。何かに没頭し、努力し、情熱を燃やし、ときには嫉妬しながらも、その道を生きていくことの醍醐味を、この作品は教えてくれる。

何度でも読み返したくなるような、何年後かにも心で反芻してしまいそうな、紛れもない名作である。